23 狩場
狩猟祭は3日かけて行われる。
1日を終えたらほとんどの参加者は野営テントの方へと引き返す。
中には森の中で一夜を過ごし、夜の獲物を狙う者もいるのだが。
クリスがまさにそれであった。
既に2日目の夜を森の奥で過ごすこととなっている。昨日狩った鹿型の魔物、大鳥型の魔物とどれも大物である。既に上位を狙えていたがクリスはまだ満足はしていなかった。
焚火に香りの強い薬袋をくべた。それによりあたりは強い香りで充満している。
人からすれば大した香りではないが、魔術師に作らせた特殊なもので、特定の魔物をおびき寄せることができる。
「ドラゴンをひき寄せられたらいいのだが」
クリスが呟き、それに騎士たちは勘弁してくれと項垂れた。
ドラゴンは騎士団を引き連れて、入念な陣を組み、魔術師の後方支援を得られないと厳しい。
確かに狩猟祭でドラゴンを狩れれば優勝は間違いないのだが、今の準備で相対したくない。
ガサガサと木々が揺れる音がした。
どすんと重量感のある足音、同時に月の明かりに照らされて現れたのは美しい白の毛並み、縞模様を描いている。
ホワイトタイガー。
虎型の魔物である。その鋭い視線に晒されると石化したかのように体が動けなくなる厄介な存在である。
特殊な訓練を受けていた騎士たちは何とか耐性を持っていたが、一般の参加者であれば命を落としていた可能性がある。
「よし」
しばらくクリスは考えて声をあげた。
ホワイトタイガーの毛皮は上質な防寒具になる。秋が過ぎれば寒い季節がくる。ヴィヴィアの暖をとるのに最適だ。狩ってもよさそうだと判断していた。
ホワイトタイガーの俊敏な動き、鋭い牙と爪の攻撃をかわしながらクリスは急所の脊髄を剣で貫き仕留めた。
通常狩る方法は罠を仕掛けるか、毒矢で仕留めるかのどちらだというのに。
しかし、剣でホワイトタイガーを仕留めたということはかなりの得点を狙える。
ヴィヴィアに優勝賞品を贈る為にももうひと狩りはしておきたいな。
明日はどのあたりで何を狩るかは既に頭の中で計画を練っていた。
背後から不穏な気配を察した。
「はぁ」
クリスはまだ木々の暗闇の中に潜んでいる者にため息をついた。
どうせ得点にもならない連中であるが、狩りに支障が出るのは困る。
風が切る音と共に矢が木に刺さる。
同じやり方で仕留めようとしているのか。
妙だと感じた。
過去に失敗したことを今こうして再度行うなど何を狙っているのやら。
クリスは側に控えていた騎士に指示を出して、ばらばらに散った。
しかし、狙いはクリス1人でありクリスに矢は集中する。
刺客は、3人か。
ひとつの方角を目掛けて走り出した。
矢がクリスの頬を掠れる。
チリと焼けるような感触に眉根を顰めた。
毒だ。あの時ほど酷いものではない。
あの事件を嫌でも再現しようとしている。
矢をつがえる男を見つけてクリスは剣で彼の肩を貫く。
「うぐっ」
苦しむ男は騎士の姿をしていたが、見覚えはない。
「『シュバリエ』か」
クリスが吐き捨てると男は反応しない。
肯定にしか見えない。
「何が目的だ」
有無を言わさないクリスの声、下手人は微動だにしなかった。
「そこにいるのは公爵様?」
女の声にクリスはぐにゃりと視界が歪むのを感じた。甘くとろけるような感覚、かつて経験した陶酔感があった。
森の中現れたのは金髪の美しい令嬢、ベザリーだった。
「お怪我をされているではないですか。たいへん!」
ベザリーの言葉に気が向き、下手人は逃げ出していた。
心配そうに近づくベザリーは彼の頬に触れようとした。
「すぐに治してさしあげますわ」
ベザリーはにこりと微笑んだ。
その瞬間、クリスは彼女を突き飛ばした。
口の中が鉄の味と共に痛みが強い。
毒矢にあてられ、ベザリーの声に翻弄されそうな瞬間、クリスは口の奥を噛み切った。
実は狩猟祭が始まるとクリスは口の奥にメドラウトが作った薬を忍ばせた。水の膜で包み込み、奥歯に忍ばせて必要あれば噛み切る。それで薬の成分を取り込めた。
ベザリーの毒を解毒するための薬茶の成分である。
狩猟祭――かつてクリスが死にかけた森。
これは舞台装置だ。
ベザリーが自分を助けた治癒魔術師の少女だったと演出する舞台だ。
嫌な記憶が呼び起こされた。
確か回帰前は、熊型の魔物が森に迷い込んだベザリーを襲ったところを救い出したな。そして怪我を治癒してもらい過去の話をして――
ベザリーの言葉のまま、あの時の少女はベザリーだと誤認させられた。ヴィヴィアだと知っていたのにも関わらず。
回帰前とは多少違う方法で内心焦った。
事前にメドラウトに依頼して良かった。
薬を忍ばせると違和感はあるものの、数日程度なら我慢できる。
「どうして」
自分の術に自信があったのに、あっさり解かれてしまったことにベザリーは困惑していた。
「モカ令嬢、何故このような森の奥へ来ている?」
参加者が宿泊する為に用意された宿営地、そこに応援するために来た貴婦人は最寄りの領主館に客間が用意されていた。ベザリーは領主館で過ごす予定のはずだ。
「私は、公爵様が心配で」
ベザリーは目を潤ませてクリスを見上げた。
はたからみれば、健気な少女と冷たくあしらう男に見えるだろう。
「私がそんなに弱く見えますか?」
クリスは皮肉げに笑った。
世間ではクリスは国を乱す魔物討伐、不穏分子の粛正、国外からの侵略で功績を残した英雄だ。
たかが治癒魔術を使える少女に心配されるほど弱いつもりはない。
「ですが、ここはあなたが危険な目にあった場所です」
ベザリーの口から出るクリスの過去、不届きものの毒矢にあてられて命を落としかけたことを言っている。
確かに治癒魔術師団に集中治療してもらう程の大事だった。
あの時はクリスはまだ12歳と幼かったが、今は違う。自分の身を守ることができるまで成長できた。
「またあの時のように苦しんでいないか心配で、私はっ……あなたは現に怪我をしているではないですか!」
だから治癒魔術で治したいとベザリーは声を上げた。
「あの時のようにあなたが苦しむのをもう見たくないです」
「まるで過去の私を見たかのように語りますね」
ベザリーはクリスをじっと見つめた。
瞬きせずに、涙がこぼれ落ちる。
月明かりの下でみる彼女の姿は健気そのものである。
ここで自分こそはあの時クリスを救った少女と名乗ろうとしていたようだ。
そこからクリスの懐内に入り込んで、少しずつ毒と呪いを盛り込み洗脳を進めていく魂胆だったのだろう。
ここが自分の狩場だと思い込んで、過去の事件を彷彿させる舞台を作った。
だが、クリスはすぐに解毒を行った。さすがに自分の洗脳が効いていないことでベザリーは警戒した。
――あの時の少女はお前ではない。
そう言ってやるのは可能だ。だが、まだ口にしないでおく。
ここで公爵家から逃げられてしまえば、黒幕を引き出すのが面倒臭くなる。
今回の件で掴めそうだが、まだベザリーには退場しないでもらいたい。
「帰りなさい。1人で不安ならガエリエ卿に送ってもらいます」
そば近くまで来たガエリエ卿にクリスは目線を送った。
何か言いたげな彼は黙ってベザリーに手を差し伸べる。ベザリーは唇を噛み締めながら、ガエリエ卿の手を握った。
あとはガエリエ卿がうまく取りなすだろう。
まだ洗脳されているとベザリーは思い込んでいる。
だから、色々とガエリエ卿に愚痴を漏らしてくれたらありがたいな。
「はぁ」
静かになった森の中クリスはため息をつく。
「早くヴィヴィアに会いたい」
翌朝、クリスは狩った獲物を提出した。
採点の為の待機時間は、国王主催のパーティーが開かれる。翌朝の閉会パーティーで、狩猟祭の順位を発表して優勝者を公表することになる。
クリスはパーティーには顔を出さずにそのまま王都の館へ戻った。
ヴィヴィアとお茶を飲んでいるメドラウトがいるのをまだ知らない。




