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第4話 獣の女は容易い女

 飲み終わり。二人で駅へ向かう。

 あとはいつものように改札を抜ける尚先輩を見送って帰るだけだ。


「外は冷えるねぇ」


 尚先輩はポケットに手を突っ込んで体をぶるると震わす。

 小動物みたいな自然な仕草であり、世の男性がこういう動作にキュン死にするのだろうと思えた。


「染みますね」


 吐く息がすっかり白い。

 冬を感じた。


「でも今年のクリスマスはちょっと残念になりそうだねぇ。君と過ごせると思ったのに」


「ははは、共に過ごす男など吐いて捨てるほどおりましょう」


「その鬱陶しい口調やめなし」


 尚先輩はため息を吐いた。

 一つの仕草が、表情が、何でもかんでも絵になる人だ。


 道を歩く中で、空は透き通って高くそこにあった。

 透明な空気の中、星が燦然と輝く。


 手をぷらぷらさせながら歩いていると、何度も尚先輩の手とぶつかった。

 この少しロマンティックな状況下で、おもむろに彼女の手を取って上着のポケットに入れてやろうかと思ったが、あとが怖いのでやめておくことにする。


 結局何もしないままいつもの改札前まで来て、僕はそこで尚先輩と向かい合った。


「じゃあ尚先輩、ここで。今日はありがとうございました」


「こっちこそありがと。あ、そうだ、秋君」


「はい?」


 先輩が僕の名前を呼ぶのは珍しい。


「私さ、前から言おうと思ってたんだけど……」


「何ですか」


 先輩は一言、二言、何か言おうと口を開きかけて、やがて首を振った。


「いいや、やっぱり」


「気になるじゃないですか」


「いずれ分かるよ」


 そしてそのまま改札を抜ける。

 人気のない改札口に阻まれたまま、僕らは向かい合う。


「今日はありがとう」


「何回言うんですか。それに、それはこっちのセリフですよ」


「それもそうか。じゃあ、また」


「はい」


 駅のホームへ歩いて行く尚先輩を見送るなか、何か引っかかる物があった。


 *


 二十四日のスタジオにて、僕はようやく休日出勤の旨を紅子たちに伝えた。

 本当は内緒にして誤魔化そうと思っていたのだが、当日にもスタジオに入ろうと紅子が言い出したために白状せざるを得なくなったのだ。


「はぁ? 明日も出勤?」


 紅子はギターをチューニングする手を止めた。

 

「休日出勤今日だけじゃなかったの?」


「すまんこ」


 僕がスティックで鼻くそをほじりながら謝ると紅子はギターを置いて胸倉をつかんできた。


「なんでそんな大事なこと黙ってんのよ」


「急に決まったのです。すまんこ」


「まんこまんこうるさいよ。殺すよ?」


「ちんこ」


「殺す」


 紅子の目が獣みたく光る。

 あ、死んじゃう。

 まさに紅子がこぶしを振りかぶったその時――


「やめたってくれ紅子ー!」


世にも可愛い叫び声がスタジオ内に響いた。

見ると貧乏神が必死に紅子の服を引っ張っている。


「貧ちゃん……」


 僕の胸倉を掴む力が弱まる。


「兄ちゃんは仕事頑張っとんねん。当日もちゃんとライブ出れるって言っとったんや。だから堪忍したってくれぇ!」


「ホント?」


「誠でごんす」


 僕が両手をひらひらさせると、紅子は仕方ないなぁと溜め息をついて手を離してくれた。

 そのままかがんで涙目の貧乏神を撫でる。


「出られるなら下手に隠さずに最初から事情を話しなさいよ」


「ライブに支障はないから大丈夫だと思ってさ」


 まさかいちゃもんつけて解散にまで追い込んでやろうと考えていたとはとても言えない。

 言ったら最後、今度はこぶしではなくギターが飛んでくるだろう。

 貧乏神を連れてきてよかったと心底思った。


「まぁ、そんなわけで当日はリハーサル出られないからよろしく」


「バリバリ支障きたしてるじゃんよ。大体、何で貧ちゃんがここにいんのよ。このクソ寒い日に上着も着せずにかわいそう。お手てチューチューしてあげんね」


「やめてあげて」


「うちは寒さ感じひんから大丈夫や。今日来たんは紅子のとこにお泊りするためやねん」


 その言葉に紅子の目が輝くのを僕は見逃さなかった。

 一応補足しておこう。


「明日僕は会社帰りに直で会場向かうからさ。貧乏神は紅子に連れて行ってもらおうかと思って」


 前もって頼まなかったのは絶対に了承される自信があったからだ。

 頼む必要性すらない。


「明日一日貧ちゃんと過ごせるって言うの……?」


「夢みたいだろ」


「うん」


 容易い女である。

 ときメモで言えば主人公のパラメーターを上げるだけで勝手に好感度が上昇していく女キャラに似ている。

 ついでで攻略されるキャラである。


 ちなみにこの騒動の間も竹松君は出来上がった音源を聞きながらベースを弾いていた。

 もう帰って。

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