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第6話 心の温かさ

 駅前にあるコインロッカーで僕の機材を回収し、そのままタクシーで会場へと向かった。

 街の中心部からすっかり離れた自然公園がライブの会場である。

 距離は結構遠い。


 タクシーから雪でも降らないかと空を見上げると、空には燦然と星が輝いていた。


「ホワイトクリスマスには遠いねぇ」


「なってたまるか」


 ぼやく紅子に僕は毒づく。


 ようやく公園前に到着し、急いでステージへと向かった。

 途中、お世辞にもあまり上手とは言えない演奏が聴こえてきた。

 これはろくなイベントじゃないぞと内心思いながらも、ライブスタッフに平謝りして会場入りを果たす。


 ステージの様子をそろりと見ると、ライブをしているのはどこぞの高校生だった。

 はやりのバンドをコピーしている。

 どうやらこのバンドの次が僕たちらしい。

 時間に余裕があると思っていたが、ギリギリだったみたいだ。


「リッチな高校生だなぁ。ライブ代どうしたんだろ」


「あれ? 秋君知らないの? ここライブノルマなしだよ? ついでに入場料も無料」


「ライブノルマなし?」


 耳を疑った。


「当初は僕のボーナスでライブするとか言う話だったと思うんですが、これは貯金しても良い感じですか?」


「あなたのボーナスは残念ながら我々の打ち上げに消えます」


 打ち上げに何万使わす気だよ。

 そもそも僕のおごり前提で話が進められているのがおかしい。

 こんなバンド解散してしまえ。


 溜め息を吐きながらふと貼り出されているタイムスケジュールを見てみると、僕らのあとの出演バンドがいないことに気がついた。


「あれ、僕らトリだっけ?」


「いや、違ったけど、私らの後のバンドがライブ直前に解散したみたい」


「マジかよ」


 ボロボロのイベントだ。

 それでも内心、このバンドにお似合いの初ライブではないかと思えた。


 とにかく僕たちはトリになった。

 鳥ではない。

 トリである。


 客席には多くの高校生の姿があった。

 同級生の友達のライブを見に来た、という感じだろうか。

 こんな日に集まるなんて、みんなライブが好きで、音楽が好きなんだな。


 紅子と竹松がアンプに繋がずに楽器を弾き始めた。

 ウォーミングアップをしているらしい。

 この糞寒い日だから弦楽器隊はさぞかし苦労しそうだ。

 まぁ、僕も他人事ではないのだが。


 ドラムは指の使い方が命だ。

 指が動かないとスティックのリバウンドが拾えず、叩き損じが生じたり、不自然に音の粒がばらけたりする。


 近くのベンチに座り、スティックを持って簡単なハンドワークを行う。

 少しでも体を温めておいた方が良い気がした。


 久々のライブに緊張しているのか、ただ寒いだけなのか、それとも武者震いなのか。

 指が、体が震える。


 パタパタとひざでスティックを叩きながら、なんとなく今日ライブがあってよかったと思った。


 尚先輩の最後の表情を思い出す。

 心底愛想が尽きたら人間あんな顔をするのだろう。

 それぐらい冷たい視線だった。

 向こう数年は忘れられそうにない。


 僕と尚先輩が一緒に過ごしたのは、二年と八ヶ月くらいか。


「あっけないなぁ」


 呟くとなんだか泣きそうになった。

 今度の失恋は一度飲んで忘れるとかそんなレベルではないな。


 今日ライブがなかったら、きっと僕は今もあの場所でたたずんでいただろう。

 気の許したバンド仲間や、不思議な同居人がいてくれたからこそ、今、こうしてここにいられる。

 どうにもなっていないけど、気は紛れている。


「兄ちゃん」


 いつの間にか、貧乏神が目の前に立っていた。


「どうしたよ」


「兄ちゃん、ホンマにドラム上手いんか?」


 ぷっくりとしたほっぺの子供はいたいけなまなざしをしていた。


「スタジオで何回も見てたろ?」


「スタジオで見とっても、うちにはよう分からんかったわ」


「そっか、ライブで見たことないもんな。練習で見るのと、ライブで見るのってまるで違うから、覚悟しとけよ?」


 僕は貧乏神の頭をポンポンと撫でてやる。


「お前、本気出した僕のドラム見たら度肝抜かれるぜ? しっかり見ときな」


「うん」


 虚勢のつもりはなかったが、自分の言葉が気持ちをその気にさせるのが分かった。

 そうか、そうだよな。

 失恋した感情とか、さっさと吹き飛ばしちまわないとな。


「秋君、そろそろ出番」


 紅子がやってくる。

 竹松はもうベースを持ってステージに向かっていた。

 いつの間にか前のライブが終わったらしい。


「貧ちゃんはちゃんと客席にいるんだよ?」


「うん、わかった」


「さぁて、行きますか。……っとその前に」


 僕は立ち上がると鞄から紙袋を取り出した。

 会社近くにあるブティックの袋だ。

 おもむろに開けると、中身を取り出してやる。


「貧乏神、僕からのプレゼントだ。若干紅子とかぶったのが嫌だけど」


 シュルシュルとチェックのマフラーを首に巻いてやると、貧乏神の顔が少しうもれる。


「兄ちゃん、でかいわこれ」


「大人用だからな。我慢なさい」


「秋君はマフラーの巻き方が下手すぎるのよ。私がやったげる」


 紅子が少しあまり気味のマフラーを後ろへ逃がしてやると、貧乏神のぷっくらほっぺが顔を出した。


「ふかふかや。あったかい」


 貧乏神は幸せそうに目を細めた。


「寒さは感じないのに、温かさはわかるのな」


「これはマフラーの温かさやない。兄ちゃんの心の温かさや」


「かわゆいやつめ」


 僕が頭を撫でてやると、貧乏神は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 その後ギターケースに貧乏神を入れて持って帰ろうとする紅子の姿があったそうな。

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