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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第三部

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24 呪いからの解放

 メドラウトがクリスたちと合流したのはヴィヴィアが目を覚まして1時間したところだった。


「悪竜の呪いか」


 メドラウトは頭を抱えた。


「消せる魔術師といえば大賢者しかいない」


 だが、今のメドラウトではヴィヴィアをエムリスの塔へ空間移動する魔力が残っていない。一緒にいた賢者もである。


「馬でいくしか……だが、それまでもつかどうか」


 ヴィヴィアの中で呪いを押さえつけている力がいつもつかわからない。しかし他に方法はなくなるべく速くて丈夫な馬を各所手配をしていくしかない。


「どいてどいてー!」


 頭上から衝撃が走る。どんとメドラウトをふみつけるローブ姿の女魔術師が空から現れた。


「ええと、ヴィヴィア・ゴーヴァンはどこ?」


 メドラウトの上で女魔術師はきょろきょろとあたりを見渡す。


「あ、あの……私、ですが」


 クリスに支えられたヴィヴィアが小さい声でいう。すると女魔術師はぴょんと跳ねてヴィヴィアに近づいた。メドラウトからカエルの呻き声みたいな「ぐぇ」と聞こえるが大丈夫だろうか。


「あなたは……」


 白銀の艶やかなロングヘアに少し尖った耳から妖精と共に生きるエルフだとわかる。とても美しい女性だった。赤いルビーの瞳が蠱惑的で吸い込まれそうだ。


「私はメリッサ! 大賢者に言われてあなたをエムリスの塔へ運ぶわ」


 ぺらぺらと喋りヴィヴィアの手を握る。


「とにかく時間がないんでしょ! とりあえずこれをつけて」


 メリッサは懐から出した耳栓をヴィヴィアにつけた。三半規管を保護するための魔術道具のようだ。


「おい」


 クリスがどういうことだと尋ねても、メリッサは呪文を唱えてヴィヴィアの手を握った。


「ごめん、私が運べるのは女性一人までなの! 男たちは徒歩なり馬なりで後できて」


 メリッサはそういうやヴィヴィアを連れて行ってしまった。


「今のはなんだ」

「賢者メリッサ。俺の先輩にあたるエルフだ。空間移動の仕組みを公式化した……」


 よれよれとメドラウトは起き上がり、ため息をついた。


「大丈夫だ。今は大賢者の元へ行っている」

「確かに、悪竜の呪いを解けるのは大賢者だけだが……」


 クリスは少し不満気に呟いた。

 今はとにかくヴィヴィアが行ったエムリスの塔へ向かう必要がある。


 深い森の中、大きな塔が建っていた。

 大賢者エムリスが眠る塔、エムリスに師事を受けて魔術研究をしている偏屈魔術師たちの巣窟だった。


 一瞬でヴィヴィアはそこへ辿り着いた。


 わらわらと魔術師たちがヴィヴィアの元に集まり治療を開始した。


「これが、大賢者の娘?」

「傷だらけじゃないか。おい、そこの棚にあるポーションの一式をとってこい」


 治療と同時にメリッサが着替えのドレスを持ってきてくれた。


「悪竜の呪い以外はなんとかした。後は大賢者の元へ急げ」


 そう言いながら魔術師たちはヴィヴィアを塔の最上階へと案内した。魔力で動くエレベーターとかあり何かと便利な道具が出てきてヴィヴィアは何かと興味が惹かれた。


「エムリス様は確か毒で眠っていて」


 ヴィヴィアは今までの記憶を頼りに確認した。


「そうよ。悪竜の呪いを毒魔術で押さえつけているの」


 一緒にエレベーターに乗るメリッサは答えた。後ろに控える二人の賢者も同様の見解だ。


 賢者たちは世間の伝承とは違う見方をしていた。ここでは彼らは毒魔術に対して特に嫌悪感はないようだ。


「まずは毒魔術を解いて大賢者を起こさないと……その為にはあなたの力がいるわ」

「私が? ここには毒魔術を使える賢者がいるじゃない」


 ヴィヴィアはメドラウトのことを言った。

 メリッサは首を横に振った。


「メドラウトにまかせてみたけど無理だった。あれはリリアしか解けないのよ。リリアはそれを見越して自分の子を残した」


 リリアの子と言われてヴィヴィアは落ち着かなかった。外の世界ではリリアは大賢者を奪った悪女だから。


「大丈夫よ。ここでリリアを悪く思う者はいない。むしろ尊敬されているわ」

「尊敬?」

「ええ、あれだけ緻密な魔術を駆使するなんて。公式を解読するだけでとても参考になって、あれから色々な魔術学が作られたわ。治癒魔術の解析も彼女の残した公式で完成できたの」


 知らなかった。

 リリアがそんなに優れた魔術師なんて。

 魔力が少ない分、学問で、努力でカバーしようとしたのだろう。


「本当はリリアの公式として発表する予定だったけど、外の頑固者どもが拒絶して……大喧嘩。そこから長らく塔の魔術師は外との関係を絶っていたの」


 それも知らなかった。


「偏屈な魔術師が多くて引きこもっていると聞いていたけど」

「あ、それも本当」


 メリッサの言葉にヴィヴィアは苦笑いした。

 少し緊張が解けた様子にメリッサは笑った。


「さ、着いたわよ」


 エレベーターが停まり、ヴィヴィアはメリッサの案内で頂上の部屋へと入った。

 まるで氷の城のようだ。

 きらきらと輝く水晶が張り巡らされた空間に思わず圧倒された。

 奥に大理石の寝台があった。


 そこにいたのはエムリスだった。


 何百年前もの人間なのに若い青年の姿をしていた。


「ヴィヴィア、彼の毒魔術を解いてあげて」

「でも、悪竜の呪いは……」

「あなたの呪いを解けるのは彼だけ。彼なら自分でどうにかするわ」


 そう言われてヴィヴィアは彼の中の毒に触れようとした。


 それを後ろから見つめるメリッサは小さく呟いた。


「……ごめんね、ヴィヴィア」


 エムリスの全身に回っている毒魔術を確認する。確かに睡眠を促す薬をベースにして体内に張り巡らされていた。網目状に包み込んでいるのはヴィヴィアの中にも今存在する悪竜の呪い。


 ――本当に呪いを解くことができるの?


 半信半疑ながらヴィヴィアは毒魔術に触れた。

 メドラウトから、リリアから教わった方法を思い出してその逆をイメージする。

 編み込まれた毒を解いていく。解き終えれば自然と体から排泄されていくだろう。


 しばらくしてエムリスは目を開いた。

 夢で見た通り、光の反射で虹色に輝く紫水晶の瞳だった。

 ヴィヴィアの姿を認めてエムリスは目を細めた。


「ここまで来れたね。ヴィヴィア」


 手を伸ばしてヴィヴィアの頬に触れた。


「大丈夫だ。後は私にまかせて」


 そういうとヴィヴィアの体が軽くなった。右足首の痛みも消えた。

 体の中の悪竜の呪いが消えていった。


「本当に悪竜の呪いを消せたの?」


 ヴィヴィアの問いにエムリスは微笑んだ。

 その瞬間、彼の嘘に気づいた。


「! ……何で」


 ヴィヴィアの中の呪いを消した訳じゃない。ただ、自分の体に移したのだ。

 急いで先程の毒魔術で呪いを抑えようとしたが、エムリスがそれを止める。


「いいんだよ。元々、呪いと共に死ぬつもりだったから……その前にヴィヴィアの呪いを移せてよかった」

「あなたは……リリアはあなたに生きて欲しかったのでしょう?」


 エムリスは首を横に振った。


「リリアがいない世界に500年も生きたんだ。もういいだろ」


 エムリスは悲し気に笑った。

 愛する者がいない中生きていくのはどれだけ虚しいものか、ヴィヴィアには想像できない。

 体が崩れていく。ぽろぽろと脆い炭のように崩れていった。


「それじゃあ、さよならだ。悪竜の呪いは私が持っていくから」


 今言わなければ――本当に彼がそうかもわからない。でも、言わないと絶対後悔する。


「いやよ、お父様」


 ヴィヴィアはエムリスの崩れる手を握りしめた。

 その手のぬくもりを感じてエムリスは嬉しそうに笑った。


 消えかかる手を伸ばしてヴィヴィアの体を引き寄せる。近づいた彼女の額にキスをした。


「ありがとう。ヴィヴィア、愛しているよ」


 そう言い残してヴィヴィアに抱きしめられてエムリスの体が崩れていった。

 エムリスが消えた寝台の上でヴィヴィアはうずくまり泣き続けた。


 メリッサはヴィヴィアの肩を撫でた。


「ごめんなさい。これが大賢者の願いだったの」


 しおらしくヴィヴィアに謝罪した。


「そしてありがとう。彼の最期に立ち会ってくれて……私たちエムリスの塔はあなたに感謝するわ」


 後から聞いた話であるが、塔の魔術師たちはエムリスを看取る為に毒魔術の研究を重ねていた。なかなか毒魔術を使える、賢者になりえる人材が生まれずにそこで現れたのがメドラウトだった。

 しかし、メドラウトでは無理だった。

 エムリスを眠らす毒魔術の解析しそびれた部分を解明するにとどまった。


 近所の修道院にヒ素中毒の患者が送られてメドラウトに治癒の依頼がやってきた。

 元ロズモンド男爵夫人である。

 彼女の体から毒魔術の痕跡をみたメドラウトは大賢者エムリスの部屋にしばらく引きこもった。

 何を話しているのか押し問答をした末にメドラウトはカリバー王立学園の学園長に立候補した。


 そしてヴィヴィアに出会う。

 いずれエムリスを毒から解放できるかもしれない女性に。


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