第三十八話
「えっと、ここどこ?」
数十分前に職員室への行き方を天河に教えてもらったアリエノールだったが、再度迷ってしまい今は校舎内をさまよっていた。
通りかかる人に道を聞けば直ぐに解決するのだが、アリエノールは元々かなりの人見知りであり、先程の天河のようにクラスメイトで名前を知っているくらいなら辛うじて話せるのだが、顔も知らない道行く人にいきなり話しかけることはアリエノールにとって難題であった。
「あ……」
今も話しかけようとしたのだが、緊張でアリエノールの母国語であるフランス語が出てしまい、話しかけた相手は自分に話しかけているのとは思わず立ち去ってしまった。
「(だめだだめだ、日本語は緊張してなければはなせるんだからしっかりイメージすれば話せるはず。集中しよう)」
そう心の中で思い、今まさに通りかかろうとする男子生徒に声をかける。
「Cette! Excusez-moi (あの! すみません)」
「…………」
時が止まったような感覚をアリエノールは覚えた、あれほどイメージしたのにやはり緊張により口からは慣れ親しんだフランス語が出てしまった。話しかけられた男子生徒も神妙な顔をして黙っている。
「(もう! なんで私はこう緊張に弱いのよ! 頭の中では普通に喋れるのに)」
「あの……」
アリエノールの頭のなかは混乱していたが、それでも声をかけてしまった男子生徒になにも言わないわけにはいかないので、声をかけてしまったものはしょうがないこのままの勢いで道を教えて貰ってしまおう。と思い男子生徒に話しかけようとすると、
「慣れてるのならフランス語でも構わないぞ」
「え?」
男子生徒が発した声はフランス語としてアリエノールに聞こえた、しかもこの男子生徒は先程アリエノールが行った¨あの! すみません¨の方も聞き取れたらしく、普通にフランス語で話しかけてくる。アリエノールは久しぶりに聞いた気にするフランス語に安心感を覚え、緊張が和らぐのを感じた。
「ちょっと職員室に用事があって、職員室までの道のりを教えてくれませんか? 」
「職員室なら隣の校舎の二階の端にあるぞ」
「ありがとうございます。 随分フランス語が上手ですね」
「ん、まあ色々あってね。じゃあ問題も解決したみたいだし俺は帰らせてもらうよ」
「あ、すみません。引き止めちゃって」
「いや、気にしないでいいよ。君も日本語は話せるみたいだけどやっぱり母国語と違う所は戸惑いも多いからね、これくらいで人の困りごとを解決できるなら安いものさ」
「優しいんですね。出来れば貴方の名前を教えてはくれませんか? 私はアリエノールです」
「俺は谷中光一だよ、アリエノールさん」
アリエノールはフランス語で光一と話すと最後にそう言って別れる。アリエノールはフランス語をあんなに流暢に話せるんだから成績もAクラスあたりなのだろうなと思っていたが、
「え」
光一が去っていく時にちらりと見えた襟元には学年最下位クラスの証であるFを型どった襟章が着いていた。
「(完全翻訳とは言ったが高性能過ぎるだろう)」
光一は帰りの電車内でそう考えていた。光一は先程アリエノールに話しかけられた際、聞こえた言葉はどう考えても日本語ではなかったが、何故か光一はその言葉の意味を一瞬で理解することが出来た。しかも光一は日本語を話しているつもりであったが、アリエノールはフランス語で話し、しかも光一の言葉をフランス語として認識しているようであった。このことから完全翻訳は言語を一瞬で理解でき、さらに相手にも自身の言葉が知っている言語となるらしい。光一はそんな事を考えながら帰宅し、軽く夕食を済ますとまだ慣れない異世界へ来た疲れからか直ぐに寝てしまった。
翌朝、光一は起きるとまだ覚醒していない体に自身操作を使う、すると眠気や体の気だるさが一瞬で吹き飛ぶ。光一はこれが能力の無駄遣いってやつかなと考えながらも朝の支度を終えて登校する。
「さて、今日から授業が始まります。勿論皆さんが楽しみにしてるアルマ学の授業もありますよ」
朝のHRで担任がそう話すと生徒は少しざわめく、ここは入学して一月半ほどで実戦 (クラス対抗戦)があるので、生徒の顔には六割の期待と四割の緊張の色が浮かんでいた。
数時間後、いよいよアルマ学の授業となりFクラスの生徒達はグランドへと移動する。
「なあお前大丈夫なのか? 二次試験の時にアルマ一つしか装着出来なかったって聞いたけど」
移動の最中に光一にそう話しかけてきたのは、ガタイのよい男子生徒、
「おっと、自己紹介をしてなかったな。俺は齋藤謙二、よろしくな」
「ああ、よろしくな。さっきの質問だが心配は要らないぞ、むしろ代表争いの心配をするべきだな」
「まさかお前代表狙ってるのか?」
「勿論だ」
「面白い奴だなお前、まあ俺も代表を譲る気はないからな」
「勿論、俺も全力で行かせてもらうよ」
齋藤謙二と名乗った男と共にグランドへの移動が完了すると、アルマ学の教師による授業が始まる。
「私がアルマ学を担当する笹山舞だ、一年間よろしくな」
短い黒髪を持ち、何となくサバサバした印象を受ける笹山は¨まずは適当な奴の実力を見せてもらうか¨と言って光一を含む数人の男子生徒を前に呼ぶと、
「装着。さて、数人係でいいからかかってきな」
頭などを最低限守る程しかアルマを装着せず、数人の男子生徒にかかってこいと軽く挑発をする。
「いくら教師ってもよ、ほとんど学園の支給品と変わらないアルマで、しかもこの人数差でかかってこいなんて俺達を舐めすぎじゃないですか?」
「むしろ舐めてるのはお前だよ、口はいいから早く来な」
一人の生徒がそう言ったが、笹山にそう返答され怒ったのか光一以外の生徒は装着を終えると一気に飛び掛かった。
「うぉっ!?」
「まだまだ同調がなってないね、しかもチームワークも最悪。大口叩く割には対したことないな」
笹山はその生徒達の突進をすべて受け止め、一気に投げる。
「これが同調だ、アルマとの親和性を高めることによってアルマの力をより引き出す事が出来る技だ、皆にはこれを覚えて貰うぞ」
笹山は男子生徒達を投げて一息着くと待機していた生徒達にそう言う、そして、まだ光一が残っていることに気づいた。
「あ、まだ一人残ってたのか。まあ一人くらい早く終わるからさっさと来な」
「では、お言葉に甘えて」
今光一は学園の支給品であるアルマ一式を纏った状態であり、顔はアイシールド状の防具で覆われよく見えないが、詩乃は光一が少しだけ笑っているように見えた。
「ホッ!」
笹山はそんな掛け声と共に突っ込んで来た光一を、先程の男子生徒達と同じように攻撃を受け止めて投げ飛ばそうとするが、
「なっ!?」
投げに行ったはずなのに笹山の方が体勢を崩されていた。それはまるで武術の達人相手に、力業で投げようとしたら体勢を崩されてしまう光景に似ていた。
「(こ、こいつ! 同調の練度が私並みいや、下手したら私以上だ!)」
笹山は素早く体勢を建て直しながら、光一の追撃の左拳を避けて光一の横に回り込む。
「(貰った!)」
笹山は横に回った状態でから光一の首元辺りに向けて手刀を繰り出す……が、
「!?」
光一はその手を片手で掴み、もう片方の手を笹山の肘あたりに当てると当てた方の手を上に、掴んだ方の手を下に動かし笹山の肘を破壊しようとする。笹山は肘を壊されるのを防ぐために肘に当てりた手の動きに逆らわずに飛ぶ。それにより、手の拘束は外れ笹山が直ぐに光一の方を向き臨戦態勢を取ると、
「いやーやっぱり先生は凄いなー、有効打が当たる気がしないな」
「は?」
光一はアルマを外してそうあっけからんとした調子で言っており、笹山は思わず小さく間抜けな声が出てしまう。