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九島家のクリスマス

作者: ひろ

むっかーし書いたやつが出てきた上、ちょうどそんな季節だったのでアップしてみました。

かなりふざけて書いてありますが、書いてて楽しかったという当時の記憶もほんのり残っています。

お暇つぶしになれば幸いです。

これは、妹を愛するが余り魔王になってしまったある(バカ)兄の、バカバカしい物語である。


九島家のクリスマス



小さな少女が、盛大に飾られたツリーの下で絵本を開いている。

いや、小さな少女って、少女なんだからそら小さいだろ、という指摘はともかく。

ツリーは電気プラグから送られてくる電気を食って、燦燦と輝いている。

実は隣の家の電力からちょっとばかし拝借している―――のは冗談にしても、ご機嫌に、堂々と、地下を通って電気コードをつないでいる。

あまりに堂々としすぎているので、隣家の住人はだれも気が付かないのだ。

まあ、時折「なんでいつもこんなにブレーカーが落ちるかなあ」なんて言葉が聞こえてきたりもするのだが、雪が深く降り積もっているこの冬、そんな叫びはこちらの家では聞こえないようにしている。

今日はクリスマス。

嫌なことは、とりあえず忘れ去りたい日だ。

少女の指先がゆっくり、絵本をめくる。


「ちーっす」

インターホンを鳴らしてドアを開けた友人を、この家の主人……琢磨(たくま)は苦笑いで迎える。

両親はすでにこの世にはいないので、厳密、彼がこの九島(くとう)家の当主になるが、まだまだ大学一年生の若輩。

そのため、時折親類が様子を見にきてくれるのだが。

「呼んだ覚えねーぞ、総一(そういち)

とてもいい笑顔で毒舌。

それは友人と友人の間で取り交わされる、「からかい合い」とか「冗談」とかの類でなく、琢磨の背負ってるオーラには本気の影。

親類には「しっかりもの」「真面目で優しい」で通ってることを、この友人・総一は分かっていないわけではない。

むしろ、それらがすべて彼の作り上げた「ウラ面」であることは、しっかり把握してる。

二重人格というわけでなく、もともとが、コレ。

「別にいいじゃんか、ケーキもって来たし」

「ついでにこっちの調理も手伝え」

王様野郎、と口の中で悪態をつき、総一は靴を脱いだ。

つい今しがた、「呼んだ覚えねえぞ」とのたまったのはどこのどいつか。

まるで合言葉のようなやり取りにため息をつき、靴を律儀にも揃え、リビングへ。

ツリーの下では、既に見知った少女が床に寝そべって絵本を読んでいた。少女は総一に気が付くと、本を閉じて抱きついた。

「そーいち!!」

「おう、レナ、メリークリスマス!」

「おう、メリークルシメ!」

「……」

何の嫌がらせか。

この年端も行かない、とても純粋で可愛い少女からの「苦しめ」宣言は、なかなかにココロに堪えるものがある。

それも、精一杯の笑顔だ。

気配に気がついて振り向くと、琢磨が皮肉の笑みを浮かべ、更に暗いオーラを背負ってる。

仕込みはヤツか、とため息。

暗いオーラが意味するもの、イコール「妹から離れろ」宣言。

少女……レナをそっと引き剥がし、琢磨の待つキッチンへ。

この友人宅には何度も来ているので、大体の調理器具の有無は把握している。

ケーキの他にも、一応の材料は揃えてきた。

どうせこのオレ様野郎が大した物は作れないことも、良く把握している。

まったく、なぜ自分はそんな男の「友達」というポジションにあるのか。

この日だけでなく、総一は普段もその問いのために頭を悩ませることがある。

手際よく野菜を切り、片っ端から土鍋にぶち込んでいく。

その傍らでは琢磨がフォークをしっかり三人分用意している。

追い出されないだけマシかと、総一は深い深いため息をついた。


つまりは、クリスマスは某宗教のえらい人の記念日であるわけだ。

それがいつの間にか寄ってたかってこじ付けでこーゆー日になってしまった、というのが琢磨の自論。

そんな、知識も情緒もスっ飛ばして考える傾向があり、ロマンもへったくれもない彼がこうして自宅をきらきらと飾り付けクリスマスムード一色に変えてしまったのは、妹の一言が原因だった。

「お兄ちゃん、クリスマスって楽しいこといっぱいするんでしょ?」

それは両親が生前に遺した、大量の本の中から引っ張り出してきた絵本からの影響だ。

至極純粋な疑問であり、妹・レナからしてみれば何気ない一言だろうが、琢磨の屈折しまくったフィルターを通して脳に与えられた指令はただ一つ。

“クリスマス決行”

そして総一にクリスマスに行うべきことを訊き、こうして実行に移すことにしたのだ。

「こんなことだろーと思ったよ」

「なにが?」

再度ため息をついた総一は、ほとんど自分が作った鍋の加減やサイドメニューをちらり見回した。

自分が来なかったらコイツはどうするつもりだったんだろうという目で琢磨を見やる。

感謝の欠片もない様子に、期待するだけ無駄かとため息。

そして総一は彼の輝かしい履歴を脳裏に思い起こしていた。

まず中学に通っていたとき、琢磨と出会った。

しかし話し掛けていたのは一方的……総一からで、その様から「金魚のフン」とか「侍従」とか不名誉なあだ名を付けられていた気がする。

そこは心の傷になるといけないので、とりあえず「気がする」ということにしておく。

高校生の時には、琢磨の噂はすさまじいことになっていた。

「高校生君主」「他校生徒も付き従う絶対王」「朕は国家なり」など、本人の(たぶん)あずかり知らぬところで立ち昇った通り名は、尾ひれを幾重にも増して広まっていた。

尊大な態度、眉目秀麗、お約束みたいに成績優秀……エトセトラ。とにかく彼に「王」と名づける者が後を絶たない。

そして総一はいつだって「側近」だの「執事」だの、聞こえはいいが微妙な立場というニュアンスの混じったあだ名ばかり。

ある時友人に肩を叩かれて、神妙な雰囲気で「お前、まじであいつから離れたほうがいいよ?」と言われたこともある。

それでも付き合いをやめないのは、見えない妖精さんか何かの抑止力が働いているのだろう、そう思うことにしている。

「そういち、彼女は?」

ぐさあ。

「ぐはっ」

見えない剣が総一を貫いた!

レナの精神攻撃「純粋な疑問」だ!500ポイントのダメージを受けた。

「ああ、四日前にフラれた」

どぐしゃ。

「うごほおおお!!」

総一は見えない弾丸に撃たれた!

琢磨の無属性攻撃「事実と虚無感」だ!1000×∞ポイントのダメージを(以下略)

「た、琢磨……てめえ、レナになに吹き込んでんだよ!」

「ナニはまだ吹き込んでないが、事実を少しばかり」

「前半の言葉は聞いてねえ!てか吹き込むつもりかよ!」

「レナの今後の教育計画に盛り込んである。」

これだから、と総一はぐったり肩を落とした。

秀麗の帝王……と現在のとおり名を持つ彼が、色恋沙汰に無縁な筈がない。

沸いては冷め、ちぎっては投げ―――というわけではないが、片っ端から女性をフリ続け、その生涯にトラウマとなるような言葉を去りしなに遺す。

彼と関わろうとしたばっかりに、それまでロマンのある恋を夢見ていた乙女たちが、一瞬にして恋の現実に目を覚ましていく。

ある意味の開眼とも言えるだろうが、彼を恨む言葉よりもむしろ「現実なんてそんなもんよね」と自棄になって片頬で笑うようになってしまうという。

大学に通う女性の大半は、入学前とは別人のようにバイトと勉強に打ち込んでクリスマスも棄てる勢いらしい。

王は王でも魔王なんじゃないのか……そう囁き噂し合う周囲の男たちも、そんな彼にある種の恐れ(目からビーム出されるとか変な瘴気で自分も下僕になるんじゃないかとか)を抱き、あまり近付いてはこない。

しかし魔王・琢磨がその辺の美人麗人に興味がないのは、偏に……。

「ナニって何~?」

「ああ、レナがもう少し大きくなったら教えてあげるよ」

「それって、楽しいの?」

「そりゃもちろん。楽しい上に気持ち……」

「琢磨ぁアアアアア!!」

この通り、妹にしか興味がない。

シスコンないしロリコン。かなりの重度。

妹大好き、という響きは世間的にも構わないが、「妹命」となると徐々に首が傾いて、素直に頷けない。

きっと自分が琢磨に相手されなくともこの家に度々訪れるのは……そのせいかもしれないと総一は思う。

ほっといたら、琢磨がレナに手を出すのは時間の問題だ。

彼が光源氏のように自分好みにレナを教育している、というのが現状でも良く分かる。

どうせそのうち、本当の男という生き物は自分だけと教え込むに違いない。

その他はただ人間の形をしているだけのアメーバかオオバロニアにされて、レナはきっと微笑みながらこう言うのだろう。

「そーいち、単細胞」

多分、きっと、一生立ち直れない。

いくら年が離れているとは言え、女の子にそんなこと言われて喜ぶのはMだ。

断固阻止するためにも、こうしてちょくちょく探りを入れなければ琢磨が暴走する一方である。

「ねえねえ、サンタさんはいつ降って来るの?」

「……。レナ、もう一度言ってみ?」

ケーキを切り分けていた総一の手が、レナの思わぬ質問で軌道をズラした。「それ、おまえのな」と琢磨が砕けたケーキを更にフォークで砕いて皿に盛り、総一の方へ寄越す。 それにはあえて突っ込むまい、これもいつものことだから。

「サンタさんはいつ降ってくるの?」

「……」

まるで、雪はいつ降るの、と同じニュアンス。

「琢磨ぁー?」

ジト目で睨むと、全力で目をそらされる。

原因はやはりこいつだと、今度は丁寧に切り分けたケーキを、チョコレートの飾りを載せてレナの前に。

にこぉーっと笑った少女の可愛いこと。思わずにやけると、魔王様の怒りの波動がひしひしと伝わってくる。

そして一言。

「総一」

「なに」

「空から降るサンタを呼んで来い」


始まりはいつも突然。

そして大概このバカ魔王の勘違いによることが多々。

総一がこの腐れ縁とも呼ぶべき関係を着実に築いてきた自分の愚かさを、身をもって知る瞬間でもある。

この魔王・琢磨はそんじょそこらの人間さまに収まるような男でないことは確かだが、多少感性が人のそれよりぶっ飛んでいることがある。

その多くが、興味ない=勉強しなくていいという方程式のもと生み出されたいわば彼のド腐れこんじょ……もとい、崇高なる信念であり、特にクリスマスといったある意味社会的行事と化したイベントに対して如実にその成果を現している。

それが、「空から降るサンタ」という非常にメルヘンかつ危険極まりない想像をいたいけな少女に生み出してしまった。

ただ単純に、この魔王の勘違いから発生した架空の話。

どこにでもあるおとぎ話が、一言でシュールな話に変化してしまっただけのこと。

「クリスマスの日、サンタはトナカイといっしょにやってきます」

「うん、それで?」

「よいこの家を見つけて、プレゼントをもって――――」

「……もって?」


「ソリから飛び降ります」


「アホかあああ!!!」

食後のまったり紅茶タイムもそこそこに、盛大な突っ込みを入れた総一は絵本を床に叩きつけた。

琢磨お手製の絵本。想像や架空の世界にまでわざわざ手を加えようとする根性は怒りを通り越してむしろ関心する。

それを疑いもせずに読んでいたレナにも感服。

「修正液で修正しようとしたが、体裁が悪くなるみたいだし」

「この際体裁気にすんじゃねえよ」

「気が付いたのは一年後だったし」

「遅ぇよ!」

「レナはそれで信じ切っていたしな」

「うわもうこれとりかえしつかねー」

「まあ、レナがいいならそれでいいかなと」

そして、そこら辺の女子が見たら卒倒せずにはおられないだろう、とても綺麗な笑顔を浮かべてそれはそれはご満悦。

楽しそうに笑う妹がよければいいのだそれで、とのたまうバカ兄に肩を落とす。

なんでこんな変態に付き合っているのかいい加減本気で考えた方がいいのかもしれない。

「というわけで降るサンタさんになれ」

「誤った解釈を改める気はないのか」

「その必要がどこにある?」

まさしく魔王の御言葉、我が世も末なり。何が哀しくてクリスマスに骨折しなくてはいけないのか。

もっと別の方法があるだろうに。

「ふつー、サンタクロースは寝てからじゃないと家に来ないぞ?」

「………………チッ」

「今、舌打ちしただろ。確実に、悔しそうに舌打ちしただろ?!」

そこで彼は気が付いたのだが、この魔王、この際だからと自分を家から追い出そうとしている。

しかも四日前に彼女にフラれたのに怪我までさせて追い返すという、クリスマスの哀しい思い出作りを壮大に演出しようとしている。

彼の計算式の伏せられていた数が見えてくる。

すべてはレナと二人きりになるための画策。この男、どこまで変態なのか。

「レナ、サンタクロースってのは、寝てからじゃないと来ないんだよ?」

とりあえず付加情報で回避。

不満そうな魔王を尻目に、総一はなんとか保身を……、


「あ、そういう設定もあったの?」


「…………」

現実的な言葉に、思わず総一と琢磨が目を合わせ。

この九島家で一番怖いのは、実は彼女なんじゃないかと思ったりするのである。


END

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