27 これからの動き
まだ生まれていないとはいえ、クリスの血を引き継いだゴーヴァン家の子である。
「ヴィヴィア、すみません」
クリスは謝った。
「あの狩猟祭で、シュバルツが動いた情報は受けていました。また私を狙うのかと警戒していましたが、私の留守を狙いあなたに危害を加えるなど……いえ、考えるべきでした」
ヴィクター卿がいるからと安心してヴィヴィアの安全を疎かにしてしまった。
ヴィヴィアに怖い思いをさせてしまった。
「頭をあげてください」
ヴィヴィアは気にしていないと言った。
勿論怖い思いをしたが。
「悪いのは侵入者であなたではありません。それよりあなたは大丈夫だったのですか? 私の元に出たといって、あなたの元に出ない理由にはならないでしょう」
「狩猟2日目に遭遇しました」
毒矢にも掠った。
ヴィヴィアがさぁっと青ざめて、クリスは笑いながら言った。
「メドラウトに作ってもらった解毒剤ですぐに回復しました」
それを聞いてヴィヴィアは安心した。
賢者が作ったものであれば確かだろう。
現にクリスの体に触れて彼を侵す悪いものは見当たらなかった。
「良かった」
ヴィヴィアのアンドの声を聞きクリスは立ち上がり抱き寄せた。
「今回確信できたことがあります」
「?」
「ベザリーのバックにはコンスタン公爵家があります」
その話にヴィヴィアは動揺した。
「私がシュバルツの毒矢に当たった時、ベザリーは私に近づきました。狩場、森の奥で、夜中に令嬢が現れるのは不自然です。仮にいたとしても毒矢に当たったタイミングで現れました」
いくらなんでも都合が良すぎる。
まるで過去のクリスを救った少女がベザリーだったと思わせたがっているように見える。
本当にコンスタン公爵家がベザリーの背後にいるのか。
「でもコンスタン公爵家は、王妃殿下の実家です」
すなわちリチャード王太子の第一の後見人でもある。
ヴィヴィアが前世で読んだ小説では、リチャード王太子はベザリーを国王の死に関与していると疑った。後から国王を殺したのはリチャード王太子と暴かれて廃嫡、投獄された。
そして、獄中死。
最愛の子を失ったウルリカ王妃は気力が失われて伏せがちになり、――そして自害した。
ベザリーがコンスタン公爵家の者ならこの流れはおかしい。
「私もそう思いました。リチャード王太子を投獄する真似をコンスタン公爵家が黙っているはずがない。ですが、同時にこう考えました」
コンスタン公爵家の一番の目的は竜杯であり、王位でも実権でもない。
一番の優先は竜杯を手に入れて、かつクリスの血をいつでも抜きとれる環境を作ることである。
ベザリーはクリスを献身的に支え、ゴーヴァン公爵家を盛り立てた良妻賢母を演じた。クリスを骨抜きにする役割を担った。
リチャード王太子、ウルリカ王妃をその為の舞台装置にしても構わない。
「理解できません」
ヴィヴィアは呟いた。
竜杯というお伽話に何故そこまでのことができるのか。
そんなものに頼るよりもリチャード王太子を王にして外戚として力を付けるのが現実的だ。
コンスタン公爵家の姿が不気味に思えた。
まるで世界ときり離れた未知の存在にみえる。
エムリスの塔の賢者たちとは違う何かにみえた。
「とにかく用心が必要です。ヴィヴィアは大事をとり、モーガンの屋敷へ戻るべきです」
元々その予定だったのをヴィヴィアは思い出した。
星河祭でクリスを小説のシナリオ通りに動かさないといけないと思っていたが、もうその必要はなくなった。
兄ルークのことや実家没落、妊娠生活ですっかり忘れていた。
「いいえ、私はここに残ります」
ベザリーのことが気になる。
またクリスが彼女に毒を盛られ洗脳されないとも限らない。
メドラウトの協力があるから大丈夫だとは思うが、自分もいた方がクリスの洗脳リスクを減らせるだろう。
「それにもうすぐチャリティーイベントがあります」
11月の寒い時期、終わりの頃に合わせて国内一番のチャリティーイベントがはじまる。
そこでヴィヴィアは、例の絵本を発表する予定だ。
他にも色々考えていることがあり、絶対に外したくない。
「チャリティーイベント」
思い出したようでクリスは複雑な表情を浮かべた。
ヴィヴィアにそのイベントで絵本を発表してみるのはどうかと提案したのはクリスである。
今はヴィヴィアには大事をとり館で安静にしてほしい。
シュバルツの侵入を許してしまったが、さらに対策を練りヴィヴィアを守りたいと考えていた。
しかし、チャリティーイベントに乗り気で楽しそうにしているヴィヴィアを目の前にすると参加するな、代理をたてろとは言えない。
「わかりました。その日までにドクターストップがかからないなら参加しましょう」
一緒に参加して、騎士たちの配置を考えないといけない。
ヴィクター卿、雷獣は当然ヴィヴィアのそばに配置して、動く必要がある場合はケイト、シエル、ノエルに頼む。
記憶が正確なら、ベザリーがそこで騒動を起こすはずだ。
◆◆◆
学校の帰り、ベザリーは学園の外で待機してある辻馬車に乗った。
「ここまで失望させるなんて思わなかったわ」
馬車に乗ると同時にかけられる黒い貴婦人の言葉にベザリーはグッと唇を噛んで耐えた。
「ご期待に添えず申し訳ありません」
席につきベザリーは貴婦人に頭を下げた。
「全くよ。何のためにシュバルツをけしかけたのやら」
「ですが、確かにクリス・ゴーヴァン公爵は毒矢に当たっていました。私の呪いもかけあわせれば完璧でした!」
「失敗しているじゃない。あの男は優勝品のアーティファクトをこれ見よがしに見せてゴーヴァン公爵夫人に贈ると宣言したわ」
黒い貴婦人は扇子を持っていた手に力をいれる。
彼女の目算では、観衆の前でアーティファクトをベザリーの首にかけることだった。
「公爵には毒が効かないのか、毒の対策をしているのか」
彼が幼い頃にあたった毒とは別のものだ。
ベザリーが配合してブレンドした毒の対策ができたとは思いにくい。
「賢者の仕業ね」
貴婦人はため息をついた。
「そうなるとあなたの手口は既に知られているということになるわね」
「ガエリエ卿もモリス秘書官は確かに私の洗脳下に」
「一度洗脳に成功して解除されたということよ。理解が悪いわね!」
貴婦人は苛立って叫んだ。
「そうなるとクリス・ゴーヴァンはお前とバックにいる私たちに気づいていることになるわ」
頭を抱えて貴婦人はため息をついた。
「では私は行方をくらませた方がいいですね」
「いいえ、そのままゴーヴァン公爵家にいてもらうわ」
思わぬ回答にベザリーは首を傾げた。
「ほーんとうに、理解が悪いわね。奴らはしばらくあなたに注意が向くわ。あなたはピエロみたいにせいぜい演じ続けるの。その隙に私は別の駒を動かす」
「別の、駒?」
貴婦人はへふふっと笑った。
「ええ、まさか彼女が私の駒だと思わないものよ」
ベザリーはギュッと裾を握りしめた。
今はまだ貴婦人の指示に従うべきだと自身に言い聞かせて。




