破
『皆、ありがとう』
『おいおい、何言ってんだよ。家族なんだ、当たり前のことだろ』
朔夜の礼に、才牙が照れ臭そうに声をあげる。
『才牙の言う通りよ。私たちは、それぞれ桜月が大切だと思うから…私たちがそうしたいから動くのよ』
『そうだよぉ。だから、お礼は不要だよー』
『うん……でも、ありがとう』
『ほら、礼を言うのは後だ。さっさと支度をしろよ』
このままだといつまでも進まないと、慧が会話をぶった切った。それもそうだと、皆が支度を始める。とは言っても鞄に詰め込むという作業はない。というのも、各自がはめている腕輪の中に必要なものは殆ど入っているからだ。腕輪型荷物収容異次元空間…通称“ポータル”。この発明により、現在では鞄というのはアクセサリーと同じ分類となっている。
そのため、全員制服から私服に着替えるのみで支度は完了。後は教科書類を取り出して代わりにホームに溜め込んでいた保存食や飲料水をポータルに詰め込むぐらいだった。
『…時間もあることだし、ちょっと家の処分をしてくるわね』
『ああ、なら俺も行く。皆ももし各自の家に行くのなら、必ず2人で行動してくれ』
荷造りが粗方終わったところで、沙羅と慧はホームを出て一旦家にむかう。2人の目的地は同じ…というのも、沙羅と慧もまた、朔夜と桜月と同じように2人で共に暮らしていたからだ。
2人の暮らしていたマンションは、ホームと学園のちょうど間ぐらいの位置。いつもは必ず何処かしら電気が灯っているその建物も、今は電気どころか人の気配すらない。皆、何処かしらに避難しているのだろう。
『どうする?建物ごと、壊しちゃう?』
『そうだな。その方が、自然だ』
沙羅は、校庭での戦闘の時と同じように水を吹き出させ空中に留める。巨大な水球がマンションの上に出来上がっていた。
そして、ウォーターカッターで建物を粉々に破壊させた。
『これで、証拠隠滅。私たちがここに暮らしていたという形跡は、残らない』
『ああ』
ドォン…ガラガラと、建物が崩れゆく音がする。
『……平穏な時は、ちょっとだったわね…』
遠い目をしつつ、沙羅はポツリと呟いた。
『いつかはこうなると、覚悟していただろ?』
施設の者たちは、皆殺しにした。けれども、彼らの存在を知る者が残っていることを、2人は知っていた。そして、いつ、その者たちが彼らを連れ戻そうとするか。そしてその時が来たら、また、逃亡生活に戻るということを覚悟していた。…覚悟はしていたのだけれども。
『まさか、こんな形になるとは想像もつかなかったわよ。それに、いざその時が来るとなると寂しいものだわ』
沙羅は、弱々しく笑いながら言った。
『……そうだな……』
対する慧も、先ほど皆に指示を出していた時のような力強さは今はない。
『ねえ、慧……』
『……ん?』
『私、朔夜の気持ちは痛いほど分かるわ。だって、“あの時”の私の気持ちと、きっと同じだもの』
『沙羅……』
そっと、沙羅は慧の胸に寄り添う。
『もう、私はあんな想いをしたくないわ。だからね、慧。これから先…全てを1人で抱え込まないでちょうだい』
慧は、彼女の言葉を噛みしめるように目を瞑った。
『……ああ』
そしてその返事と共に目を開けた時、その瞳には強い光が灯っていた。沙羅はふと顔を上げ、その表情を見て…少し安心したように笑う。
『同意したわね?聞いたわよ』
『あの時は、本当に悪かったって。……けど、これから先も…俺はきっと無理を押し通そうとするだろう』
『嫌よ』
『聞けって。だから…その時が来たら、俺はお前を道連れにする』
沙羅は一瞬キョトンと目を丸くして…やがて、嬉しそうに微笑んだ。
『ふふふ…それなら、良いわ』