25 狩猟祭の勝者
「ヴィクター卿はどこです?」
ヴィヴィアの護衛騎士はまだ回復できていないようだ。
ヴィヴィアが申し訳なさそうに報告した。
「毒と呪いを強く受けた後なのでまだ眠っています。少しでも早く回復してもらう為雷獣様が付き添ってくださっています」
ヴィクター卿に毒と呪いのナイフで刺したのはシシリアである。
もっと自分が警戒していれば、ヴィクター卿を危険に晒さずに済んだ。
「安心してください。ヴィクター卿は頑丈な男です。すぐに目を覚ますでしょう」
クリスは安心させるように過去の話をする。
「そこの極悪賢者に毒を飲まされても館中を走り回るタフさを持った男です」
「なんだ、恩人へのその言い草は」
メドラウトはじとっとクリスを睨んだ。
「あの、ところで……クリスに相談があります」
ヴィヴィアは忘れないうちにクリスに言いたかった。
「何です? 何なりと」
「メドラウト様をしばらく私の先生にしてください」
その言葉にクリスは頬を引き攣らせた。
「メドラウト様の専門が私と同じ毒魔術とは知りませんでした。御指南も的確で、彼がいなければヴィクター卿が命を落としていました」
数日前の出来事を思い出した。
毒だけの問題ではない。呪いも含まれていて、これを取り除くことがヴィヴィアには難しかった。いつぞやの厨房のメイドにした時は毒を取り除くだけで十分だったのだが、あれより明らかに複雑な構造だった。
あの後に教えられたことをヴィヴィアは伝える。
「私の魔術はほぼ独学でした。その為、効果の程は不安定です。きちんとした方の教えを受けたらもっと役に立てると思います」
メドラウトがヴィヴィアと同じ毒魔術を持っていることから、ここを逃せば自分は後悔することになる。
「学園には通えませんが、私の活動費からメドラウト様を魔術の家庭教師にお願いしたいです」
「学費はいらないぞ。少し俺の手伝いをしてくれれば良い」
メドラウトが付け加えてヴィヴィアに伝えた。
クリスは深くため息をついた。
別にヴィヴィアは役に立つ必要などない。
ただそばにいてくれるだけで十分だった。
「ヴィヴィア、君は今妊娠中です。毒など危険なものを触れてほしくない」
ヴィヴィアが毒魔術の使い手でも万が一が起こり得る。妊娠中でなくても危険なものに触れさせたくない。
「俺の指導でヴィヴィアがそこらの毒にやられにくくなるぞ」
少し黙って欲しい。
クリスはぎっとメドラウトの方を睨んだ。
「クリス・ゴーヴァン。よく考えてみろ。いくらお前でもいつもヴィヴィアを守れるとは限らない。今回のようにルネ・ヴィクターがやられてしまったら? 俺がヴィヴィアの側にいる頻度がそれなりにある方がいいし、ヴィヴィアの能力を向上させて護身術を身につけるのは悪い話ではないだろう」
確かにそうだ。
メドラウトは人格に難ありだが、彼がヴィヴィアを守ってくれるなら何かと心強い。
彼をエムリスの塔から出るように仕向けたのもベザリーの洗脳対策だ。
全てはヴィヴィアを守る為であった。
ベザリーの手口がわかったとしても、対策を練るには限界がある。
実際、彼はすでに実力を示してくれている。
「わかった。ただ、ヴィヴィアに危険がないようにしてくれ」
「まるで俺の授業が危険みたいな言い方だな」
どの口がいうのだ。
クリスの学友に絶望と挫折をうえつけた人間が。
「あの、クリス。ありがとうございます」
改めてヴィヴィアはクリスにお礼を言った。
「元ロズモンド男爵夫人をエムリスの塔近くの修道院へ療養してくださり、そのおかげでメドラウト様に治療してもらい大分良くなったと聞きました」
「ええ、私の部下の悪行の被害者です。彼女の面倒をみるべきです。あの修道院へ預けたのは色々思惑がありました」
エムリスの塔付近の修道院は何かと塔の魔術師に応援依頼することがある。クリス自身紹介状を作成してメドラウトは元男爵夫人をみるに至った。
そして彼女が受けたヴィヴィアの毒魔術の形跡をみてメドラウトは興味を抱いた。
「俺を外に出るように誘導した癖、肝心のヴィヴィアをいつになっても紹介してくれないからわざわざ来てやったんだ」
ドヤと憎らしげにメドラウトが言った。
「それは挨拶できずにすみません」
慌ててヴィヴィアが頭を下げた。
「いや、悪いのはこいつだから無用な謝罪はするな」
クリスを指差すメドラウト。
「あのー」
少し遠慮がちに声をかけてくるのはノエルであった。
まだ眠りにつくヴィクター卿の世話をしていたはずだが、話に夢中になり過ぎて彼女がノックしていたのに気づかなかった。
「ヴィクター卿が目を覚まされました」
ようやく言えた彼女のもと、ヴィクター卿の部屋へと向かった。
「本当に申し訳ありません」
護衛を任された身での体たらくにヴィクター卿は謝罪した。
「全くだ。昔俺のことをいつか女に刺されそうとか言っていて自分が刺されるとはな」
呆れ顔のメドラウトに、「お前に謝ったんじゃない」とヴィクター卿は眉間に皺を寄せた。
「よかったわ。ヴィクター卿がこのまま目を覚まさなかったらどうしようと思っていたの。メドラウト様に感謝します」
改めていうヴィヴィアにメドラウトはうんうんとうなずく。
事実だから何も言えないヴィクター卿は改めて頭を下げた。
◆◆◆
狩猟祭の閉会パーティーにて、参加者の順位が公表された。
ホワイトライオンが提出された時に優勝者は決まっていたが、それでも形式としてスコア付はれる。
「優勝者はクリス・ゴーヴァン公爵です!」
拍手と共に登壇へあがる。
国王から表彰されて皆にそれを掲げた。
「私が無事、優勝を得られたのも妻のおかげです。この勝利は妻に捧げます」
わぁ、と歓声があがる。
「ゴーヴァン公爵夫人が羨ましいですわ」
淑女たちの囁き合いの中、恨めしげに見つめる令嬢がいた。
どうしてうまくいかないの!
確かに彼は毒矢を掠って傷を負ったのを見た。
あとは私の能力で彼を洗脳できたはずだ。
今頃は彼の隣にいたのは自分だったのに。
人々の羨望の眼差しを受けながら、パーティーに参加して、明日の閉会パーティーでクリスは自分に獲物を捧げて優勝賞品をベザリーがてにする。
ベザリーこそ公爵夫人ではないかとまで噂されるはずだったのに。
閉会パーティーの最中、人々は帰る支度を始めていた。
「モカ令嬢。館へ送ります」
ガエリエ卿に声をかけられてベザリーはギロッと睨みつけた。
使えない男め!
何度か、クリス・ゴーヴァン公爵に近づく機会を得ようとしたがいつも失敗してしまう。
モリス秘書官とガエリエ卿がもう少し要領よく動ければうまくいくのに。
「モカ令嬢?」
再び声をかけられてベザリーは深呼吸して表情を笑顔に戻した。
「ええ、お願い。疲れてしまったみたい」
「馬車を近くまで呼んでいます。少しばかりご辛抱を」
冷静にならなければいけない。
クリス・ゴーヴァン公爵に近づけない今はガエリエ卿は大事な手駒なのだ。
洗脳はまだ不安定であり、八つ当たりして離れてしまうのは得策ではない。
気が重たいが、今の状況をあのお方に報告して次の指示を確認しなければ。
だいたい予想はつくけどね。
チャリティーイベントが近いから、それを利用した内容だろう。
そこには負傷した兵士や病に苦しむ子供たちが参加している。
彼らを一度に全員治癒して、聖女に相応しい格を見せつけるのだ。
できれば、狩猟祭の賞品を手に入れられたらよかったのだが、仕方ない。
能力を増幅させる方法はあるのだから問題ない。




