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神話の絵

次の日葵亥(あおい)が約束の時間の少し前に架橋(かきょう)神社の前に着くと、椿嬉(つばき)が既に待っていた。


「おはようございます、葵亥様」


「椿嬉殿。おはようございます」


「今日は義巳(よしみ)様はいらっしゃらないのですね」

椿嬉は義巳の姿が見えないかと葵亥の後ろをきょろきょろと見回している。


「はい。叔父は仕事がありますし、私の方も神社への道は覚えましたから」


しばらくすると菊守(きくもり)導仁(みちひと)がやってきて互いに挨拶し、昨日と同じ建物、想殿(そうでん)へ移動した。


神社には葵亥たちの他にも二人くらい男が歩いているのを見かけた。

こんな小さな神社にもちゃんと参拝者がいるようだ。


想殿の中は昨日と同じように、部屋の真ん中あたりに水瓶と机があった。机の上には昨日の矛が置いてある。


「それでは昨日と同じように水瓶の横に立って向かい合って下さい」

椿嬉がそう言うと葵亥と菊守は昨日と同じ位置に立った。


椿嬉が矛を水瓶に入れた。


「お二人で矛をお取りください」


葵亥と菊守は矛の柄をつかみ、水瓶の水を八回かき混ぜた。


かき混ぜている間、水瓶の中で水が渦を作り、混ぜ終えると渦はだんだん小さくなり消えていった。


渦を見ていると不思議な感覚になる。


矛を机の上に戻すと、儀式は終わりだ。


そのまま建物から出ようとして、葵亥はふと、壁の絵に目をやった。


たくさんの絵があり、その中には伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)天沼矛(アメノヌボコ)を持って地をかき混ぜている絵もあった。


他はよく分からないが神様っぽい人物が描かれているものが多い。


「神話の絵ばかりですね」気がつくとすぐ横から菊守の声がした。


「やはり、そうですか。菊守殿は神話について詳しいのですね」


「まあ、詳しい方かもしれません。

我が家では皆、古事記や日本書紀について学びますからね」


菊守がそう言うと導仁がつけ足すように言った。

「天皇は神の血をひいていますから皇室の歴史として神話を学びます」


「なるほど。そういうことですか」

葵亥も昔、古事記や日本書紀について学んだはずだったが、ほとんど覚えていない。


神話のことよくは分からないが一通り絵を眺めてみてとても素晴らしい絵だと感じた。


「お待たせしてしまいましたね、すみません。

どれもよく描けた絵だったので、つい見入ってしまって」

葵亥が絵を見ている間待たせてしまったことを椿嬉に謝罪し、建物の外へ出た。


椿嬉は全く気にしていない様子だった。

「いいえ、特に用事もありませんから気にしないでください」


社務所の前まで来たところで老女の巫女がこちらへ近づいてきた。


五姫婆(いつきばあ)、どうかしたの?」椿嬉が声をかけた。


「あんたたちひまならどっか遊びに行っておいで」


「どっかって言われてもねえ」


葵亥は急に行きたいところが思い浮かんだ。


「それなら、本屋へ行きたいのですが。

地図はありませんか?」

葵亥が聞くと五姫婆は地図を用意するから少し待つようにと言った。


その間に椿嬉が街着に着替えて戻って来た。


「葵亥様、何か本をお探しなんですか?」椿嬉が聞いてきた。


「古事記があるといいですけど。

内容をほとんど忘れてしまいましたから。

初めの方の神話の部分だけでも読めたらと思いまして」


五姫婆が書いてくれた地図を持って四人は本屋へ向かった。



◇◇◇


本屋は神社からそう遠くはなかった。

清文堂(せいぶんどう)という店で外から見た限りでは入り口が小さいので、品揃えは期待していなかった。


しかし、店内は意外なほど奥行きがあり空間を埋め尽くすように本が並んでいた。


葵亥たちの他にも客が入って来た。

結構人気な本屋なのかもしれない。


「古事記か日本書紀の簡単なものはありますか?」

葵亥が聞くと、店番の女の子が奥から一冊の本を手に戻ってきた。


「古事記があるわ。上巻でいいかしら?」


「はい、とりあえず上巻だけで大丈夫です」


「まいどあり」


本を懐にしまうと、これで用事が済んでしまった。


菊守が店の中を物珍しげにきょろきょろと見回している。


「菊守様も何かお探しですか?」椿嬉が聞いた。


「いえ、その、本屋に来たのは初めてで。

こんなに色々な本が置いてあるのですね。すごい」


それが本屋と言うものである。


菊守が本を一冊手に取った。

「私はこれを買います」


「大衆小説とは、意外ですね」椿嬉が本をのぞき込み言った。


「おもしろそうですよ」菊守が嬉しそうにその本の代金を支払いに行った。


店番の女の子は菊守の顔を見て頬を赤らめていた。


「さて、これからどうしましょうか」

葵亥が皆に向かって尋ねた。


すると店番の女の子が話しかけてきた。

「もうすぐお昼になるし、お向かいの定食屋さんがおすめね。お味噌汁がとってもおいしいのよ」


「お味噌汁!」椿嬉が目を輝かせて言った。


「椿嬉殿は味噌汁が気になるようですね。

せっかくおすすめして頂いたので、定食屋へ行ってみましょうか」


導仁が言うと、皆で店番の女の子に礼を言って向かいの定食屋へ移動することにした。


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