百日詣
葵亥はいつもより早めに神社へやって来た。
落ち葉の掃き掃除をするためだ。
赤や黄色に染まった葉が地面に舞っている様子も風情があっていいと思うが、それはそれ、これはこれだ。
放って置くと落ち葉がどんどんたまってしまう。
神社の鳥居をくぐって社務所のほうへ向かうと、椿嬉が菊守と導仁に竹箒を手渡しているところだった。
葵亥も箒を受け取り皆で手分けして落ち葉を掃き集めた。
雪笹も少し離れたところで掃き集めていた。
導仁にちょっかいをかけられないようにたまに気にしている様子だった。
掃き掃除を終えると落ち葉を麻袋に詰めて、社務所の脇の銀杏の木の下に置いた。
社務所の裏の井戸水で手の土汚れを洗い流してしまうとこれで一段落だ。
これからまた想殿へ行って、また水瓶の水を矛で混ぜる。
「では行きましょう」椿嬉が先頭で歩き始めたが、いつもと方向が違う。
「あれ?想殿はあちらですけど」
葵亥が疑問に思って聞いてみると、椿嬉が振り返って言った。
「今日は想殿へは行きません」
葵亥と菊守は互いに目配せした。
とりあえず黙って椿嬉についていく。
椿嬉は神社の入口の鳥居の方へ向かっていく。
いったい何処へ行くのだろう。
とうとう神社の鳥居の外まで来てしまった。
「國造りの儀は順を追ってやっていただく事があるとお話しましたね。
本日から百日間、この架橋神社の参拝をしていただきます」
「百日間?」葵亥は思わず口にした。
「はい、百日詣というものです。
強く願いたい事がある際に百日間毎日参拝することを言います。
今日は初めてですから、参拝手順を丁寧に説明します。
まずこの鳥居をくぐって神社の中に入っていきます。
鳥居から拝殿までの参道の中央は正中と言い、神様の通り道とされています。
ですので、鳥居をくぐる際は左右どちらかの端に寄って進んでください」
葵亥は、確かに昔そんな話を聞いたことがある気がした。
この神社に何日か通っているが今まで何も考えずに通っていた。
もっと早く教えてくれてもよかったのにと思った。
「また鳥居は私たちの世界と神域との境とも言われています。
鳥居をくぐる際は一礼をします。
これは出るときにもやります」
そう言うと、椿嬉は鳥居に向かって一礼した。
葵亥、菊守、導仁は椿嬉の真似をして一礼した。
それから椿嬉の後ろについて鳥居の左側寄りを通った。
そのまま社務所ではなく、左の脇にある手水舎へ向かった。
龍の口から水が出ていて水盤を水で満たしている。
手水舎の前で椿嬉は懐から手拭いを出して、すぐ取り出せるように腰帯のあたりにひっかけた。
「こちらは手水舎です。ここで心身を清めます。
まず一礼し、柄杓を手に取って水盤から水を汲みます。
水盤の外側に水が落ちるようにして、まず左手を清め、柄杓を持ち替えて、それから右手を清めます。
また柄杓を持ち替えたら、左の掌に水を貯めて口をすすぎます。
再度左手を清め、柄杓を立てて残りの水で柄を洗います。
水は全て水盤の外へお願いします」
椿嬉は説明しながら全ての動作をやって見せ、最後に柄杓を元の位置へ置いた。
手拭いで口元と手を拭い、最初と同じように一礼した。
「それでは同じようにやってみてください」
葵亥、菊守、導仁は順番に椿嬉がやった通りに柄杓で心身を清めた。
「それでは拝殿へ向かいます」
椿嬉を先頭に歩いていくと、左側には神楽殿があった。
神楽殿を通り過ぎると池があり、太鼓橋が架かっている。
椿嬉に続いて全員で太鼓橋を渡った。
そんなに大きい橋ではないので、実際に渡ってみると見た目より角度が急に思えた。
橋を渡り終えて少し行けば十段くらいの石段の上に拝殿がある。
石段の両脇に古い石の狛犬が建っている。
椿嬉に付いて石段を登っていくと、今まで気に留めていなかったが近くで見てみると拝殿は意外に立派な建物だった。
色味は無いが、よく見ると梁や高欄に沢山の彫刻が施されている。
「こちらが拝殿です」
そう言うと椿嬉は上から垂れ下がる鈴緒を揺らして鈴を鳴らした。
この神社の鈴は結構低い重そうな音でガラガラと鳴った。
そして椿嬉は懐から小銭を出して賽銭箱へ入れた。
木の賽銭箱に小銭がかたかたと当たる音、最後に底に溜まった銭の上に落ちる音が聞こえた。
「二回礼をしてから、両手を合わせます。
右手を少し手前引いて、二回手を打ちます」
ぱん、ぱん、と椿嬉が二回手をたたいた。
「両手を合わせて、国の平和と安定に感謝し、またそれがこれからも続くようにお祈ります」
椿嬉は真っ直ぐ拝殿を見つめてお祈りをした。
その様子を三人が静かに見守る。
「最後にもう一度礼をします。
二拝、二拍手、一拝と覚えておいて下さい」
葵亥、菊守、導仁はまた順番にお祈りをした。
葵亥は今までももちろん神社に参拝に行ったことはあったが、見様見真似でやっていたので、きちんと説明してもらったのは初めてだった。
全員の参拝が終わるともう一度太鼓橋を渡ってから社務所へ向かった。歩きながら椿嬉は説明した。
「明日以降もこの架橋神社を参拝して頂きます。
本日は参拝の形式的な作法の部分に絞って説明しました。
実は参拝の作法は一つではなく、他にもやり方はあります。
今日ご説明したのはそのうちの一つのやり方だと思って下さい」
葵亥は今教わったことを頭の中で整理してみた。
いくら神様の存在を信じていないとは言え、教えてもらった作法を無視するほど葵亥は無礼ではない。
それに知ったからにはちゃんとやらないと気がすまない性格だ。
そう考えると自分は本当に真面目なのかもしれないと思えてきた。
葵亥はふいに笑わずにいられなくなった。
「どうしました?葵亥殿?」
急にくすくすと笑い出した葵亥に菊守が尋ねた。
「いえ、ただの思い出し笑いです」
「どんな話ですか?一人だけ面白がってずるいですよ」
導仁が脇を小突いてくる。
「内緒です。面白い話というのは説明してしまうと面白くなくなるものですから」
葵亥は適当にはぐらかした。




