招待
「これが!赤味噌なのね!」
椿嬉が嬉々として樽を覗き込んでいる。
葵亥が尾木の国から味噌が届いたこと告げると、五姫婆のお屋敷に届けて欲しいと懇願されたのだ。
そして葵亥、菊守、導仁は五姫婆のお屋敷で味噌汁を振る舞ってもらうことになりやって来た。
葵亥にとっても赤味噌は久しぶりだったので、正直楽しみだった。
導仁は手土産に春栄堂の饅頭を持参していた。
しかもちゃんと使用人の分も数に入れている。
導仁のこういうところには毎回感心する。
葵亥も見習わなくてはならないと思った。
そして、五姫婆のお屋敷といえば独楽だ。
味噌汁ができるまでの時間は独楽回し大会となった。
賞品は導仁がうっかり多く用意してしまい中途半端に余ってしまった饅頭二個だ。
「私も独楽を買ったのよ」雪笹が自分の独楽を皆に見せた。
「賞品がお饅頭となると雪姉は強いわよ」
椿嬉が冗談交じりに言うと雪笹が口を尖らせた。
「べ、別に!そんな、お饅頭のためじゃないわ!
全然、お饅頭なんか無くても勝つわよ!」
「では全員で独楽を回して長く回っていた二人に賞品の饅頭を進呈しましょう」導仁の意見に皆賛成した。
葵亥は昨晩屋敷で練習して来ていたので、前回よりは大分上手くなっている。
もしかしたら今回こそ勝てるかもしれない。
せーの、の合図で全員で独楽を投げた。
葵亥の独楽は練習の成果を発揮し前回とは比べものにならない程安定して回っている。
他の皆はどうか、と葵亥が他の独楽に目をやる。
すると驚いた事に、他の皆の独楽も前回より遥かに綺麗に回っている。
なにも独楽回しの練習をこっそりしてきたのは葵亥だけではなかったことに、葵亥は今更気が付いた。
しばらく全員で真剣になって独楽を眺めていると、まず一つ倒れて転がってしまった独楽があった。
なんと葵亥の独楽だった。
「また負けた⋯」
葵亥はがっくりと肩を落とした。
こうも負けてばかりだとさすがに悔しいというものだ。
特に葵亥は武術では負け無しなのだ。
その後は菊守と雪笹の独楽が立て続けに止まってしまった。
「あーっ残念」
そう言いながら菊守はにこにことしている。
負けても楽しそうだ。
「そんなぁ」
雪笹がとても悲しそうにしている。
その気持ち分かるぞ、と葵亥は心の中で雪笹を励ました。
残ったのは椿嬉と導仁の二人だ。
二人の独楽はどちらもまだ安定している。
その場で独楽が立って静止しているかのように見える程だ。
その独楽の回転はずっと見ていたいほど美しいとさえ思えた。
しかししばらくすると片方の独楽はバランスを崩してふらつき始め倒れてしまった。
「うわ、私のが止まってしまいました」導仁が言った。
「ふふふっ、また私の優勝ね!」
椿嬉が腰に手を当てて堂々と言い放った。
「椿嬉殿はもう独楽回しの名人ですね」
葵亥は素直に椿嬉を褒めた。
「世が世なら私が将軍になっていたわね!」椿嬉がまるで武将の様に独楽を高々と掲げた。
「そんな世じゃ困るわね」
雪笹が笑いながら突っ込んだが、葵亥は独楽回しで争う血の流れない世なら悪くないかもしれないと思った。
「それでは賞品の饅頭をどうぞ」
菊守が饅頭を椿嬉に一つ、導仁に一つ渡した。
「では私の分は雪笹殿にお譲りしましょう」
導仁が饅頭を雪笹に渡した。「香袋のお返しということで」
「まあ、それなら仕方ないわね。もらっておくわ」雪笹が嬉しそうにあっさりと饅頭を受け取った。
やはり高価な櫛より甘い物派なのだろうか。
しかし櫛の時との反応の差が大きすぎると思った。
「失礼します。お隣の部屋にお味噌汁のご用意ができました」
先日も見かけた目のくりくりしたかわいらしい女の子が声をかけに来た。
「ありがとう、花月。すぐ行くわ」雪笹が笑顔で返事をした。
あの使用人の名前は花月と言うらしい。
彼女にぴったりのかわいらしい名だ。
隣の宴会場の様な広い部屋に行くとそれぞれの膳に赤味噌の味噌汁とおにぎりが用意されていた。
早速皆で味噌汁をいただく。
「味が全然違うわね。赤味噌もとっても美味しいわ」
椿嬉が味噌汁を大事そうに抱えて飲みながら言った。
「気に入ってもらえて良かったです。椿嬉殿の元々居た所は白味噌だったのですか?」
「ええ、私は京の都より少し東にある小さな村から来たの。 京の都と同じ扇土の国だし、味噌は京の都と似ているわ」
都の東なら、もしかしたら葵亥が都へ来る時に近くを通ってきたかもしれない。
葵亥の居た尾木の国は京の都よりずっと東にある。
「そうなんですか。
義巳叔父さんに聞いたところ、尾木の国の中でも味噌の種類は一つではないそうです。
今度、兄がこちらへ来るときについでに色々取り寄せて持ってくるように頼んでおきますよ」
「葵亥様のお兄様というと、先日話していた酉貴様の事ですか?」
「はい。宮廷の新年祝賀会に父の代理として来るらしいです」
「あの酉貴様が将軍様の代理ですか。
大役ですね。ちょっと信じられません」
雪笹が感心して言った。
「雪姉、その言い方少し失礼よ」椿嬉が突っ込むが、葵亥としては雪笹の言いたいことは痛いほどわかる。
「酉貴兄は文武両道で仕事は良くできるのですけど、まあ、ああいう性格ですから信じられませんよね」
葵亥が遠い目をして言うと導仁がくっくっと笑い出した。
「酉貴殿に会えるが楽しみです。
それから新年祝賀会には、ぜひ葵亥殿と椿嬉殿も来てくださいね」
「え?葵亥様はともかく私もですか?」
椿嬉が驚くのも無理はない。
新年祝賀会は宮廷で行われるのだ。
「そんなにかしこまった会ではありませんから。
菊悌親王のご友人という事で良いですよね?菊守殿?」
「えっ?はい、ぜひその、ゆ、友人枠で席をご用意したいのですが、いかがでしょうか?」
菊守はなぜかそわそわしている。
「それなら葵亥様と参加させてもらうわ。ね?葵亥様?」
「はい、ぜひ参加させていただきます」
菊守が一瞬ほっとしたような表情を見せ、その後とびっきりの笑顔を見せた。
「分かりました!その様に準備しておきます!」
「雪笹殿は桜仁親王の友人という事で席をご用意します」
導仁が言うと雪笹が気まずそうな顔をした。
「あの、それは良いのですけど、それよりも大丈夫ですか?
その⋯導仁様は⋯」
雪笹は導仁に目で何かを伝えようとしている様子だが、葵亥には何のことかさっぱり分からない。
「私の事なら大丈夫です。面白くなりそうですね」
導仁が悪戯そうな笑顔で微笑んだ。




