第二十二話 達人と異常(イレギュラー)
(しまった、力み過ぎたか)
今回光一は目立ち過ぎないように、平均より少し上の成績を取ろうとしていたが。思っていたより力が入った上に、記憶復原が合わさったせいで。投げる直前に力を抜いたが、想定以上に記録が延びてしまった。
(視線が痛い)
光一は、たまに健司に連れられて野球部の練習に参加させられる場合もあるが(キャッチボールや紅白戦の人数会わせとして)基本的には帰宅部なので、バリバリの運動部の健司とほぼ同等の記録を出したことにより、クラスメイトからは¨なんだあいつ、あんなに運動できんのかよ¨¨やはりテロリスト相手に単騎で挑んだだけあるぜ¨などといった視線や呟きが聞こえてくる。
「光一、お前凄えな!」
「あまり肩は強くないと思ってたけど、どうやって鍛え方たんだ?」
「別に、ただ投げるフォームを正しくしただけだ(嘘は言ってない)」
光一に投げ方のコツを教わろうとするクラスメイトに簡単に投げ方を教えると、光一達は次の測定へと向かう。
「お前らバケモノかよ、どうやったらそんな記録が出るんだ」
全ての測定を終えて、光一、健司、智也の三人は近くのファストフード店で食事をしていた。
「でも、智也だってシャトルランを128回も走ったじゃないか」
「150越え二人に言われてもフォローになってねぇよ」
「たしかにな、だが勝負は勝負だ、今回は智也が最下位だからな、ここの支払い頼むぞ」
「分かったよ、ったく俺の腹はふくれても財布がダイエットしちまうよ」
そんなたわいもない会話をしながら食事を済ませ、光一達は店を出て各自解散する。
「さーて、そろそろ帰るかな」
そう呟き家路に着こうと足を進めたその時、後ろから聞き覚えのある老人の声が聞こえてくる。振り替えると、そこには久崎の祖父である久崎宗一が立っていた。
「ちょっといいかの? 暇があるなら少し話をしたいんじゃが」
「別に構いませんよ、宗一さん」
宗一の誘いを承諾すると、宗一は座れる所にでもいくかのと言って近くにあった小さな公園に光一と共に入る。
「それで、話ってなんですか?」
「別にたいしたことじゃなくての、ただわしと組手をしてほしくてな」
「構いませんよ、では場所はどうしますか? まさかここでやるのですか」
「そのまさかじゃよ、なーに五分もせんよ」
「はぁ、分かりました。五分ですよ」
「ありがとうな、こんなジジイの我儘を聞いてくれて。では始めるぞい………但し、本気でな」
「え、ちょ」
宗一はそう呟くように言うと同時に鋭く踏み込んでくる。光一はいきなりの踏み込みに面を食らったものの、宗一の初撃の突きを右腕でガードする。すると宗一はガードした右腕をがっしりと掴む。
(なっ!)
その瞬間、光一の腰がガクンと落ちる。宗一は光一の腰が落ちてちょうど見下ろす形になった顔に向けて右の正拳を打ち下ろそうとする。
(合気かなんかか? とりあえずここをしのがねぇと)
光一はその正拳が打ち下ろされる寸前に自身の右腕を掴んでいる宗一の腕を掴むと、腰が落ちた状態から尻餅を着くように後ろ向きに倒れる。そして、同時に宗一の腕を引っ張って宗一の体制を崩そうとする。しかし宗一は引っ張られると同時に跳躍すると、掴まれた腕を支点に回転し、光一の背中に蹴りを放つ。が光一はそれを体を思いきり捻ることでかわす。
「随分とやるようになったの、何か特別なことでもしたかの?」
「そいつは秘密ってことで」
そんな軽口を叩き、またも二人は激突する。しばらくして戦闘は大きく動きだす。それは光一の放った突きを宗一が右腕でガードしたその時、光一が宗一の腕をがっしりと掴む。
(これは! わしの合気の動き!)
合気の技をかけられて体制を崩した宗一だったが、最初の光一ほど体制を崩すことはなく、冷静にバックステップで距離を取ろうとした瞬間。
「なっ!」
光一が宗一の足を踏みつけ、宗一の動きを止めていた。バックステップを止められた宗一は一瞬硬直し、その隙に光一は本気の突きを放つ。その突きが宗一の顔を捉えようとしたその瞬間。
「あ、五分たったんで俺、ここで失礼します」
光一はそう言って拳を止めるとすぐさま公園から駆け出していってしまう。
「へっ?」
公園に一人残された宗一の口からは思わずそんな声が漏れた