呉服屋
神社を出ると、菊守は導仁を連れて市井を歩いていた。
葵亥が一緒に行こうかと言ってくれたが、今日は一人で市井を歩いてみたいのだと言って断った。
一人で、とは言っても実際には導仁と二人なのだが、それでも今までの菊守にとっては考えられないようなことだった。
緊張しながらどこへ行くともなく通りを歩いていると、ふと目線の先にきらりと光るものがあり気になって立ち止まった。
それは玻璃製のきれいな根付で、店先に飾られていた。
菊守はそのきれいな根付に誘われるように店の前まで行った。
店には『呉服屋 永楽堂』と書かれた立派な看板がかかっている。
「いらっしゃい。何かお探しですか?」いかにも店主らしい男性が菊守に尋ねた。
「いえ。ちょっと見せていただいていただけです。
素敵な根付ですね」
「見るだけでも結構ですよ。
根付の他にもうちは上等なのを色々揃えてるから、中に入って見ていって下さい」
菊守と導仁は店内に入った。
店内はとても広く、奥には何着か美しい着物がかかっている。
棚には小物が並べられている。
根付以外にも様々な装飾品も取り扱っているようだ。
「うちは京の都でいちばん大きい呉服屋なんです。
さすがに装飾品は専門店ほどではないですが、着物ならうちの品揃えがいちばんです」
菊守は当然呉服屋に来たのは初めてだったので、思わず店内を見回していた。
すると小さなお守りのようなものが目についた。
巾着のようなもので、色々な柄があった。
「これは、香袋です。
中に好きな香料を入れて持ち歩いたり、着物と一緒にしまっておいて香りをうつしたり。使い方は様々です。
旦那様方は着物に白檀の香を焚きしめていらっしゃいますね。
とても上品な香りです。
しかし庶民はそのような上等な香を毎日焚けませんから、こういった袋に入れておくんです。
もちろん、着物に香りをつけていて、さらに香袋も持ち歩いてらっしゃる方もたくさんいますよ。
その場合は同じ香りを選ぶか、混ざることでより良い香りになるものを選びます」
「なるほど」
「ご自分用に買われる方もいますし、ご家族やご友人のために香料を選んで香袋を贈る方もいらっしゃいます。
香料や袋の柄選びのご相談にも乗りますから、お気軽に言ってください。
昨日も友人に贈ると言って買われていった方がいらっしゃいました」
「友人、か」菊守は葵亥と椿嬉の顔を思い浮かべた。
菊守には友人と呼べる人がいない。
友人とはどういうものなのかも分からない。
でも多分、自分とあの二人はまだ友人と呼べるほどの仲ではないだろう。
あの二人はいい人たちだと思うし、なかなか面白いし、一緒にいると楽しい。
できることなら友人になりたいと思う。
でも、どうやったらあの二人と友人になれるのか分からない。
「あの二人に贈ったらどうです?」
導仁がまるで菊守の心の中を見通したように言った。
「いえ、今はまだ…。
色々見せていただいてありがとう御座いました。
また来ます」




