6 隔離された倉庫
少年が落ちついた頃にヴィヴィアは声をかけた。
「私はヴィヴィア・ゴーヴァンよ。あなたの名前は?」
その言葉に少年は青ざめた。
「ゴーヴァンの奥様ですか? あの、来られると聞いた」
「そうよ」
少年は頭を下げた。
「た、助けて下さい。ノエルが死んでしまう」
ノエル?
その名前を聞いて胸がざわついた。
頭に浮かぶのはヴィヴィアの子の名前。
そんなはずはない。
ヴィヴィアの子、ノエルはまだ生まれていない。
ヴィヴィアは否定するように首を横に振った。
「落ちついて。まずあなたはどこの誰なのか教えて」
「孤児院の、シエルです」
慣れない丁寧語を合っているのだろうかと不安になりながらシエルは答えた。
「そう、シエル。あなたはロズモンド孤児院の子ね?」
シエルはこくりとうなずいた。
「ノエルも孤児院の子?」
「そう、です。俺の双子の妹です」
シエルは周りの反応を見ながら続きを話していいのだろうかと不安な表情だった。
「シエル、言いたいことをいいなさい。何かいうものがいてもあなたの話が終わるまでは許さないわ」
ヴィヴィアの言葉に励まされてシエルはこくりとうなずいた。
「俺とシエルは病気にかかって倉庫に閉じ込められました。伝染病の可能性もあるからと、公爵夫人が視察にくるから目に触れないようにしろと言われて。だから、俺は抜け出して助けを求めたんだ」
「医者は? みてもらえなかったの?」
シエルは首を横に振る。
「草組の俺たちは医者にみてもらえない。花組じゃなきゃ」
「ちょっと待って、……草組て何? 花組て」
「孤児院内の組み分けです。優秀な子は花組、優秀じゃない子は草組。草組は養子の引き取り手がなくて、花組のお世話をしながら農場で働きます」
シエルの話から、花組は養子縁組に有望な子供が入りそのための教育を受けられる。草組は教育を受けずに大人たちと同じ環境で労働をさせられる。しかも、労働以外は花組の世話をさせられる。しかも風邪をひいても怪我をしても放置され、働けなくなれば倉庫に隠される。
「そんな孤児院制度、……誰が」
ヴィヴィアはぎゅうと裾を握りしめた。
聞かなくても想像がつく。
何度か深呼吸をしてヴィヴィアはシエルに頼んだ。
「シエル、お願いがあるわ」
ヴィヴィアのお願いにシエルはうなずいた。
無理かもしれないと思っていた願いが叶うとは思わなかった。
シエルは後にそう語る。
◆◆◆
ノートンの町にたどり着いた頃にはすっかり暗くなっていた。
馬車が使えず、ヴィヴィアたちは徒歩で町に入る。
「これは夫人、大変だったでしょう」
顔を隠したベールつきの帽子を被った夫人が現れ、ロズモンド男爵は大いに出迎えた。
「夫人はお疲れのようだ。急ぎ館へ案内いたしましょう」
騎士たちに守られる形で一行はロズモンド男爵家へと歩く。
その間の隙にシエルはメイドと騎士を連れて町中に入り込んだ。薄暗い色のマントで頭から足元まで隠して見張りや町の人の目を掻い潜る。
その足でロズモンド孤児院の敷地へと入り込む。木々や雑草で隠れている小さな裏口がある。壊れていて雑草の汚れが付くのを気にしなければ通ることができた。
シエルはこの裏口を使い脱出していたのだ。
「こちらが倉庫です」
シエルは心臓がばくばくするのを感じる。ロズモンド男爵よりも高位の貴族が自分に手を貸してくれるのがいまだに信じられなかった。
実は無礼者として切り捨てられることを覚悟していた。
貴族というものはロズモンド男爵とそれに靡く院長と同じだとシエルは思っていた。
どうせあのまま院長の言う通りにしても死んでしまう。
自分ではなくノエルが。
それならわずかな希望にかけたい。そうしなければ自分はこれから生き延びても死んでしまう。
ノエルは5歳で両親を失ったシエルのたった1人の家族。掛け替えのない双子の妹なのだ。
シエルはぐっと拳を握りしめた。
「ここです」
シエルは建物を指差した。孤児院の本館から離れた、鬱蒼と生い茂る草木の中に佇む建物。
2階たての建物で入り口は1箇所だけだった。
「中に入ると階段があってその上に扉があり鍵がかけられています」
「つまり2階にノエルがいるのね」
メイドの質問にシエルは頷いた。
「はい、奥様」
シエルが連れてきたのはメイドではなくヴィヴィアであった。
ヴィヴィアは無理を言ってケイトに自分の役を任せロズモンド男爵の相手を任せた。
ヴィヴィアは1番目立たない服をケイトから借りて、ヴィクター卿を護衛に連れてシエルと共に忍び込んだ。
あそこでロズモンド男爵に言っても何かとはぐらかされる気がした。
ロズモンド孤児院の院長も。
それならシエルの案内のもと直接中を見た方がいい。
「シエルはどうやって逃げられたの?」
ヴィヴィアはぐるりと建物を眺めて首を傾げた。倉庫の出入り口は1箇所の扉、1階部分には窓がなかった。
「2階に小さな窓があり、そこから」
ガリガリに痩せている影響で通り抜けられたという。確かに2階にそんな小窓があるが。
「危ないわ」
「どうせ死ぬと思ったから」
シエルは笑った。
その顔はヴィヴィアに嫌な予想を掻き立てた。
「中へ入らないと。ノエルが心配だわ」
さすがにシエルが通った小窓には入ることはできない。
ガターン!!
扉の方から大きな音がしてヴィヴィアとシエルは目を丸くした。
扉の方へ戻ると、ヴィクター卿が剣を構えて立っていた。
扉は壊されて、燃えたあとなのか、雷のような強い衝撃を受けたのか、もくもくと燃えていた。
「あなたがやったの?」
「はい、奥様が早く中の子供を助けたいとお望みのようでしたから」
今の言葉で思い出した。
彼はルネ・ヴィクター卿は悪役ヴィヴィアの手下で、ヴィヴィアの為にヒロインを暗殺しようとしてクリスに殺された。
――閣下! 目を覚ましてください!?
ヴィヴィアに心酔した哀れな騎士の最期の言葉だった。まるでヴィヴィアに洗脳でもされたのか、ヴィヴィアの本性を知っての言葉か。小説内のベザリーが彼に同情していた。
「大技をするなら一声かけてちょうだい」
ヴィヴィアの言葉にヴィクター卿は首を傾げた。
「? 大技ではありませんが」
なんのこともない。
ヴィクター卿の言葉にヴィヴィアはため息をついた。
「それより」
ヴィクター卿はちらりと倉庫の扉の向こうへ視線を向けた。
「奥様はここでお待ちください。私が中を確認します」
ヴィクター卿は険しい表情だった。それに思わずヴィヴィアは頬をこわばらせた。
「いいえ、中を見るわ」
目を背けたらいけない気がした。
この奥にいるノエルの姿を思い浮かべる。
最悪のことが待っているかもしれない。
私よりシエルを待たせた方がいいかも。
想像の中の最悪の光景はまだ子供のシエルには耐え難い傷として残るだろう。
「シエル、ここで待っていてくれる?」
ヴィヴィアはそう彼に言って中の方へと入った。誰よりも心配しているであろうシエルは追いかけようとするが、ヴィクター卿が止める。
「施設の人がくるかもしれない。ここで見張りをして何かあれば俺を呼ぶんだ」
ヴィクター卿の言葉にシエルは怪訝な表情を浮かべる。
それなら大きな音を立てて扉を壊すなよ。
シエルは思った。相手は自分より身分が上の騎士である。しかもノエルを早く助け出したい為の行動である。
シエルはここで彼の指示通りに見張り待機に徹した。




