第十七話 神の従者VS神の従者
ボスのいる屋上への階段を上る男がいた。その男はまるで屋上に昼食でも食べに行くような足取りでドアの前に立つと、ドアノブに手をかける。
「……」
ドアの鍵は開いていなかった。しかし男は、それが当然といっ顔をすると、懐に手を入れる。普通に考えれば、男が鍵を取り出すのだろう。しかし、男が取り出したのは黒いフォルムの物体。世間で言う拳銃だった。男は拳銃をドアノブに向け、引き金を引いて鍵を破壊する。そして、扉を開けて屋上に入る。
「……来たか、ここに来れたということは俺の部下は全滅したようだな」
「……」
男、いや光一は。そう話してきたボスに返事もせず、手に持った拳銃をボスに向けて躊躇無く引き金を数回引く。が、銃弾はボスに当たる事はなく。すべて空中で一度静止すると、重力に従って床に落ちる。
「こいつはなかなか激しい返事だな」
「やっぱり効かねぇか。さすが神の従者なだけある」
「お前もだろ」
「そうだな」
光一とボスはその会話を合図に、お互いに両の拳を固めて突進する。最初に仕掛けたのはボスだった。まともに食らえば骨の一本や二本簡単に折れそうなパンチを光一に向けて叩き込む。だが、光一もその拳に手のひらを添えて受け流し、開いている手で突きを繰り出す。ボスはそれを横に回避すると、回し蹴りの動作に入る。光一はそれを見て、瞬時にバックステップをして回し蹴りを回避する。
「……」
「……」
二人は一度距離が開くと、お互いを見て、再び激突する。まるでアクション映画のような戦闘だったが、それも何回も続くにつれて少しずつ戦況に変化が生じる。
「クッ……」
光一は、ボスの蹴りを回避しきれず。腕でガードし、さらに自ら後ろに飛んで衝撃を和らげる。
(集中力が切れてきやがった……集中も少しずつ効果が切れてきている。さて、どうするか)
普通なら、距離を置いて気力が回復するまで待つのが定石なのだろう。しかし、そんな事を光一はしない。(そんな隙をボスが見せてくれないとも言う)
(ただの集中じゃ駄目なら、さらに集中力を高めるだけだ!)
「過剰な集中力」
そう光一が呟くと、今までの集中 以上に動きが鋭くなる。今まで光一は、魔力により体を強化していたが、そこから光一はある推測をした、¨腕に魔力を集れば腕が強化される。なら、脳に魔力を集めれば脳も強化されるのではないか¨と。
その推測通り光一は自身の脳を魔力強化で強化した。それにより、集中すら上回る、常人ならざる集中力を手にしているということだ。
(こいつ、目付きが変わった)
ボスは、光一の目に底知れない強さを垣間見ると。確実に決着を付けようと、光一を少しずつ後ろに下げるように前進する。そして、光一の後ろが落下防止のフェンスになったとき。今までの中で最も力を入れた回し蹴りを放つ。前はボスの蹴り、後ろはフェンスと、逃げ道を塞がれた光一を見て、ボスの顔は少し歪む。
「こいつで、決まりだ! …なっ!」
「何が決まりだって?」
しかし、ボスの思い通りには事は運ばなかった。フェンスに追い詰められた光一の取った行動は単純である。その場でジャンプすると、さらにボスの蹴り足に乗ってジャンプ。それにより大きく飛び上がると、魔力強化を施した右足でボスの顔を蹴り飛ばす。
「すげぇ。光一の奴、智也と凛が二人がかりでも倒せなかったアイツ相手に押してやがる」
健司は、光一とボスの闘いを見て思わずそう口した時。健司の横からうめき声のようなものが聞こえてくる。
「! 智也、凛。やっと気がついたか」
「うぅ……健司か、今どうなってるんだ」
「光一があのボス相手に闘ってるんだ!お前ら二人で敵わなかったアイツに!」
「何!」
健司の言葉を聞き、凛と智也は光一直ぐに意識を覚醒されると。光一とボスの闘いを見つめる。
「凄い」
「ああ、そうだな」
凛と智也は友人の大幅なレベルアップと、自分たちでは全く敵わなかった相手と互角以上に闘っている姿を見て。口からはその言葉しか出てこなかった。
光一とボスの闘いが始まり五分が経過した。二人の闘いはここにきて光一に流れが来ていた。過剰な集中力を使った光一に、ボスの攻撃はほとんど当たらず、光一は少しずつボスにダメージを与えていっており、このままなら光一が勝つ。誰もがそう思っていた、しかし。
(しまった! 魔力がもう……)
光一がそう思考した時、一瞬動きが止まる。その隙を逃すようなボスではなかった。ボスは全ての力を込めた一撃を、動きが止まり、大きな隙を見せた光一に向けて叩き込んだ。光一は、その拳を避けることが出来ず、五メートルほど吹き飛び、落下防止のフェンスにぶつかると、前のめりに倒れる。
「……終わったな、強かったぞお前は。もし、俺の部下達との闘いで疲弊していなければ勝敗は変わっていたかもな」
そう言ってボスは光一に背を向ける。既に約束の時間は過ぎた。身代金と逃走手段の催促をするため、光一に背を向けたまま歩きだそうとすると。
「………………」
その後ろで音もなく光一が立ち上る。ぼやけた視界でボスの背中を見ると拳を握りしめて、脳内で宣言する。
(過剰な集中力…………火事場の馬鹿力!)
もう、数秒も持たないであろう魔力で、光一は強化魔法を行使する。頭の中に¨もうそれ以上はやめるんだ! 体が持たない!¨そんな声が響いたが、光一は魔法の使用を止めない。そして、全ての力を使った一撃を放つために、背中を見せているボスに向かって飛びかかる。
それを見ていた健司は、¨やった!¨と心の中で叫ぶ。もし、ボスが光一に気づいたとしても、あれだけ集中していた光一ならよっぽどでない限り避けられる。それに、
(あれだけの目をした男は、そう簡単には止められない!)
光一の全力を出すという決意に満ちた目から、たとえボスの拳が当たろうと構わず拳を振るうと確信していた。そして、
「……終わったと言っただろう」
そんなボスの呟きと共に、屋上に乾いた発砲音が鳴り響いた。




