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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第一部

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9 病床の婦人


 騎士たちに監視され軟禁されていたロズモンド男爵が呼び出された。

 彼自身の執務室である。


 ロズモンド男爵が普段座っている席には別の男が座っていた。


 クリス・ゴーヴァン。


 突然の主君の登場にロズモンド男爵は青ざめた。長らくノートンには足を踏み入れたことがなかったのに何故今ここに。

 捜査内容で代理の秘書官が来るだろうと思っていたが、主君がこんな早くに来るとは思わなかった。


「やってくれたな」


 クリスは既に目を通していた書類をロズモンド男爵に投げつけた。

 紙の散らばる音と共に彼が見たものを確認した。


 領地経営における必要経費を改ざんし横領したこと。

 領地内で行われていた事業で国が禁止していた染料、ヒ素を利用したこと。ヒ素が禁止されていても、色づいた緑は艶やかで美しいものだ。危険性を理解できていない貴族や豪商に売りつけていた。

 税金を必要以上に徴収し、満たせなかった領民に染料事業、鉱山労働をさせたこと。しかも、労働基準法を無視した過酷な労働を強いて、命を落とした者は谷に捨てて隠蔽した。

 孤児院は愛人ローザに管理させ、虐待疑惑があるものの放置していた。


 ロズモンド男爵は終わったと感じた。


「私がこの地に来なかったのはお前を信じていたから。お前は仮にも我が学友だからな」


 幼少期からクリスのそばにおり、クリスの友人としてあった日々を思い出す。


 年下のクリスの勉学に付いていくのは苦痛で、劣等感を抱いていた。しかも魔術の教師が性格悪い天才肌で最悪だった。

 それでも彼の学友としてあるように親から言われ耐え続けた先に得られたのは男爵の地位と、親が管理していたノートンを引き継ぐこと。


 ようやく報われたと思うとそれまで我慢していたことが一気に爆発した。

 領地で得られた資産を自分の好きにできる。


 まずは帳簿の改ざん、横領であった。

 年月が経つごとにロズモンド男爵は大胆になっていき、注意する妻の口を封じて幽閉した。そして彼の館に堂々と出入りするようになったのはロズモンド孤児院の院長ローザだった。


 以前より密かに逢瀬を繰り返し、ローザはついに男爵夫人のように振る舞い、ロズモンド男爵はそんな彼女を愛した。


 実際、口うるさい妻は死ぬ予定だったしそうなればローザを後妻に迎える予定だった。

 元々妻は親に言われて結婚しただけの騎士の娘でしかない。


 愛情などなかった。


 彼の人生は順調だと思っていた。

 ヴィヴィアが視察に来ると聞かされるまで。


 何とか理由をつけていたが、強行突破に出たヴィヴィアにどれだけの怒りを感じたか。


 そうだ。

 あの女だ。


「あのお飾りさえこなければ」


 ぽつと呟くロズモンド男爵の言葉をクリスは見逃さなかった。


「ロズモンド男爵、君に2つ選択肢を与えよう」


 クリスは指を2本示した。


「ひとつは裁判所で自分の罪を裁いてもらう」


 もうひとつは。


「私の判断に委ねる」


 ゴーヴァン公爵には特権が与えられている。

 自身の領地内のことであれば裁判を通さずに自分で裁くことが認められていた。


 子爵以上の家臣5名の同席承認が必要になる。

 すでにヴィヴィアの護衛に1人おり、クリスが同伴に連れてきている騎士の中に3人いる。

 あと1人には既に連絡済みで今ノートンに向かっている。

 本日中にはロズモンド男爵を断罪できるだろう。


「あんまりです。私は幼き頃より閣下をお支えしてきたのに」

「それで横領が正当化されるのか? それに君はライフラインの治安を怠った」


 護符の管理のことを言っている。

 護符は定期的に聖人、それに準じた神官により祈りで効果を維持している。

 彼らを呼び寄せるには相応の費用が必要だが、ロズモンド男爵はそれすらケチり懐に仕舞い込んだ。

 護符は、ライフラインを魔物から守る大事なもの。

 ロズモンド男爵はノートンまでの道を守るための護符を蔑ろにしたのだ。


 それにより、ノートンへ来たヴィヴィアは危機に瀕した。


 報告によれば魔物の程度は低級、護符が正常に効果をなしていれば近づくことはなかった。

 その魔物が大量に現れて、応戦しているうちにヴィヴィアの乗る馬車が横転した。


 クリスはぎゅっと拳を握りしめた。

 今すぐロズモンド男爵を殴りつけたい衝動を抑えつけている。


「申し訳ありません。全ては妻のためです。私の妻が原因不明の病にかかり、治癒魔法使いや医者にみせても匙を投げられ海外の名医にすがるも費用が……」


 ここまで来てもなお足掻く姿が滑稽だ。

 呆れて笑いが出てきそうだった。

 それに妻のためと言いながら、その妻を閉じ込め愛人を出入りさせ男爵夫人のように振る舞わせるくせに。


「ではその奥方に話を聞いてみるか」


 ◆◆◆


 ロズモンド男爵夫人、隣の領地の隣接町出身の騎士の娘であった。

 魔物討伐で父は命を落とし、母親も間もなく後を追うように亡くなった。

 彼女に残されたのは父の死により手に入った見舞金。これからどうやって生きれば良いかわからないところに見合いの話が来た。

 ロズモンド男爵の元へ嫁いだものの夫との仲はあまり良くなかった。

 すでにローザという恋人がいて、男爵としては彼女と一緒になりたかったが親に言われて仕方なくという。


 夫人の地位を蔑ろにされ続けついに彼女は心労で倒れてしまう。

 医師にみせても原因は不明で弱っていく一方。ついに部屋はおろか、ベッドから出ることも叶わず長いこと姿を現さなかった。


 ヴィヴィアは果物をのせた籠を手にロズモンド男爵家の館へと訪れた。

 今はクリスがロズモンド男爵家の不正を暴いて断罪している最中であろう。

 クリスからは休むように言われたがどうしても彼女の様子が気になった。


 断られるかもしれないが、病身の男爵夫人の見舞いに来たと伝えるとあっさりと部屋へ案内された。


「あ、……ようこそ」

「いいのよ。楽になさって」


 部屋に入ると何とか起きあがろうとする男爵夫人にヴィヴィアは微笑んだ。


「公爵夫人、せっかくのお越しいただいたのにこのような姿で申し訳ありません」


 顔色が悪い。


 ロズモンド男爵夫人の顔色は悪く、手足が痩せ細っていた。それに手や腕に黒い斑点があるのが気になる。

 医師に見せても原因不明だと本人は悲しげに笑った。


「治癒魔術師は……」


 治癒魔術師、また治癒魔術を得意とする神官であれば何とかならないのだろうか。


「あの人が、私の為に招聘してくれるわけありません」


 いっそ早く死んでしまえと思っているだろう。


 実際何度もそう取れる夫の言葉を耳にした。

 男爵夫人が眠っている間に訪れて、メイドに言った言葉を思い出す。


 まだ生きているのか。

 しぶとい。


 男爵夫人が聞いているとも知らずに、いや知っていても気にしない冷酷な言葉。

 親に言われるまま結婚させられて夫婦生活は初めから冷めていた。

 それでも男爵夫人としての勤めを果たそうとしたが、男爵は夫人を疎ましく感じていた。


 ヴィヴィアに言って涙を流したい。

 しかし、貴族の夫人となった責任感でそれが出来なかった。

 いや、口にしてしまえば一層自分が惨めに思えた。


 領民がどれだけ苦労していることか。

 それでも自分の心を守る自分があまりに悲しくてたまらない。


「ロズモンド男爵夫人」


 ヴィヴィアは彼女の側近くまで近づいた。


「あなたの手を握ってもよいですか?」


 その言葉にロズモンド男爵夫人は瞼が熱くなった。

 自分の手がどれだけ醜くなったか見えているはずだ。

 自分に触れるのは世話役のメイド1人だけ。彼女にさえ黒い斑点だらけの皮膚をどう思われているか考えるのは怖かった。

 高位貴族だから触れるのを避けたいと思っても仕方ない。ヴィヴィアが自分の肌をみて顔をしかめないだけありがたいと思った。


 それなのに彼女は触れるという。


 見られたくない。

 穢らわしいと思われたくない。

 拒絶されたくない。


 それでも触れたい。

 手を握って欲しい。


 ロズモンド男爵夫人は恐る恐るヴィヴィアに手を伸ばした。

 ヴィヴィアはそれに触れて両手で優しく包み込んだ。


 こんなに長く手を握ってくれたことはなかった。

 最後に手を握ってくれたのは何年も前に亡くなった母だったと思う。


「大丈夫です。あなたは良くなります」


 ヴィヴィアは優しく笑った。


 何故そう言い切れる?


 顔に出ていたのか、ヴィヴィアは答えた。


「あなたの体はまだ生きようとしています」


 そう言われて不思議と体が楽になるように思った。



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