26 大賢者のアーティファクト
クリスが持ち帰った品をみてヴィヴィアはため息をついた。
紫水晶の装飾が施されたブレスレットだった。特殊な加護が加えられていて、能力促進の効果がある。
つまりヴィヴィアの毒魔術をさらに強化することができる。
小説ではこれはベザリーが手にしていた。
過去の治癒魔術で救った少女がベザリーと発覚して、クリスとベザリーはさらに距離が近づく。クリスは狩った獲物をベザリーに捧げて、ベザリーを狩猟祭の優勝者のパートナーにする。そしてこのブレスレットをベザリーが手にいれるのだ。
これで私の治癒魔術が強化されて、多くの人を助けられる。
小説でのベザリーはそう言って喜んでいた。
そしてチャリティーイベントで多くの傷病者を一度に治癒して聖女と呼ばれる。
まぁ、私が手に入れたからと言って聖女みたいなことをできる訳ではないけど。
毒に関連したもの、私が毒と認識したものしかどうこうはできない。
「ヴィヴィア、どうしました?」
クリスはヴィヴィアに声をかけた。
「あ、いえ。このブレスレットの効果を聞いて、私がうまく利用できるか心配で」
「効果なんて気にしなくていい。気に入った装飾品なら好きに楽しめばいいし、気に入らないなら別のものを買ってもいい」
仮にも王家御用達の職人が作った最高級のブレスレットである。実際、デザインは素敵でヴィヴィアは気に入っていた。
「うまく利用したいのなら、雷獣に相談してみるといい」
「雷獣様に?」
テーブルの上にて、クッキーを頬張る雷獣に目を向けた。
呼んだか?と雷獣は視線を合わせてきた。
「これは魔力を増幅するだけでなく、魔力を溜め込むことができる。それなら雷獣の魔力を溜め込んでもらいいざとなったら護身用の雷魔術を一発出せるようにして貰えばいい」
とことこと雷獣はテーブルから降りて、ヴィヴィアの肩に乗る。そして、ヴィヴィアの右腕につけられたブレスレットに触れた。
「ふむ、できなくはない」
クリスのアイディアがすぐ応用できるとは。
「よく思いつきましたね」
ヴィヴィアの賞賛にクリスは複雑な表情を浮かべた。
「前の世界で、私がこれに『太陽の手』を注ぎ込んだことがありました」
ベザリーを守るために。
それにヴィヴィアは胸が痛んだ。
前の世界ではベザリーの為に自分の魔力を注いだのに私の為には注いでくれないのね。
わずかにくすぶる負の感情に眩暈を覚えた。
「ヴィヴィア、聞いてください」
暗い表情になるヴィヴィアに気づいてクリスは弁解の場を求めた。
「増幅効果の影響で、うまく魔力調整ができずベザリーが火傷してしまったのです。もし、あなたが火傷を負ってしまうと、私は……」
小説の内容を思い出した。確かにその場面があった。
ベザリーがヴィクター卿に襲われた時にベザリーはこのブレスレットに込められたクリスの魔力を暴発させた。
ヴィクター卿も、ベザリーも火傷を負っていた。その暴発でクリスはベザリーの居場所を突き止めて、ヴィクター卿に制裁を与えた。
その後は火傷を負ったベザリーを心配するクリスと、安心させるようにベザリーは笑った。
「あなたのおかげで助かったわ。だから自分を責めないで」
治癒魔術で治せたかどうかわからないが、ベザリーは右腕に火傷の痕を残してしまった。
その傷痕をみてクリスは胸を痛めて一層ベザリーを大事にしていく。――
ヴィヴィアに火傷を負わせる恐怖で、クリスは紫水晶のブレスレットに魔力を貯めることに躊躇した。
「あら、でも雷獣様の魔力は大丈夫かしら? 感電しない?」
すぐに別の不安が出た。
それに答えたのは雷獣だった。
「私の加護を受けたから大丈夫だ。私の雷はお前には無害だ」
先日のシシリアと不審男の襲撃を思い出した。不審男を雷獣の加護、雷で撃退したあれの強化版だと思えばいいだろう。
「1日あれば魔力を蓄えることができる。ひとまず私に預けてみろ」
雷獣に言われて、ヴィヴィアは彼の首にブレスレットを巻きつけた。
「それにしても魔力を増幅させたり、蓄えたりできるなんて誰が作ったのかしら」
「ああ、この宝石自体は大賢者の力作だ。適当に拾った石で適当に作り、教え子に与えた」
「その大賢者というのは」
建国史に登場する伝説の魔術師のことだろう。
「大賢者エムリス……王の賢者とも呼ばれていた」
建国時代、騎士アルトスを王座に導いたことからキングメーカーとも呼ばれている。
生まれた時から魔術を操り、息を吸うように奇跡を生み出した。
この国の魔術をおおいに発展し、彼に導かれた騎士、魔術師の冒険譚は伝承され続けている。
これからも国を王を導き続けることを期待されたが、ある日を境に彼は姿を消した。
魔女の毒を受け眠りについてしまった。弟子たちは彼を守るためにエムリスの塔を作った。
今も彼は塔で眠っているといわれる。
この国で毒魔術が嫌悪されているのは単に人を害する毒を扱うことが理由ではない。この国から大賢者を奪ったのが毒魔術だったからだ。
時が流れていきエムリスを知る人々はいなくなり、架空の存在と言われている。
ただエムリスが残した道具が彼の存在を証明していた。
エムリスのアーティファクトと呼ばれていて、ブレスレットの紫水晶もその一つだった。
「エムリスが動ければこんな苦労もなかったのだが」
雷獣ははぁとため息をついた。
「伝承通り眠りについているのでしょう?」
大賢者を長い眠りに付かせるなどかなり厄介な毒のようだ。今、確認できる毒ではなく、神話や伝説上のものか。
もしくは私が知る毒に呪いを付加しているのかもしれない。
「とにかくこれがすごいものだと言うのはわかったわ」
ヴィヴィアは改めてクリスにお礼を言った。
「ありがとう、クリス」
それにクリスは目を細めて笑った。
「あなたに勝利を捧げられてよかったです」
そう言いながら、右腕を見せた。
まだヴィヴィアが渡したお守りのブレスレットが飾られている。
「もう狩猟祭は終わったのだから、外しても」
「いいえ。ヴィヴィアが私の為に作ってくれたものです」
簡単に外すなど言わないで欲しい。
クリスの言葉にヴィヴィアは顔を赤くした。
ことあるごとにブレスレットがチラつくと恥ずかしくなる。
「それで話は変わりますが」
ヴィヴィアはこほんと咳払いして話題を変えた。
「数日前に来た不審者はどこの者だったのでしょう」
「いまだに口を割りませんが、ヴィクター卿が彼らから感じ取った魔力の匂いから察しがついてます。『シュバルツ』です」
はじめて聞く存在にヴィヴィアは動揺した。
小説に登場しただろうか。
思い出せない。
「シュバルツはコンスタン公爵家の暗部組織です」
クリスは説明を続けた。
四大公爵家のひとつ、コンスタン家。
ゴーヴァン公爵家と並ぶ名家で、ウルリカ王妃の実家である。
ウルリカ王妃。
リチャード王太子の生母で、エレノアやクリスを疎ましく思っている。
「まさか、王妃の実家が出てしまうなんて」
「ちなみに幼い頃の狩猟祭で私を毒殺したのもシュバルツです」
小説では、幼いクリスを毒殺しようとした犯人は有耶無耶のままだ。おそらくゴーヴァン公爵家の政敵が雇った者という話で止まったままだった。
「まさか、彼らの目的はこの子」
ヴィヴィアは青ざめて腹を抑えた。




