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葉香園襲撃

「菊守様も導仁様も、たまに宮廷のお仕事があるんでしょうかね」


椿嬉は、葵亥と二人で葉香園へ向かっていた。


菊守と導仁は何やら用事があると言って帰って行った。

最近週に一度は()()で帰って行く。


「用事と言っていましたから、そうかもしれませんね」


「葵亥様も義巳様からお仕事を頼まれたりするんじゃないですか?」


葵亥も京の都に慣れたら仕事の手伝いをするとか言っていた。

そろそろ慣れてきた頃だろう。


「それが、何か手伝えることが無いか聞いてみたんですけど。

市井を歩いていて、何かいざこざがあったら静めておいてくれ、と言われたんですよ。

もちろんそんな事は頼まれなくてもやりますけど。

つまり、特に今のところ頼むような仕事は無いという事だと思います」


「じゃあ、暇人ですねぇ」


「ええ、暇人です。

そのおかげで今日も葉香園で温かい茶が飲めるわけですけど」


椿嬉は手に息を吹きかけて温めた。


最近一気に気温が下がって架橋神社の社務所でも火鉢を使うようになった。


「あれ?どうしたんでしょう?」

葵亥の声に視線を上げてみると、葉香園の前に人だかりができていた。


何だか嫌な予感がする。


椿嬉は小走りで葉香園に向かった。


葵亥が後ろから慌てて付いて来る音がした。


葉香園の前に着き、人だかりをかき分けて行くと、困った様子の葉香園の女将さんと旦那が居た。


二人の前には強面の男が三人立っている。


どうやら何か問題が起きているらしい事は分かる。


「だぁからさっさと渡せ!金ならいくらでも出すつってんだよ!」


三人の男のうち親分らしき男が大声で怒鳴った。

腕っ節も強そうだ。


男の迫力ある怒声を聞いて既に椿嬉の腕には鳥肌が立っていた。


状況は不明だが、絶対に良くない状況だということだけはわかる。


「ですから、お金の問題ではないんです。

申し訳ありません、お引き取り下さい」


旦那が負けじと言い返しているが、どう見てもあちらの三人組には勝てそうに無い。


「物分かりの悪い奴だな。

この店は俺等が買い取ってやるっつってんだよ。

文句あんのか?」


「こ、この店は売れません!」


「それは困ったなあ、おい、左吉」


「はい」左吉と呼ばれた男が腕まくりをして、前に出る。


何をするのかと思えば、男が無言で拳を振り上げた。


とっさに椿嬉は目を瞑った。

拳が振り下ろされる、反射的にそう思ったのだ。


目を瞑ったのと同時に、椿嬉は頬のあたりにふうっと風が通るのを感じた。

風に乗ってほのかに沈香の香りがした。


すると次に椿嬉の耳に、どさっと何か重いものが地面に落ちる音が聞こえた。


「いきなり殴りかかるなんてどういうつもりなんだ」


聞き覚えのある声に椿嬉は目を開けた。


なんと、葉香園の旦那の前には葵亥がいて、その足元には先ほど前に進み出てきた左吉という男が倒れて伸びている。


「お前こそ何のつもりだ!生意気な若造が。

庄吉、こいつを片付けるぞ」

「了解、兄貴」

男たちは刀を抜いた。


周りで集まっていた人々が悲鳴をあげて一気に散って行き見物人は半分くらいの人数になった。


葵亥は動じていない様子で刀を抜いた。


椿嬉は恐怖で動けずにいた。


いくら葵亥が気織将軍家の武士とは言っても二対一では分が悪い。

相手は大柄な大人で葵亥はそれに比べればまだ子供のようなものだ。


男二人が刀を構えて同時に葵亥に向かって行く。


椿嬉は恐ろしさのあまりに目を手で覆った。


刀の打ち合う音が数回聞こえ、またどさりと地面に何かが落ちる音がした。


「まったく。手荒な事をするやつらだな」


葵亥の声に椿嬉は目を覆っていた指の隙間から恐る恐る覗いて見た。


葵亥が刀を持って立っていた。足元に男達が倒れている。


「旦那、大丈夫ですか?

とりあえずこいつらが目を覚ます前にしっかり縛っておきましょう。

すぐ義巳叔父さんが来ると思いますからそれから話を聞きましょう」


葵亥の言葉に椿嬉は顔から手を下ろした。


三人の男達は地面に倒れているが、見たところ血は流れていない。

椿嬉は安心しつつ状況がよく分からなかった。


葵亥が刀を鞘に納め、手際よく男達を縛り上げていく様子を見ながら、椿嬉はもう恐怖が去り動けるようになった事に気が付いた。


葵亥の言った通りすぐに義巳がやって来て、葵亥は義巳に事情を説明し男達を引き渡した。

義巳の部下が男達を連れて行き、義巳は葉香園の旦那と話をしている。


それから葵亥が思い出したように椿嬉の方へやって来た。


「椿嬉殿、驚かせてしまいましたね。

顔色が良くないみたいなので少し休憩しましょう。

後のことは義巳叔父さんに任せます」


確かに椿嬉は少し気分が良くなかった。

葉香園の女将さんもこちらへやって来た。


「葵亥様、本当にありがとうございました。

椿嬉ちゃんも座ってお茶を飲みましょうね」


女将さんが葵亥と椿嬉を葉香園に連れていきお茶を出してくれた。

温かいお茶を飲むと一気に体の芯まで温まる感覚がした。

気分も良くなってきた。


「女将さん、ありがとうございます。

女将さんの方が大変なのに、気を使わせてしまいすみません」


「いいえ、義巳様も来てくださったしもう大丈夫ね。

今日は四葉をお使いに出していて正解だったわ。

それにしても男三人を一人で倒してしまうなんて、噂には聞いていましたけれど葵亥様は本当にお強いんですね」


「いえ、まあ⋯そういう訓練を積んできましたから」


「葵亥様、あの男達をどうやって倒したんですか?

刀を手にしていたのに、誰も流血していませんでしたよね」


椿嬉は気になっていた疑問を口にした。

葵亥が倒した男達は誰も流血していなかった。

もちろん流血なんて怖いので無いに越したことはないのだが。


「あぁ。その事ですか。私の刀は切れませんから」

そう言って葵亥は刀を鞘から少し抜いた。


椿嬉は一瞬ぎょっとしたが、刀の刃を見て何か変だと思った。


「これって、刃がなんか、変ですね」


「この刀には切れる刃が無いんですよ。

ただの硬い鋼です。だから切れません。

もちろん殴られたら結構痛いですけど」


「どうしてそんな刀を?」


「身を守るにはこれで十分だからですよ。

切れる必要なんてありませんから、京の都へ来る前に用意したんです」


つまり葵亥は護身用として切れない刀をわざわざ用意して持っていたというのだ。


以前、葵亥は人を切るのは嫌だと言っていた。


それにしても、こんな刀を持てるのはよほど自分の剣術に自信がある証拠だ。

尾木の国一番と噂されるほどの武術を持つ葵亥だからできるのだ。


だいたい三人の大人の男達をあんな一瞬で倒すなんてどう考えても異常だ。

状況が飲み込めてくると、椿嬉は何故かだんだん腹が立ってきた。


「そういうことは先に言っておいてほしかったです。

それに私は葵亥様がやられてしまうと思って本気で心配したんですよ。

そりゃあ顔色だって悪くもなります」


「すみません」

葵亥はちゃんと反省している様子で申し訳なさそうに言った。


「女将さん、そろそろ帰ります。

お気遣い本当にありがとうございました」

椿嬉は丁寧にお辞儀して礼を言った。


葵亥も席を立って女将さんに言った。

「あの者たちの素性や目的については義巳叔父さんがしっかり取り調べて後日報告するとのことです。

それとしばらく葉香園には見張りの者が駐在するそうですから、ご安心下さい」


それから椿嬉が葉香園から出ると後ろから葵亥が付いてきた。


「椿嬉殿、五姫婆の屋敷まで送りますね」


「ええ、お願いします」


葵亥が無事だった事には安心したが、心配をして損をした。

別に葵亥が悪いことをした訳ではないのは分かっていたのだが、椿嬉は葵亥に対して腹が立った。


葵亥が自分の強さを誇示しないのは、葵亥が自分の才をひけらかすような性格ではないからだろう。

それにそんな事をする利点が無いと言うことを葵亥自身もよく分かっているのだ。


葵亥に限らず能力をあえて隠しているものは大勢いる。

能ある鷹は爪を隠すということだ。


それは処世術としては正しいのだろう。


しかし⋯

「葵亥様」


「なんでしょう?」


「爪は隠しすぎるとバレた時に感じ悪いですよ」


「はっ?」


「何でもありません」


椿嬉は五姫婆の屋敷まで一言も喋らず黙々と歩いた。



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