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短編集

勇者の孫のある日のこと

「と、いうわけでこの構文は…。」


そんな先生の説明をBGMに私はせっせと作業を進める。

今日の昼休みには納品しなければならないのだ、昼休み前の4限目であるこの時間を活用しないでいつ仕上げるというのか。

この先生は優しいのでばれても何も言わないから問題ない。あとはこの時間内に終わらせることさえできれば問題解決だ。

最後の仕上げが終わって一息つこうと思ったと同時にチャイムが鳴った。タイミングがいい。

先生が出ていくと同時に外へ出ていく生徒に混じって約束の場所へ向かう。

指定された場所に行けば、どこかそわそわした依頼主の子がいる。小走りで駆けよれば不安そうな顔がぱぁっと輝いた。


「や、約束のものは?」


上ずった声でそう聞かれて、私は右手に持った袋を軽く持ち上げる。

普通の手提げ袋だ。学校に持ってきて怒られる程華美でもない地味なものなので、持っていても先生に見咎められたりしないだろう。中が見えないように閉じれるのもいい所だ。

袋を見て神妙に頷きながら依頼主は手に持った長細い財布らしい物を取り出した。最近の子はああいうタイプの財布をよく持っているがあれが流行りなのだろうか。お祖母ちゃんから貰ったがま口タイプの財布をつい見比べるように見てしまう。

別に羨ましい訳ではないが、うちにもっとお金があれば良かったのにと思わないことはない。


「はい、代金。」

「…確かに。」


そう言って依頼主が立ち去った後、私も財布にお金を収めたのでその場を去ろうとした時肩をとんとんとたたかれた。

振り向けばよく見慣れた顔が呆れ果てたと言う顔でこちらを見下ろしていた。


「また惚れ薬かなんかの依頼か?女は好きだなあ。」

「あなたも欲しくなったら、売ってあげる。幼馴染価格で。」


やれやれと肩をすくめる彼にそう皮肉を言えば物凄く微妙な顔で見下ろされた。そんな顔で見下ろされると見下されているようで腹が立つと何度言えばわかるのだろうか。

腹が立って思い切り脛を蹴れば、苦悶の声をあげて膝を抱え込んだ。ざまあみろ。

そのままその場を立ち去ろうとした所を呼び止められて振り向けば、何やら真剣な顔をしていた。


「黒魔術かなんだか知らねえけどよ、止めた方がいいんじゃないか?」


実に余計なお世話な事を言ってきた。そのなんだかしらないものは実際に役に立ってお金になっている。そして生活もなんとかなっている。

科学では証明できない得体のしれないものかもしれないけれどお祖母ちゃんから教わった術は私の役に立っている。

それを血の繋がりもない他人につべこべ言われる筋合いなど鼻からないのだ。昔仲が良かっただろうが、今はただの顔見知り程度なんだから。

ぷいっと顔を背けて走り去る。あのままあの男の顔を見るのも不愉快だった。


***


放課後、駆け足で家に帰る。陸上部にも誘われた、長距離走女子1位だった健脚は伊達じゃない。

玄関の両親の遺影にただいま、と言って自分の部屋に戻って服を着替えてすぐに玄関に戻る。

すでに用意してあるバイトの荷物を手に取って、時間を確認する。間に合う範囲だ、問題ない。


「いってきます。」


ただいま、と言ってもいってきます、と言っても返してくれる人はもういない。

遺影の中の両親がただ微笑んでいるだけだ。それをもう悲しいとも寂しいとも思わないことが、少しだけ悲しい。

扉を閉めて駆け出す。感傷に浸っている暇はない。生きる為、両親との思い出が詰まった家を守る為、少しでもお金が欲しかった。


***


「おばあちゃんって、異世界の人なのー!?」


まだお祖母ちゃんも両親も健在だった、小さな頃の記憶だ。


「そうさ。武彦様は私達が召喚した勇者様でね、世界を救ってくれたんだ。」


お祖母ちゃんは、偶にそうやって話していた。おじいちゃんは異世界を救った勇者様で、お祖母ちゃんはおじいちゃんを召喚した偉大な魔術師だったそうな。

それが事実かどうかは私にはわからない。


「ねえ、桜や。もしこの世界が嫌になった時は私に言うんだよ。私の魔術であちらの世界に送ってあげる。」


優しく笑ってお祖母ちゃんはそう言った。もしかしたら実際お祖母ちゃんはこちらにいて辛いときがあったのかもしれない。


「大丈夫だよ、お祖母ちゃん!だって桜には―――」


お父さんと、お母さん、それに優斗くんがいるもん!


***


はっと、目を覚ました。横の時計を見れば2時を指している。変な時間に起きてしまった。


「懐かしい、夢。」


5年前、両親が事故で亡くなった。禿鷹のような親戚にたかられ、遺産は無くなっていった。

幼い私はお祖母ちゃんに引き取られて過ごしていたけれど、2年前お祖母ちゃんも他界。残っていた両親と過ごした家に住むことになった。

久しぶりに会った幼馴染は冷たかった。泣きたかったのに、泣きつく相手は誰もいなかった。


「お祖母ちゃん…もう嫌だよ。」


お祖母ちゃんが残してくれた魔術書は、この世界のものではないから私には読めない。

私にできるのは軽い悪戯程度の呪いや魔術ばかり。相手に好意を持たせる魔術で女子生徒相手に商売しているがお祖母ちゃんが言っていたような異世界に行くような大規模魔術は使えない。

そしてもうそれを行使できるお祖母ちゃんはもういない。


『んだよ。お前に名前で呼ばれる筋合いないっての。』


久しぶりにあった幼馴染がそう吐き捨てた言葉。

両親がいなくなっても、親戚に疎まれてもこの世界が嫌になったわけではなかった私が、嫌になった瞬間だ。

仲がいいと思っていた。それどころか小さいときには結婚の約束だってしていた。私にとっては、友達以上の…たぶん、好きな人だった。

両親と彼さえいればそれでいい。私はそうとすら思っていた相手にそう言われた。ちょっと人間不信になってしまう。まぁなっているのだが。


「ふぐ…ぅ…。」


懐かしい夢を見てしまった所為か、悲しみがどっと押し寄せてきた。

お祖母ちゃんや両親、幼馴染とばかり話していた上人間不信がちだった私は上手く友達が出来なかった。

幸か不幸か、それなりに他人と話すことは出来るのだがそこから一歩踏み出せないと言えばいいのだろうか。

心置きなく話せる相手がいない。感情を吐き出す相手がいない。それは、すごく寂しくて。

電気を付けて、お祖母ちゃんの魔術書を取り出してページをめくる。

涙が溢れてくるのを、ハンカチを取り出して拭いながらめくる。涙の滲んだ視界でひたすらページをめくる。

読めないけれど、きっとこの中に異世界に行く魔術が載っているのに違いないのだ。

自分が知っている魔術の知識から、目的の物を絞っていけばその内出てくるはずだ。

平常なら馬鹿らしいと一笑するような考えも、少し悲しくて可笑しくなった思考ではすんなり受け入れてしまう。

何個か当たりをつけて、居間に向かう。大がかりな魔術は陣や儀式が必要だ。自分の部屋では狭すぎる。

とりあえず乗ってる陣を手当たりしだい書いて、読みとれた必要なものを持ってくる。そこまでするのに2,3時間かかっただろうか。

そこまでして、ようやく必要な呪文が一切読めないことに気付く。本来もっと早く気付くべきだったのだろうが、足りない頭では気付くのが遅すぎた。

そこで普段ならば何やっているんだ自分、と思いながら片付ける所だったがよくもわるくも深夜テンションといったところだろうか。


「いいから、さっさと連れて行きなさいよ!」


涙ぐみながら適当に呪文を唱える。あたりをつけて読むどころかわからない所は適当に言ったりとばしたり。

非科学的なものとはいえ、魔術も科学の実験のようなものだ。分量を間違えたり手順が違うだけで全く別の結果が生まれるし、そもそも使っている物すら違えば万に一つも正しい結果が出る見込みはない。

要するに、何も起きないか起きても想定外の事しか起きない。そして残念ながら今回は後者の出来事が起きてしまった。

急に発行する陣達を私は目を輝かせてみる。しかし一向にどこかへ連れていかれる雰囲気もなにもない。

光が眩しくて目を開けられないぐらいになったかと思うとふいに消えた。


「……は?」


目の前に、きらりと光る刃物のようなものがあった。

さらにその先には剣呑な顔をした30代ぐらいの男がいる。格好はまさにファンタジーといった感じの皮の胸当てなどした戦士風だ。

その後ろには寝ぼけた顔をしたドレスの女の子やら、ひらひらした民族衣装のような服を着た長細い耳を持った少年などやはりファンタジーな人物たちが5人ほどいる。

なにがどうなった。そう状況を判断するまえに刃物を突き付けている男が口を開いた。


「おい、手前が魔術師か?何しやがった。」


言わねえと頭と胴体がさよならすることになるぜ?そう言われて、なんとなく頭の中で予想がついた。

これ、もしかして異世界から召喚してしまったのではなかろうか。あんなよくわからない呪文でうっかり召喚してしまったのではなかろうか。

異世界いくつもりが召喚してしまうなんて私ってばうっかりさんテヘペロ☆(棒読み)

とりあえず目の前の危機を脱するべく私は口を開いた。


「すみません、私もなにがなんだか…。」


そうして私と異世界の人々との奇妙な共同生活は始まる…のかもしれない。

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