人相書き
想殿から社務所に行くと義巳が来ていた。
「あれっ義巳叔父さん」
「皆、お疲れ様。今日は椿嬉殿にちょっと聞きたいことがあって来たんだ」
「私に聞きたいことですか?何でしょう」
「先日皆で葉香園という茶屋に行きましたね。
我々が帰る頃に、隣の卓に二人組の女が来たのを覚えていますか?」
「はい、異国風の衣装の旅商人の二人でしたね。よく覚えています」
「その二人組、詐欺師だったそうです。
我々が帰った後、彼女らと待ち合わせた取引相手がやってきて、高価な蒔絵の笄を売ったそうです。
奴らは笄を受け取り金を払ったのですが、それが偽の金だったそうです。
それでその犯人を捕まえるために今犯人の人相書きを作ろうとしているところなんです」
「まんまと高価な笄をとられたということですか。
しかし、その騙された取引相手も犯人の顔は見ているのでしょう?」葵亥が言った。
「それが、被害者はその二人組の顔をはっきり覚えていないそうなんです。
詐欺師たちは顔を薄い布で隠していたそうです」
「そんな怪しい人物と取引したんですか?」葵亥が不審に思って聞いた。
「犯人たちは異国の珍しい占いも商いにしていました。
取引を行うかどうかは占いの結果次第だそうです。
被害者も占いをしてもらい、それから取引をしたと言っていました。
異国風の衣装だったのと神秘的な雰囲気に騙されたそうです。
それに実際、あれでは衣装の方に目がいってしまいますからね。
もしかしたら椿嬉殿なら犯人の顔をよく覚えているのではないかと思いまして。
人相書きを書くのを手伝ってもらえないでしょうか」
「もちろんです。では社務所の中へどうぞ」
社務所の中に入ると、奥の居間のような部屋に通された。
真ん中に大きめの卓があり、茶箪笥と小さな棚がある質素な部屋だった。
棚には本が少しと将棋や囲碁がある。
すぐ隣に台所があり、五姫婆が茶を用意してくれた。
導仁だけは外で待つと言ったが、外でまだ掃除をしていた雪笹が迷惑そうな表情をしていたのを葵亥は見逃さなかった。
導仁は悪い人ではないようだし、葵亥の目に間違いがなければ彼はかなり男前で女性にもモテるはずだ。
それなのに、あんなに雪笹に嫌われているのが葵亥には不思議だった。
何かとんでもないことをやらかしたのだろうか。
「とりあえず、私なりにその詐欺師の人相書きを描いてみますので、お待ちいただけますか」
椿嬉が硯と筆と紙を持ってきて、絵を描き始めた。
椿嬉が絵を描いている間、葵亥と菊守は部屋にあった将棋を指し、義巳がそれを観戦していた。
二回連続であっさり菊守が勝った頃、椿嬉が口を開いた。
「あの…すっかり忘れていたのですが…」
何かとても言いづらそうにしている。
椿嬉は人相書きを描いた紙をこちらへ見せながら言った。
「私、絵下手でした」
葵亥、菊守、義巳の三人は、その絵を見た途端思い切り吹き出してしまった。
椿嬉の描いた人相書きは、とても人とは思えないものだったのだ。
げらげらと笑い転げる三人を見て椿嬉自身も、改めて自分の絵を見て、そのひどい出来栄えにけらけらと笑い始めた。
「すみません、でも、これは、ひ、ひどいですね」
やっとなんとか話せるようになった菊守が、謝罪にならない謝罪をした。
「ええ、我ながらほんとうにひどい絵です。
顔ははっきり覚えているのに、それを描き表せないのはとても歯痒いです」
それを聞いて葵亥はいいことを思いついた。
「椿嬉殿が覚えている犯人の特徴を聞いて、私が絵を描くというのはどうでしょう?
そういうことはやったことがないので、うまくいくかは分かりませんが」
「それはいいかもしれない。葵亥、試してみてくれないか」
義巳が賛成した。
◇◇◇
「こんな感じですか?」
葵亥が二人組の詐欺師の絵を描き上げた。
椿嬉から聞いた顔や服装の特徴を参考に描いた絵は、かなりうまく仕上がった。
「ええ、かなり似ていると思います。葵亥様、すごいです!」
葵亥が絵を描き終えると義巳は椿嬉にお礼を言い、人相書きを持って出ていった。
「それにしても葵亥殿は本当に絵がお上手ですね」
菊守も感心して言った。
「まあ、私ほどではありませんけどね」
椿嬉が先ほど自分で描いた絵を見せながら言うので、思わず三人でもう一度笑った。
笑いが収まると菊守が真剣な顔をして言った。
「椿嬉殿は特別と言っていいほどの記憶力をお持ちですし、葵亥殿は剣術だけでなく絵も上手い。
私は皇族でありながら特に秀でたところがありませんから、お二人のことを尊敬すると同時に、うらやましく思ってしまいます」
菊守の弱気な発言に葵亥は微笑した。
「菊守殿は他人を褒めるのがとても上手いですね。それは菊守殿の魅力の一つです。
逆に菊守殿は自分を褒めるのが苦手なんでしょう。
自分に対する評価が厳しい方なんです。
実際、菊守殿は自覚が無いようですが将棋を指すのが上手いです」
「私は自分に対する評価が厳しい、ですか?」
「自分はだめだ、できてない、いいとこが無いと思い込んでいる性格です」
葵亥は今までにもそういう人間と出会ったことがあった。
「要は完璧主義の根暗ですね」椿嬉が言った。
この娘の歯に衣着せぬ物言いは、葵亥にとって爽快に思えることがある。
「菊守様はその美しさで世の殿方からうらやましがられてますよ。
四葉も、本屋の店番の子も、通りすがりの知らない女の子も、菊守様のことばかり見ていましたよ。
もっと自信持ってください」
椿嬉が冗談交じりで言ったので、葵亥も椿嬉に冗談で返した。
「おや、でも椿嬉殿は菊守殿にはさほど関心が無いようですけど」
「申し訳ないのですが、私は力士みたいないかにも強そうな方が好みなので。すみません」
「葵亥殿、私たち振られてしまいましたね」
菊守の言葉に三人でしばらく笑っていた。




