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第8話 銀河鉄道の夜 僕はもう空の向こう

 寒い冬の日に、スティックのカウント音はよく響いた。

 ドラムはいつもより皮が張り、音にしまりがある。

 冷えたシンバルは鋭い高音域で抜けがよかった。

 難点は、ミュートするのがちょっと辛いくらいだ。


 勢いを出すと、良い感じでぴしぴしとはまった。

 曲の随所々々で緩急が上手くつけられている。


「ワン、ツー!」


 掛け声と共に曲のテンポを上げた。

 体重を乗せ、全身でクラッシュシンバルを叩く。


 ギターのカッティングにエイトビートがはまる。

 振り上げたスティックのパワーをシンバルへ逃がし、バスドラムで音を押し出していく。

 音はベースラインへ乗っかり、普段目立たない低音をレリーフのように浮き彫りにしていく。

 そして浮き出たベースラインは、ギターのメロディラインと絡み合う。


 そこから生まれる創造。

 化学現象。

 普段スタジオで奏でている曲が、全く違うものに化ける瞬間。


 その全てが、ここにあった。


 貧乏神、見ているだろうか。

 自分で言うのもなんだけど、格好良いだろう、僕たち。


 まるで手ごたえが違う。

 客席から、慣れない歓声が上がる。


 紅子と竹松の表情も変わるのが分かった。

 明らかにノっている。


 紅子がギターを掲げて吠え、激しいカッティングを行う。

 竹松がベースを抱え込む。

 僕はシンバルを叩きながら大きく体を揺らして叫んだ。


 不条理とか、辛さとか、むかつきとか。

 僕らは抱え込んだいろんな物を、ここで吐き出している。

 社会的には底辺で、こんなロマンティックなクリスマスの夜に三人してほとんど客のいないイベントに出て、高校生に客を持って行かれ。


 それでもこの瞬間、僕等は無敵だ。

 なんだって出来るよ。

 だから心配ない。


 最後に見た貧乏神の姿は、ものすごく楽しそうにキャッキャと微笑んでいた。


 *


 我が家の近くにある居酒屋で打ち上げを行った。

 最高のライブを僕たちは確かにした。

 だがその打ち上げはまるで葬式状態だったそうな。


「そんな、貧ちゃんが帰ったなんて……。それもこの万年チェリーボーイだけに挨拶して」


「誰がチェリーボーイじゃい。……はぁ、まったく。竹松も何か言ってよ」


 竹松は机におでこをつけたまま動かない。

 こいつの場合はMCがだだ滑りの上、メンバーから自分の喋りをクソ呼ばわりされたことで気を病んでいるのである。

 知ったことか。


 ライブ中は良かったが、その後がヤバイ。

 祭りのあととはまさにこのこと。

 現実から目を背けた結果、投げっぱなしになった色々な物に押しつぶされている状態である。


 紅子の心の支えだった貧乏神は消え、僕はかわゆい同居人を失うと同時に何だかんだ五十回目の失恋をし、竹松のMCはクソだ。


 まさに最悪のクリスマスだ。

 ビールだけがやたらと進む。


 ほとんど会話もなく三人とも黙々と酒をあおった。

 貧乏神さん、これのどこが運気回復なんでせうか。


 下らぬ飲み会でも意外と時間は潰せるもので、気がつけば終電もなくなり、紅子と竹松はうちに泊まることになった。

 狭い室内に暗澹とした空気が満たされる。

 更に紅子と竹松の機材で部屋は一層狭くなった。


 二次会用に三十本ほどビールを買っておいたのだが、「貧ちゅわぁん、帰ってきてぇん」と泣き叫ぶ紅子に八割ほど飲まれた。

 何か景気付けにBGMでも、とコンポをつけるとだいぶ前に聞いていた銀杏ボーイズの『銀河鉄道の夜』が流れ出す。最悪だ。


 気がつけば竹松がコタツに足を突っ込んだまま倒れ、紅子も僕のベッドに横たわって眠りの儀に入っていた。

 竹松に布団でもかけてやるかとフラフラしながら押入れを開こうかと思ったが、空気の漏れる音がしたのでやめた。


『道』はまだ開いている。

 万が一、紅子に気付かれたら貧乏神を追いに行きかねない。


「秋君、私寝るから襲わないでよ」


「僕、紳士だから女の子を襲ったりするような野暮な真似はしないよ?」


「顔がきしょい」


 その言葉で力尽きて僕はコタツの中に沈んだ。


 電気を消し、うつらうつらとしている中。

 どこからか鈴の音が聞こえる気がした。


 シャンシャンシャン。

 シャンシャンシャン。


 サンタクロースかと思って目を開く。

 すると押入れがガタガタと揺れ、静かに開いた。

 風の音が、ピタリと止む。


 そっと、見覚えのあるシルエットが顔を出す。

 部屋が暗くてわからない。


 僕はのっそり立ち上がると、部屋の電気をつけた。


「うわぁ!」


 急に明るくなった部屋に訪問者は目をくらませる。

 子供用の防寒具にマフラー。

 それが誰かを、よく知っている。


「貧乏神!」


「兄ちゃん!」


 僕が手を広げると貧乏神は竹松の顔面を踏んで僕の胸に飛び込んできた。

 ぐええと言う竹松の断末魔が響くが、それどころではない。


「お前どうしたんだよ」


「道に迷ってもうてん! また戻ってきてもうたわ!」


「僕の運気がよくなるから一緒に暮らせないって言ってたじゃないか!」


「考えたら兄ちゃんの運気元からそうよくなかったわ! 回復しても知れとるしな!」


「こやつめぇー!」


 僕がホッペをぐりぐりしてやると「やめろやぁ」と嬉しそうな顔で貧乏神がキャッキャとはしゃぐ。

 何気にすごくショックな事実を言われた気がしたが、もうこの際、気にしてなどいられない。


 はしゃぐうちに「うぅん? 貧ちゃん?」と紅子が目を覚ました。

 彼女は貧乏神を視認するとがばりと起き上がる。


「貧ちゃん!」


「紅子ぉ!」


 貧乏神と紅子は抱き合う。

 竹松を下敷きにして。

 そろそろやめてあげて彼死んじゃう。


「うそぉ! 本当に貧ちゃんだよね? 帰ってないんだよね?」


「まだ当分こっちにおるわぁ!」


 部屋はわっと盛り上がりを見せる。

 時刻は深夜四時だった。


「もうこうなったら寝てられないな」


「秋君、これはお祝いしかないっしょ!」


「せやで兄ちゃん!」


「仕方ない! 今夜は祭りじゃ! 祭りをおこなうぞ! 酒を調達してまいる! 皆の者つづけぇ!」


 どっせいどっせいと不可解なダンスを踊りながら僕等は玄関へと向かう。

 何故か外側ではなく内側へと開く謎の扉を開く。構造上の欠陥も甚だしい。


 ぎぃぃと軋む扉の先には、尚先輩が立っていた。


 どう見ても幻覚である。

 そうに違いない。

 尚先輩がここにいるというだけでもおかしな話なのに、今は午前四時なのである。


 とりあえず僕はスリッパをはくと、そのまま廊下に出た。

 家の中から紅子と貧乏神が何事かと事態を見守っている。


「や、やぁ」


 先輩は一瞬ビクっとした後、たどたどしく口を開く。


「やっぱり、あのまま別れるのはどうかと思って引っ越す前に挨拶だけしに来たんだよ。この時間に非常識かと思ったんだけど、六時にはもう発っちゃうから」


「どうやってここに?」


「タクシーだよ」


「そうじゃなくて、何でうちが分かったんですか? 教えてないのに」


「実は以前飲み会のあと、内緒で追いかけた時があって……。急に遊びに行こうとか、そんな女の子っぽいことを考えてしまったんだよ。って、ストーカーかこれじゃ」


「いや、普通に嬉しいですけど……」


 幻覚の割にはちゃんとした設定が成されている。

 どういうことだ。


 何か言おうと思ったが上手く言葉に出来ない。

 ほおを撫でる風の冷たさも相まって、ひょっとして彼女は幻覚ではなく本物の先輩だろうかと思えてくる。


 彼女はそっと寂しげな表情で、玄関に立つ紅子と貧乏神を見た。


「そうか、だから君は私の気持ちに気づかないふりをしてたんだ……」


「はっ?」


「妻子が……いたんだね」


 何か重要な誤解が生じている。


「そんな」わけねーだろと突っ込む前に「馬鹿ぁ!」と鋭いビンタが飛んできた。

 吹っ飛ばされ、僕は廊下に倒れ込む。


 僕の脇を抜けて尚先輩は駆けて行くと、待っていたであろうタクシーに乗り込んで姿を消した。


 頬が痛い。

 幻覚でも、夢でもなかった。


 僕は横たわったまま空を見上げる。


「良いフラれっぷりでしたな、旦那」


 アパートの廊下で空を仰ぐ僕の視界に、にゅっと紅子と貧乏神がカットインした。


「兄ちゃんのホッペ、もみじさんが出来とる」


 貧乏神が僕の頬を撫でてくれる。

 しかし僕の視線は違う場所を見ていた。

 

 空から落ちてくる、一粒の白い欠片。

 それはゆらりと舞い、ひらひらと僕の鼻に落ちた。

 ちめたい。雪である。


「うわぁ、ホワイトクリスマスになっちったねぇ」


 紅子も雪に気づいたのか空を見上げた。


 僕は腕を振ると反動で上体を起こす。

 そしてグッと伸びをした。

 立ち上がり、ポケットに手を突っ込む。


「五十人目は二度失恋する」


 そっと呟くといつの間にか傍にいた竹松が僕の肩を叩いた。


「新しい曲に使えそうだな」


 何を考えているのかてんで理解出来ないその口を右フックで黙らすと、倒れた竹松の足を引っつかんで僕は立ち上がる。


「どこ行くんや? 兄ちゃん」


「決まってるだろ」


 僕はビッと親指を立てる。


「祭りの酒を買いに行くんだよ!」


 貧乏神と紅子がわっと歓声を上げ、竹松の両腕を持って掲げる。

 僕等はクリスマスに似つかわしくない銀杏ボーイズの『銀河鉄道の夜』を歌いながらコンビニへと向かった。


 確かに僕の運気は良くなかったかもしれない。

 それでも、こんな愛すべき仲間がいるじゃないか。

 彼等がいるうちは、まだ僕は人生に挫けるわけには行かないのである。


 もうちょっとだけ、もう少しだけ。

 そう言っているうちに、少し先が見えてくる気がするのだ。


 僕たちは雪の中を駆け出す。

 見えないけれど、きっと確かにある未来を探るように。


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