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百度石

葵亥(あおい)は屋敷の自分の部屋で仰向けに寝転がり天井を見つめていた。


懐から守り袋を出し、その中から香袋を取り出した。

ほのかにいい香りが漂う。

葵亥は香には詳しくない。

何の香りか分からないが、いい香りだと思った。


椿嬉(つばき)に何かお返しをしなくてはならない。

何がいいだろうか。まだいいお返しが思い浮かばない。


あれから神社の参拝の手順はもうしっかり覚えた。

元々物覚えはそんなにいい方ではないが、さすがに三日目だったので迷わずできた。


今日は夕方頃に神社に農家が来るらしい。

葵亥たちが集めた麻袋に入った落葉の代わりに薩摩芋をくれるということだ。


明日は皆で焼き芋をする。

ここ数日、落葉を掃除しながら葵亥は焼き芋のことを想像しないわけにはいかなかった。


葉香園の四葉の言っていた言葉を思い出す。


―― 楽しみなことがあると、世の中の色が明るく塗り替えられた様な気持ちになるんですよ ――


まったく上手く言ったものだと思い、葵亥の顔に自然に笑みがこぼれた。


京の都に来てから葵亥の世界の色は次々と塗り替えられているような気がする。



◇◇◇


次の日葵亥が神社へ行くと、椿嬉と雪笹以外にも境内の掃除をしている者が二人いた。


「やはり菊守殿の方が早かったですね」

葵亥が声をかけながら近づいて行くと、菊守が顔を上げた。


「葵亥殿。今日は後で焼き芋をしますからね!

はりきって早めに来てしまいました」


それぞれが手分けして境内の掃き掃除をしている。


葵亥は手水舎(てみずや)と太鼓橋の間を掃除していた。


太鼓橋の少し手前に四角い石が立っていて、その石の周りに落葉がたまっていた。


葵亥は落葉を掃き集めてから、ふとその石を見てみると何か石の表面に文字が書かれている。


古い石なので見づらいがよく見てみると『百度石』と書かれているのが分かる。


「葵亥様、そろそろ終わりにしますよー。」

椿嬉に呼ばれて、葵亥は社務所の方へ戻って行った。


「それでは今日の参拝にいきましょう。」

いつもなら椿嬉が仕切るところだが、今日は菊守が先頭に立って鳥居のほうへ向かった。


昨日の参拝から導仁は、神社の中にいる間は護衛は必要無いから、と言って参拝には付いてこなくなった。


実際神社の中では菊守の護衛は必要無いし、今日は焚き火に使う枯れ枝や松ぼっくりを集めて準備しておくとか言っていた。


正直ちゃんとした薪もあるので枯れ枝はそんなに必要は無いのだが、多分社務所に行って雪笹にちょっかいをかけるのだろう。

これ以上嫌われないといいのだが。


葵亥、菊守、椿嬉の三人は一度鳥居の外に出てから改めて神社に入る。


本当は鳥居の外に出る必要は無いのだが、その方が参拝手順が分かりやすくてやりやすいという葵亥の意見で鳥居の外から始めることにした。

そしてその時も葵亥は真面目呼ばわりされた。


手水舎で手を洗って太鼓橋の方へ進む。

先ほどの『百度石』と書かれた四角い石のところまで来た。


「椿嬉殿、この石は何ですか?」葵亥は気になって聞いてみた。


「これは百度石と言います。

皆さんに今やってもらっているのは百日詣と言います。

百日詣は百回参拝することで、強い祈願を示すものです。

しかし百日間も参拝することができない場合などは、この百度石から拝殿までを百往復することで、百度参りを行うのです。

百度石は百度参りのための目印です」


「なるほど。百日詣は知っていましたが、百度参りといのもあるのですか」


「ええ、百度石はこのような目立たない見た目の物が多いですが、他の神社にもあることが多いです。

今度、他の神社へ行ったときは探してみてください。

私はこの普通の四角い地味な感じの百度石がかわいくて好きなんですけど、ちょっと変わった形の百度石がある神社もあったりします。

神社ごとに色々と違いがあって面白いんですよ」


「そうなんですね。勉強になります」と言いつつ、葵亥は少し混乱していた。


かわいい百度石とかわいくない百度石があるということだろうか?


その辺りは正直なところ葵亥には分かりそうにない。


その後は太鼓橋を渡って拝殿に参拝し、再度太鼓橋を渡ってから社務所に戻った。


焚き火をする場所は社務所からすぐ近くだ。


雪笹と導仁が枯れ枝を積み上げていた。


「すみませんが、私は葉香園へ行って四葉を呼んでくるので火をおこして頂けますか?」椿嬉が言った。


「私と菊守殿で火を起こしておきますから、葵亥殿は椿嬉殿について行ってください。女性だけでは心配ですから」


導仁が松ぼっくりを手にしながら言うと雪笹も賛成した。


「そうね。一応、葵亥様にもついて行ってもらって」



神社を出て葵亥と椿嬉は葉香園(ようこうえん)へ向かう。


「昨日たくさん薩摩芋をもらえて良かったですね」

歩きながら葵亥が話しかけると、椿嬉も嬉しそうにしていた。


「はい、何回か焼き芋ができますね。

雪笹がいちばん喜んでいました」


「そうですか?意外に菊守殿も喜んでいましたよ」


葵亥が言うと二人で思わず笑ってしまった。


「菊守様は意外にお茶目なんですよね。

独楽(こま)回しも結構むきになって練習していましたし。

親しみやすくていいですね」


「そうですね。

あんなに楽しそうにされるとこちらも釣られて楽しくなってしまいます」


「分かります。雪姉もああやって外では格好つけてますけど、雪姉の部屋から最近よく鼻歌が聞こえてくるんですよ。

あ、このことは内緒ですよ。雪姉に怒られちゃいます」


「それこそ意外です。

雪笹殿は導仁殿を目の敵にしているようですが?

導仁殿はいったい何をやらかしたんでしょうか?」


「導仁様は何もやらかしてませんよ」椿嬉がやれやれという風に首を振った。


どういうことなのか葵亥は詳しく聞きたかったが、ちょうど葉香園に着いてしまった。


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