ぬいぐるみの影
焼け跡に残ったのは、三つの骨と、一人の孤独だった。
秋田の街はずれに、古びた平屋の一軒家がひっそりと佇んでいた。壁は雨風に晒されて黒ずみ、屋根瓦はところどころ欠け落ちている。
文学部の青年・笹森たすくは、はじめて親元を離れてその家を借りた。大学までは自転車で十五分。安い家賃とその佇まいが何よりの魅力だった。
入居して間もなく、白い野良猫が迷い込んできた。雪のように真っ白な毛並み。たすくはそれを「ゆき」と名づけた。
夜になると、ゆきはたすくの膝の上で喉を鳴らし、薄い布団の端を自分の場所のように占領した。
狭い部屋に二人分の息づかいが満ち、たすくは初めて「一人ではない」と感じた。半年が過ぎたある朝、ゆきは帰ってこなかった。
裏手の草むらで、たすくは彼女を見つけた。喉が深く抉られ、白い毛は赤黒い血で固まっていた。野良犬の仕業だと近所の者は言った。
たすくは死体を段ボールに納め、近くの空き地に埋めた。その日から彼の口数は極端に減った。
学友たちが心配して声をかけても、彼はただ小さく頷くだけだった。笑顔は、まるで消えたように見えた。
秋の終わり、学友に誘われて骨董市へ行った。露店の片隅に、二つの猫のぬいぐるみが並んでいた。
アニメのキャラクターらしい、丸々と太った愛嬌のある姿。たすくは無言でそれを手に取り、そのまま買い求めた。
その夜から、彼はぬいぐるみを抱きしめて眠るようになった。
「こいつ、ゴロゴロとのどを鳴らしてる」
誰に言うでもなく、たすくはそう呟いた。学友たちは安堵した。たすくが以前と同じように笑うようになったからだ。
ぬいぐるみを膝に乗せ、優しく撫でる仕草も、どこか穏やかだった。冬の初め、夜半に火が出た。古い建物の電気系統のトラブルだと消防は結論づけた。
たすくは煙に気づいて外へ逃げ、命に別状はなかった。焼け跡の整理が進む中、奇妙なものが発見された。動物の骨が三体。
一つは巨大な鼠の骨格で、大きさは普通の猫と変わらなかった。残る二体は、明らかに猫のものだった――
焼け跡の片づけの中、消防の隊員が黒く焦げた布の塊を持ち上げた。中から、白く乾いたものがこぼれ落ちた。細い肋骨。丸い頭骨。二つ。
それは、たすくが毎晩抱いていたぬいぐるみの中から見つかった。
前の持ち主が、亡くした猫を供養するために骨を縫い込んでいたらしい。二体のぬいぐるみは、ただの玩具ではなかったのだ。
家に棲みつき、静かにたすくを見守っていたのだ。
巨大な鼠の骨格が見つかった場所は、ぬいぐるみがいつも置かれていた居間のすぐそばだった。
たすくは何も言わない。
ただ、焼け残った布の切れ端を見つめていた。
そこには、ゆきが好んで眠った布団の匂いが、まだかすかに残っていた。
読んで頂き有り難う御座います。




