金の襖
屋敷を出てから西に向かってもうだいぶ進んできた。
叔父によると本日の昼頃には目的の地に着くとのことだ。
昨日の昼から延々と田畑が広がる地域を進んでいる。
大きな町で育った葵亥にとってはそんなのどかな景色も初めは珍しく思えた。
時々小さな集落をいくつか通り過ぎてきたが、こんなにも景色の変化が少ないとさすがに眠たくなってくる。
何か変わった物はないのだろうか。
そう思い北の方を眺めてみると赤や黄色に色付いた山の麓のあたりに何かが見える。
目を凝らしてよく見てみると、木製の古そうな鳥居だった。
あんな人気のないところに神社があるようだ。
きっと昔あのあたりに住む人々が、山の神とか土地の神とか、そういった神様を祀るために作ったのだろう。
葵亥には神様とか祀るとか、そういう話は正直よく分からない。
深く考えたことさえ無かった。
神様なんて本当にいるとは思っていない。
幼い頃から神社に行けば周りの人々と同じように形式的に手を合わせたりはしたが、周りの皆は何をそんなに真剣に祈るのだろうと葵亥は不思議に思った。
こんなに信仰心の無い自分に今回の役割が勤まるのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると、先ほどまではどこまでも続くのではないかと思われたのどかな田畑の風景の先に、小さく町が見えてきた。
「葵亥、京の都が見えてきたぞ」
前を行く馬の上から叔父が振り返って言う。
「京の都…」
葵亥の手綱を引く手には自然に力がこもる。
腰に刀を差したまだ幼さが残る青年は、前方に表れた未知の世界を期待と不安が入り交じった目でまっすぐに見つめた。
◇◇◇
都に着くとその足で宮廷へ向かうと知らされた。
「俺も義巳叔父さんと宮廷へ行くんですか?」
「葵亥、今回の主役は私ではなくてむしろお前の方だろう」
義巳が馬上で振り返りながらいたずらそうな笑顔を向けて言う。
「てっきり俺は屋敷で留守番してるものとばかり思っていました」
「はは。緊張しなくてもいい。ただ都に入った事を報告しに行くだけだ」
緊張するなと言われても無理な話だった。
初めて見る宮廷は柱ひとつとっても大層華やかに塗られ、所々細かな彫刻もみられる。
なんて素晴らしいのだろう。
葵亥が今まで見た事のある、どの建築よりも美しい。
宮廷に入ると刀は預けられ、五人もの案内役が付いた。
警備が厳重だと余計に緊張する。
宮廷の中はとても広くいったいどこまで連れて行かれるのだろうと考えていると、絵の描かれた立派な金色に輝く襖の前で案内役たちが立ち止まった。
右の襖には天女と天狗が、左の襖には神様のような男性が描かれている。
多分神話の絵だろう。
葵亥には神話の事はよく分からないが、この絵には何かとても惹きつけられるものがある。
とても神秘的だ。
葵亥は神や神話に興味のない自分が、神秘的だなんて思うのもおかしな事だと思った。
それにしても、豪華な襖だ。
少なくともこの襖だけで農民が百人が一年間生活するに足る程の金がかかっているだろう。
もしかしたらそれ以上の価値があるかもしれない。
「失礼致します。お二人をお連れいたしました」
一人の案内役が襖に向かってそう言うと、左右の襖が同時にぱっと開いた。
襖の奥はとても広くて明るい部屋だった。
部屋の奥の正面にはいかにも身分の高そうな男性が一人座っている。
年齢は葵亥の父と同じくらいだろうか。
端正な顔立ち、切れ長の目は知的な印象だが、口元は柔和な笑みがある。
前髪がその整った顔にさらりと一筋かかっているのが、美しさを際立たせている。
座っているだけで高貴な雰囲気がひしひしと伝わってくるのは不思議だった。
そしてその横には若い青年が座っている。
葵亥と同じくらいの年齢だ。
こちらの青年は男の葵亥から見ても、はっとするほど美しい鼻筋に切れ長の目の整った顔立ちをしていた。
凛々しさと上品さを兼ね備え、口元に優しい笑みを浮かべている。
美しい波のように流れる髪を後ろに一つに束ねて、肩にかかる髪は艶やかで清流のようだ。
この二人はきっと皇族だろうな、と葵亥は思った。
その高貴なお二人の両側に三人の武士と二人の公家が座っているが、皆表情は優しい。
意外なほどに居心地は悪くない。
葵亥は義巳に続いて部屋に入った。部屋の中は白檀の香りが漂っている。
「尾木の国より参りました、気織義巳にございます」
「甥の気織葵亥にございます」
叔父と一緒に名を名乗って礼をする。
すると、部屋の正面にいるいちばん身分の高そうな男性がにっこり微笑んで口を開いた。
「久しぶりだな、義巳殿。そなたが所司代としてやってて来ることになるとは、余としても嬉しい」
「もったいなきお言葉でございます、陛下」
陛下、ということは、このお方がこの国の今上天皇である松嶺天皇だ。
松嶺天皇は優しい笑みを浮かべたまま、今度は葵亥の方を見た。
「して、そなたが将軍気織辰義殿の三男、気織葵亥殿か。
ここに居るのは菊悌だ」
天皇は横に座っている若い青年を示した。
なるほど、横に座っている美青年が菊悌親王か。
義巳から聞いていた話によると今上天皇の次男だそうだ。
「この菊悌とお主は共に國造りの儀を行う。國造りの儀は我が国の重要な儀式だ。健闘を祈るぞ」
「御意」




