闇
…朔夜が戦闘を始める前に、時は遡る。
朔夜が飛び降りて行った後、同じ教室にいた慧は、朔夜が飛び降りて行った窓をじっと目を細めて見つめていた。
相変わらず、教室は騒がしい。半分は、ニュースで映像の内容について。そしてもう半分は朔夜の行動について話されていた。
…さて、どうしたものか。一瞬そう思ったが、すぐに頭を切り替える。
今重要なのは、能力をどう隠すかではなく、1人敵地に飛び込んで行った朔夜の援護と桜月の保護。そんな結論に至って、彼は朔夜と同じように窓の方へと行く。
飛び降りようとしたその瞬間、扉がバンと開いたかと思えば他クラスの沙羅が入ってきた。
『慧…!』
無秩序に騒がしかった教室が、一瞬シン…と静まり返った。
『私も行くわ』
多くの視線を受け止め、けれども全く気にした素振りを見せず…彼女はただ1人慧を見つめて宣言する。
『才牙と彩羽は?』
『“ホーム”の安全確保を頼んだの。今頃そっちに行ってるわ』
『なら良い、か。…急ぐぞ』
『ええ』
そして、慧と沙羅も窓から飛び降りる。2人の後ろからは、さっき朔夜が飛び降りた時と同じように悲鳴が聞こえてきていた。
けれども、2人もまた朔夜と同じく難なく着地すると能力を全開にして走り出そうとした……けれども、その瞬間、2人は横に跳ぶ。
2人が元いた場所は、ドォン…と大きな地鳴りにも似た音がした。舞い上がる砂埃が、彼らの視界を遮る。
『驚きましたわ。まさか、避けられるなんてなあ。狂骨さん、手加減したとちゃいます?』
『ケケケ…んな訳ねえだろう』
『おやあ。じゃ、あの方々は人間とちゃいます?』
砂埃の向こう側…校門のところに、男2人がいた。
1人は、黒い袈裟を身につけた坊主。手に持つのは、琵琶。もう1人は折れそうなほど細い身体つきで、病的なまでに青白い顔色。手には、白く長い棒のようなものを持っていた。
『……何だ?お前ら』
『私の名前は、琵琶法師。よろしゅう』
『………狂骨』
にこやかな坊主と、ボソボソと聞き取り難い声色で言う細身の男。随分とタイプの違う2人だと慧は心の中で思いつつ、目はどんな動きも見逃さないと言わんばかりに2人の動きを追う。
『そこを退いてくれないかしら』
『ケケケ…無理、無理』
『何故、貴方達は私達の邪魔をするのよ』
『いややわ。邪魔しようとしてる訳ではあらへん。あんさんらこそ、大人しく捕まってくれまへんか?』
『捕まえて、どうするんだ?』
『そんなん、決まってますわ。私らの糧になってもらいますよって』
和かに笑って言ったが、その内容はおどろおどろしい。けれども、2人はそれを無表情で受け止めていた。
『……名前といい言ってる事といい、お前らこそ人間とは思えねえな』
それどころか、軽口で慧は返した。
『やめてくれます?私らを人間と一緒にするなんて』
琵琶法師の声が、一段と低くなった。同時に、ビインと琵琶を鳴らす。瞬間、彼らの元に衝撃波が向かってきた。見えないそれを、けれども2人は危うげなく避けた。
『私らは人間なんて、矮小なものじゃあない。私らは闇に生きる者』
話しながら段々気分が良くなったのか、琵琶法師はクツクツと声をあげて笑い始める。その笑い声は、人に不快感を与えるようなそれ。
『……かつて人間は私らのことを妖怪なんて呼びましたなあ』
妖怪、という言葉に沙羅は僅かに首を傾げる。突拍子のなさ過ぎる単語に、鼻で笑いそうになった。
『妖怪?そんなんが、本当にいるのか』
慧もまた本気にはしていなかったものの、より情報を得ようと問いかける。
『名称なんぞどうでもええですよ。ですがええ、ええ。長い間に作り上げた信仰の力で、人は私らを封じたんやけどなあ…それが科学?とやらのおかげで、やっとこさ出て来れましたよって。昔は人も私らの存在を知り、小憎らしいことですが、何百年もかけて私らを封じ込めようと力を磨いてきましたがねえ』