夜襲
葵亥はぴりぴりとした気配を感じて目を覚ました。
辺りは夜の帳に包まれていて、虫の音の他に音は無い。
まだ真夜中だろう。
葵亥は布団のすぐ横に置いている刀に音も無く手を伸ばす。
何者かが屋敷に侵入している。
葵亥にはそれが分かった。
葵亥は刀を持ち音を立てないように静かに布団から出た。
廊下から誰かがこちらに向かってくる。
葵亥は暗闇の中で刀の柄を握り息を潜め気配を消す。
襖の向こう側に意識を集中する。
幼い頃から訓練を積んできた葵亥は微かな足音も聞き逃さない。
そしてこの足音は義巳のものとは明らかに違う。
足音は静かに近づいてきて葵亥の部屋の前で止まった。
ばんっ!!!
部屋の襖が一気に開かれると同時に、何者かが葵亥が先ほどまで眠っていた布団に向かって斬りかかった。
部屋の隅の闇に潜んでいた葵亥は刀を抜き侵入者に振りかざした。
捕らえた侵入者に猿ぐつわと手縄をして縛り上げていると、義巳と家臣が数人が走ってやって来た。
「やはり、お前のところにも来ていたか!」
「と言うことは、義巳叔父さんの部屋にも?」
「ああ、こちらでも一人捕らえてある。
どうやら尊皇派の真朝隊の者のようだ。
しかしさすがだ、手際がいいな。
侵入者達は私がすぐ連れて行くからお前は休め。
ただし刀は近くに置いておけよ」
「分かっています」
義巳が侵入者を引っ張って出て行くと、葵亥は先ほど斬りつけられた布団をたたんだ。
侵入者を撃退したことで少し気分が高まってしまったが、葵亥にとってはあれくらいは朝飯前だ。
しかし、さすがにこの斬りつけられた布団で何事も無かったかのように寝られるほど図太くも無い。
「尊皇派か」
座布団を持ってきて、その上に膝を立てて座った。
義巳の足音が聞こえなくなると部屋の中はしんと静まり返り、外から虫の音が聞こえるだけになった。
「片栗はいるか?」
葵亥は、自分以外に誰も居ない部屋の真ん中に向かって言った。
「ここにおります」
障子が小さく開いて一人の女の忍びが姿を現した。
「なんだ、やっぱりいたのか。
酷いじゃないか、俺を見殺しにするなんて」
葵亥が冗談めかして言うと、片栗という忍びが顔をあげた。
「いえ。あの程度では私の出る幕ではありませんでした。
私が見張っておりますので、葵亥様はどうぞ安心してお休みください」
「かたじけない」
葵亥は座ったまま目を閉じた。
今日は朝までぐっすりとは眠れないだろうからこれでいい。
葵亥は空が薄明るくなるまで刀を握ったまま浅い眠りと覚醒を繰り返した。
◇◇◇
「葵亥殿、昨夜は大変だったみたいですね」
神社で掃き掃除をしていると、菊守が来るなり声をかけてきた。
「ええ、夜襲に遭いまして。
部屋に押し入られて布団を斬りつけられましたよ。
おかげで今日は寝不足気味です」
「えっ!夜襲?!」
椿嬉がぎょっとして箒を地面に落とした。
落ちた箒がからんと音を立てた。
椿嬉はそのままの姿勢で固まっている。
「怪我が無くて何よりです。
葵亥殿も義巳殿もさすが気織家の者ですね。
それに全く動じていないときた」
導仁が感心したように言った。
「全くという事はないですが、まああの程度平気です。
相手が銃じゃなくて良かったです。
銃だとさすがに面倒な⋯⋯
椿嬉殿が完全に怯えてしまっているのでこの話は一旦辞めましょう」
椿嬉が深い穴の底でも見るような目で葵亥を見ていることに気が付き、葵亥は口をつぐんだ。
すると椿嬉が引きつった顔で箒を拾った。
「三人とも!いいですか?
怖い話をする時は、怖い話しまーす!って宣言してからするのが世の中の掟というものですよ!
そういう話は予告無しにしてはいけません!」
「確かにそうですね。以後気をつけます」
葵亥は素直に反省した。
そうそう物騒な話はするものではない。
掃除を終えて葵亥と菊守は椿嬉と参拝をしに行く。
やはり導仁は社務所で待つそうだ。
一礼してから鳥居の端を通って手水舎へ向かう。
葵亥は椿嬉に教わった通りに、柄杓で水をすくって左手、右手の順に洗った。
水が冷たい。もう冬だな、と思いながら左手に水をためて口を洗う。
柄杓を立てて柄を洗って柄杓を元の位置に置いた。
皆で百度石を通り過ぎて太鼓橋へ向かう。
「何故こんなところに橋があるのでしょうか」葵亥は何気なく疑問を口にした。
「確かに、もう少し脇にあっても良さそうな物ですよね」菊守が言った。
前を歩いていた椿嬉が振り返った。
「ふふっ。この橋にも意味があるのですよ。
一般的に太鼓橋は、私たちのいるこの世界から神様のいる世界へ繋がる架け橋とされています。また橋を渡ることでお清めをするという意味もあるそうです。
神社によっては橋が無い場合もありますし、急な傾斜の太鼓橋で渡るのが難しい場合は無理に渡る必要ほありませんけどね」
「そうなんですね。初めて知りました」
菊守が太鼓橋を改めて観察してから渡り始めた。
「太鼓橋にも意味があったんですね」
そう言って、葵亥も菊守に続いて橋を渡った。
葵亥は橋を渡りながら何となく身が清められ、神様の世界へ近づいていくという緊張感のようなものを感じた気がした。
思い込みなのかもしれない。
それでも椿嬉の話を聞いたばかりなので、この太鼓橋がただの景観のために置かれた飾りだとは思えなくなっていた。
橋を渡り終えると葵亥は言った。
「私の生まれ育った屋敷からいちばん近い神社にもこれと同じような小さな太鼓橋がありましたが、ただの飾りの橋だと思っていました。
尾木の国に戻ったら、もう一度その神社へ行って太鼓橋を渡ってみたくなりました」
子どものころよく遊んだ神社の太鼓橋を思い出しながら、葵亥は尾木の国に思いを巡らせた。




