御神体
椿嬉は五姫婆の屋敷の自室で寝支度を整えていた。
椿嬉は自分が鼻歌を歌っていることに気がついた。
雪笹のがうつったのかもしれない。
最近は雪笹や四葉だけでなく、葵亥や菊守や導仁ともつるむようになり、毎日何かと充実していた。
葵亥と菊守の事を思い浮かべた。
「あの二人は不器用すぎるわ。それも見ていて面白いけど」
それに導仁と雪笹。
「あの二人に関わると面倒だから考えるのはやめておこうっと」
椿嬉は手ぬぐいを綺麗にたたみ、烏の紋が入った守り袋と一緒に置いた。
國造りの儀は順調だ。
葵亥と菊守の二人とも参拝手順はばっちりだし、そろそろまた少しずつ話をしておいた方がよさそうだ。
葵亥は神の存在を信じていないと言っていた。
神を信じられないことで自分には信仰心が無いと恥じているようだった。
「葵亥様は真面目すぎるくらいだから心配要らないわね。」
椿嬉は欠伸をして布団の中に潜り込んだ。
◇◇◇
葵亥はいつも通りの時刻に神社にやってきた。
ここ最近少し寒くなってきて空気も乾燥してきている。
落葉の量も少し減ってきていた。
椿嬉と雪笹と一緒に箒で落葉を集めていると、すぐに菊守と導仁もやって来た。
掃除を終わらせると、椿嬉と葵亥と菊守はいつもの参拝をしに行く。
よく見かける他の参拝者達も来ているようだ。
鳥居の前に来ると椿嬉が言った。
「神社には御祭神というものがあります。
御祭神のことはご存じですか?」
「神社に祀られている神様のことですね」菊守が答えた。
「はい、その通りです。この架橋神社の御祭神は、天照大御神です。
神話の中で神はそれぞれ何かの役割をしたり、何かの象徴的な存在だったりします。
そして神社の参拝の本質は、神に感謝を伝え、お祈りをすることです。
まあ、そう言われてもすぐにはしっくりこないかもしれませんね。今は何となく聞いていてもらえればいいですよ」
鳥居から手水舎、太鼓橋を渡り拝殿へ着いた。
「こちらの拝殿の奥にあるのが、御神体のある本殿です。
先ほどお話した御祭神の神霊が宿るのが御神体です」
葵亥は拝殿から奥に見える本殿を意識しながら鈴緒を揺らした。
いつもと同じ低くガラガラと鈴の音が鳴った。
御祭神の天照大御神を思い浮かべながらお祈りをした。
奥の本殿に御神体がある。
そちらへ向かって祈りを捧げる。二拝、二拍手、一拝。
葵亥と菊守の参拝が終わると、三人は拝殿から階段を下りていった。
階段を全て下りたところで椿嬉は拝殿の後ろの方を見て言った。
「御神体は公開されていませんし、神職であっても見ることはできませんが、本殿はここから見ることができますよ」
確かに拝殿の後ろにもう一つ建物が建っている。
「今まで本殿や御神体について全然意識したことがありませんでした。」葵亥は正直に言った。
「もちろんお祈りはそれぞれのやり方でやってもいいと思いますが、神様は目に見えない存在ですから、御神体という形あるものに宿っていると考えるとお祈りしやすいと思いませんか?」
「それなら、拝殿に神の姿形をした像の様なものを置くのではダメなんでしょうか?」
わざわざ本殿に隠して置くくらいならもっと分かりやすい方法があるだろう。
「像や絵は単なる神の姿をかたどったものでしかありません。それは神の外見的な姿を見ているにすぎないのです。
御神体は神の姿をしているとは限りません。形は様々で剣や鏡等の依代です。
御神体に宿る神霊は、神という概念だと言えば伝わるでしょうか?」
なるほど、と葵亥は椿嬉の言ったことが分かったような気がした。
神霊が宿る御神体は単なる神の偶像とは違う。
神霊自体が入る依代なのだ。
手を合わせて祈るとなると、神という形のない存在よりも、その概念を象徴するような形ある物質がある方が分かりやすい。
「多分、分かったような気がします。」
そう言いながら葵亥はいつにも増して自信なさげに腕組みをして考え込んでいた。
葵亥たちが社務所に戻ると、導仁と雪笹が将棋を打っていた。
雪笹の機嫌がいいようだ。
導仁が難しい顔をして腕組みをしながら将棋盤を睨んでいる。
「ねえ、葉香園に栗きんとんを食べに行きましょうよ。」
椿嬉が声をかけると導仁が顔を上げた。
「ちょっと、あとちょっとだけ待ってください!」
「いいえ!終わりです終わり!」
雪笹が将棋を強制終了した。
葵亥が将棋盤を覗いて見たところ、上手くいけばもう少しで導仁の王手だった。
雪笹がてきぱきと将棋盤を片付けた。




