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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第二部

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22 賢者と雷獣の降臨

 ヴィヴィアはようやくヴィクター卿を思い出して駆け寄った。


「っ! ヴィクター卿」


 腹部にさされた場所から血が流れており、ヴィヴィアはハンカチを取り出して止血を試みる。同時に彼が侵されている毒についての解析を行った。


 知っている毒だわ。でも、これは弱い。

 それより厄介なのは毒を媒介にしている別のもの。


 解毒を試みても、中に入った別のものをとりのぞかないとヴィクター卿を助けることができない。

 ケイトを呼び、治癒魔術師を招聘したいがそのわずかな時間すら彼から離れるのは危険と思った。


 どうすれば。


 この騒ぎでケイトが来ないということは黒づくめの男の仲間が潜んでいるのかもしれない。

 他の使用人たちのことも心配だった。


「集中がぶれている」


 後ろから声をかけられた。


 年上の男の声だ。

 彼の手が伸びて、ヴィヴィアの手に触れた。

 ヴィクター卿の傷を押さえているヴィヴィアの手を。


 その瞬間、視野が一気に広がるのを覚えた。


 ヴィヴィアがとらえていた毒の動き、それに合わせてヴィクター卿の体内、あらゆる血管を通過する黒い靄が見えた。


「まだ心臓に到達していないのが見えるな」

「あれは……」

「考えるよりもあれを押さえつけろ。お前が今捉えている毒を使って」


 言っていることに無理がある。

 だが、確かにあの黒い靄は毒を媒介にヴィクター卿の体内に入り込んだ。ならば、媒介の毒で制御を試みてみよう。


 毒魔術で毒自体を操ることを何度かしたことがある。ヴィヴィアはそれを思い出しながら靄をとらえて包み込む。毒の効能を弱らせて、そのまま腎臓、肝臓に流れ込ませて排泄を促す。


 その流れが完成して、ようやく男はヴィヴィアの手を放した。


「よくやった」


 子供を褒めるかのように頭を撫でる。

 力強くわしゃわしゃと撫でられてヴィヴィアはようやく男を見た。


 目に飛び込んできたのはとびきりの美貌、神がこの世に生み出した宝石と思わせる赤に近い紫の瞳は魔力が強い証である。

 銀色の長い髪を三つ編みにまとめて結んである。

 白をベースにしたローブ姿、フードつきの外套は魔術を専門職にしているとわかった。


「賢者、さま?」


 記憶にあるのは星河祭のパーティーでお披露目された新任のカリバー王立学園長の姿である。


 賢者メドラウト。

 魔術の真髄を極めた大賢者が眠るエムリスの塔に住んでいた魔術師、強い能力を持ち賢者の称号を得た天才である。


 怪しく輝く赤紫の瞳はヴィヴィアを捉えて、うっすらと目を細めた。


「また会えたな。ヴィヴィア」


 何故彼がここにいるのだろうか。


 彼が助けてくれたことに気づいたヴィヴィアは頭を下げた。


「賢者メドラウト様、助けていただき感謝します」


 彼がいなければヴィクター卿を失うところだった。


「お、奥様」


 扉が開かれてケイトがふらふらになりながら部屋へ飛び込んできた。


「ケイト、何があったの?」


「奥様がシシリア嬢と話している間、下がらせていただきましたが、館内に怪しい男たちが侵入してきて……」


 やはり先ほどヴィヴィアの体を押さえつけた黒づくめの男には仲間がいたようだ。


「彼らは怪しい香りをばらまいて、使用人たちが次々と倒れてしまって……私自身も動けなくなっていました。ここにいる賢者様がすぐに治療をしてくださらなければまだ倒れたままでした」


 ケイトはちらりとヴィヴィアの側にいるメドラウトを見た。

 ヴィヴィアは改めてお礼を言う。


「まさか、館の危機をお救いになってくれたなど。何とお礼を申していいか」

「今更だ。すでに謝礼はクリス・ゴーヴァンからもらっているし、これからも要求するつもりだ」


 ちらりとメドラウトは倒れている黒づくめの男と、シシリアの方をみやった。

 彼女の側にあるものに視線を落としている。


「ここに来たおかげで面白いものを見物できた」


 何のことを言っているのだろうかとヴィヴィアが首を傾げるとシシリアの側にあったものがもぞもぞと動き始めた。


 まんまる、黒と金の混ざったけもくじゃらなもの。


 あんなものがあっただろうか。シシリアが持ち込んだのか。


 まんまるのけもくじゃらが動いているうちにしゅぽっと腕らしきものが出てきた。犬の足のように見える。ちらりと見えた肉球が愛らしい。しゅぽぽっと先が金色に輝く黒い尻尾が現れた。最後にぴょこんと二つの三角の耳が出てきて、その姿をみてヴィヴィアは両手を合わせた。


「可愛い!」


 黒の毛並み、ところどころ金色のメッシュ用の毛がみられる。

 どこをどうみても小柄な子犬に見えた。

 極めつけはまんまるの瞳、灰色の瞳であった。


 灰色の瞳といえば、ヴィクター卿も同じ瞳だったと思う。


「これは一体……」

「雷獣だ」


 メドラウトの説明にヴィヴィアは目を丸くする。

 雷獣というのは伝承の中の生き物だったはず。


 どうしてこれがここに。


「この女が持ち込んだ毒と呪いのナイフが、雷獣の能力者であるルネ・ヴィクターの血を吸い込み、そしてお前の加護に触れて具現化してしまったようだ」


 そういいながらメドラウトは雷獣の首根っこを掴み、呪文を唱えた。


 きーきーと怒っている雷獣はそのままへたっと倒れこんだ。


「久々に会ったというのに何て失礼な男だ、メドラウト!」


 雷獣が怒り出すと、何のことはないとメドラウトは説明した。


「今のお前の本体は呪いと毒のナイフだから、一応取り外しておいた方が安全だろう」

「それもそうだが、声をかけるくらいしてもいいだろう」


 雷獣はぶつぶつと呟きながらヴィヴィアの方をみた。


「あの、あなたは」

「おお、ようやく声が届いたか。我が加護を受けし者よ」

「加護って、いったい何ですか?」


 膝の上に乗ってくる雷獣にヴィヴィアは質問した。

 何で喋れるのだろうかと思うが、妖精だからだろう。


「私はお前に加護を与えたのだ。本当なら能力を与えたかったが、既にそこにいるルネがいるし、能力をいくつか持つ女だからやりすぎだと上から叱られる。已む得ずささやかな加護にした」


 雷獣の説明にヴィヴィアは困惑した。


「私が雷獣の加護を……いつ受けたか記憶がありません」

「覚えているはずだろう。お前が回帰した瞬間、ようやく接触できる瞬間を得られて私がお前に向けて雷を落とした」


 まさか、ヴィヴィアが前世を思い出した瞬間にモーガンの屋敷に落ちた雷のことを言っているのだろうか。

 確かに、誰も怪我をしていなくて屋敷も無事で不思議な体験であった。小説の中だしこういうこともあるのだろうとそのまま忘れてしまっていたが、まさかヴィヴィアに加護を与える瞬間だったとは。


「それは……ありがとうございました」


 色々言いたいことを置き去りにしてヴィヴィアは雷獣に頭を下げた。

 それよりも『回帰』という単語にヴィヴィアは首を傾げた。

 回帰というのは過去に戻れたことを言う。クリスのような。


「あの、たいへん申し訳ありませんが、私は回帰していなくて」


 何と説明すればいいのだろう。


「私は、別世界で、この世界のことを小説として読んでいた者で……ヴィヴィアに転生しただけにすぎません」


 その言葉に雷獣はメドラウトの方を振り向いた。


「ヴィヴィアはそう思っているらしいな」


 メドラウトの言葉に雷獣はガクリとうなだれた。


「あの、回帰という単語を使ったということは雷獣様は前の世界の出来事を知っているということですか」


 ヴィヴィアの質問に雷獣はこくりと頷いた。目を細めて未だに倒れるヴィクター卿の方をみる。


「ああ、回帰前の記憶を持つ者はいる。私と、大賢者だ。後、女神」


 クリス以外にも前の世界の記憶を持つ者がいるとは予想外であった。


「私は妖精……昔と違い人の世界との繋がりは持てない。エムリスの塔で眠りにつく大賢者も同じく……だから、賢者メドラウトを人間社会に派遣することとなったのだ。こいつを派遣するのには苦労したがクリスが丁度良く送り付けた患者に興味を持ってくれて良かった」


 小説でも、クリスの回帰前も、カリバー王立学園の新学園長として登場するのは神官であった。

 賢者メドラウトではない。

 急に彼が立候補することで神官の名が霞み、即決されてしまった。


 それにしても賢者メドラウトが興味を引く患者とはクリスは誰を送ったのだろうか。


「ロズモンドのはなたれがヒ素漬けにした女だ」


 何と元ロズモンド男爵夫人だった。

 そう言えばメドラウトが以前言っていたことを思い出す。


「彼女は、大丈夫ですか?」

「ああ、元気になり今は俺の秘書として働いている」


 何とカリバー王立学園長の秘書をしているとは驚きだ。色々聞きたいことがありながらもヴィヴィアは雷獣の加護も気になり出した。


「どうして雷獣様は私に加護を与えてくださったのですか?」


 雷獣は雨の女神のいとし子、妖精であり幻獣であり精霊であり、ヴィヴィアにとっては雲の上の存在だ。

 そんな方が自分などに加護を与えるなど想像できない。


「それが私の能力者の願いだったからな」

「雷獣様の能力者の願い」


 反芻したヴィヴィアはすぐにヴィクター卿の方をみた。


「こやつに回帰前の記憶はない。だが、あの日……愚かにも魔女の手に落ちたクリス・ゴーヴァンに討ち取られたルネ・ヴィクターは息が切れる前に願った」


 雷獣よ。俺のことはもういいから。

 どうか、奥様を守って欲しい。


「しかし、私は人間の世界に姿を現すこともできない。能力を与える者を一から作り上げる時間もなく、お前はあっけなく命を落としてしまった。それからは後悔の日々だった……だが、正気に戻ったクリス・ゴーヴァンが竜杯に願ったおかげで私は回帰の波に乗れてこうしてお前たちが生きていた世界に戻れた」


 まさか、自分の為に雷獣も手を尽くしてくれていたとは。


 小説の中で命を落としたヴィクター卿が最期に願ったことがヴィヴィアのことだったとは。


「んで、回帰後に私が僅かに接触する隙間ができて祝いとしてお前の頭上にずどんと一発お見舞いしてやったのさ」


 えへんと嬉しそうに語る雷獣の言葉にヴィヴィアは苦笑いした。


「下手したら私、死んでいましたよ」


 もしくは狂人になっていたかもしれない。


「何を言う。お前は2人の竜杯の担い手に愛され求められた唯一の女性だ。私の加護を受け取れて当然だ」


 2人の竜杯の担い手?

 一人はクリスだろうが、もう一人は……。

 とくんとお腹の中が動き始めた。


 もしかして、ノエル?


「あの、奥様」


 恐れ多いとケイトは声をかけた。


「この状態のまま話を続けるのはどうかと思います。シシリア嬢や侵入者のこともあり、館でまだ倒れている者もいます」

「そうね。まずは彼らのことをなんとかしないと」


 倒れている使用人たちを床に寝かせるままにしてはいけない。

 メドラウトが既に館中に充満していた毒の香りは除去してくれたようだ。簡単な応急処置もしてくれたという。

 医者を手配して、彼らの救護をして、シシリア・侵入者たちを捕縛して今後のことを考えないといけない。

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