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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第二部

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21 毒のナイフ


 シシリアの言葉にヴィヴィアは頭を抱えた。

 ルフェル子爵家が没落した一番の問題を知らなかったと通し、無罪になろうという神経が理解できなかった。


「あなたは、あの集落に毒が投げ込まれたことを知らなかったの?」

「ええ、もちろんよ」


 シシリアがそういうならそうなのかもしれない。


「あの集落付近で死んだ使用人の子供がいたでしょう。あなたが大層可愛がっている子で……」


 記憶の中、思い出したくもない出来事を思い出した。


 シシリアのお気に入りの少年がことさらヴィヴィアに嫌がらせをしていた。

 ヴィヴィアの頭目掛けて固めた泥団子を投げつけたり、二階からヴィヴィアに泥水をかけたり。

 その度にシシリアの無邪気な笑い声と、彼女から駄賃を与えられて喜ぶ少年がいた。


 シシリアを崇拝していた少年は悩むことなく、与えられた仕事をこなした。

 それが毒だとわかっていたかはわからないが、彼は辺境集落にそれを投げ入れた。

 そして口封じに消された。


 命を落とした少年の右手には何が握られていたか。

 今までにないほど高価な金貨だっただろうか。いや、違う。


 クリスから聞かされた情報から少年のことをすぐに思い出した。


 シシリアもきっとすぐに思い出すだろう。


 ヴィヴィアはそのままを彼女に伝えた。


「あの子は白百合の刺繍が施されたタッセルを握っていたわ」


 当時、シシリアはある男の為にタッセルを作っていた。

 ヴィヴィアの見合い相手の貴族令息で、家紋が白百合だった。

 ヴィヴィアから奪う為、ヴィヴィアを落とし入れる為に健気な令嬢と演出するために作ったもの。


 シシリア自身、タッセル作りに励み、失敗作を少年に投げ与えた。

 そんなものでも少年は大事なお守りとして持っていた。


 殺される寸前もシシリアのタッセルに願いすがっただろう。


「タッセル? 何のことかしら」


 シシリアは首を傾げた。何度か考え込み思い出したようで、突然笑い出した。


「ああ、あの失敗作を確かに召使にあげたわね。大事にしますとか言って笑っちゃうわ。それでも機嫌良く私の憂さ晴らしに協力してくれて」

「あの少年が、集落に毒を投げ込んだのよ。そしてお父様が少年を殺した」


 少年の体を取り調べるとわずかに魔力痕があり、それを調べるとルフェル子爵のものだと判明した。

 ルフェル子爵自ら手を下すとは思わなかったが、過去の失敗、ケイトのこともあり外に漏らさないように自分で処分したのだろう。


「あなたは少しでも何かを感じない? 殺された少年のこと、それに集落で苦しみ亡くなった人たちのことを」


 仮に手を下したのがシシリアではなくても、自分が聖女と呼ばれる為に亡くなった人たちがいると知れば罪悪感は感じないだろうか。

 もし、シシリアが彼らに対して申し訳ないと思うようなら彼女の処分を見直すように口添えしようと思う。


 私のことはもういい。それよりも亡くなられたことを想ってくれれば……


「感じる、て何を?」


 シシリアはきょとんと首を傾げた。


「何て、罪悪感とか、せめて気の毒とか」


 ここまで具体的に言われて、シシリアは手を口に当てて笑った。


「罪悪感? どうして? 毒を投げ込んだり命じたのは私がやったことじゃないわ。お父様よ」


 確かにそうなんだけど。


 何と言えば伝わるのかヴィヴィアは必死に考える。


「気の毒? どうして? 私の役に立てたのだからむしろ光栄なはず。私を聖女にする為には必要なことだもの」


 シシリアの言葉が信じられなかった。


「あなた何を言っているの?」


 ヴィヴィアの声が震えた。

 罪悪感はなくても命を落とした者、必要ない苦しみを受けた者を気の毒に感じられないのだろうか。


「だって、私は治癒魔術がこんなに優れているのよ! 聖教にもお墨付きを得た能力者! 聖女になるべくして生まれた者よ。お姉様みたいな無能とは違い!」


 叫びながらシシリアはヴィヴィアを睨みつけた。今の状況にだんだん腹が立ってきたのだろう。


「ゴーヴァン公爵夫人だって本当は私がなるべきなのに、何でお姉様が! お姉様みたいな醜い無能者が!」


 そこまでの言葉を聞いてヴィヴィアはため息をついた。


「ヴィクター卿、彼女を憲兵へ引き渡してちょうだい」

「はい」


 シシリアが何か叫ぶが、ヴィヴィアは頭が痛いと抱え込んだ。


「わかったわ。一応、裁判をやり直してもらうように掛け合って弁護士を用意するわ。聖女偽造事件に関しては弁護してもらうようにいうわ」

「ふん、はじめからそうすればいいのよ」

「ただし、他の件は知らないわ」


 ヴィヴィアの言葉にシシリアは首を傾げた。他に何かあったか。


「あなたが、お茶会で追い詰めた令嬢たちがいたでしょう。彼女たちのご実家からあなたを名誉毀損で訴えたいと私に相談の手紙が来ているの」


 どれも一見田舎貴族に見えるが、この国を長く支えている名族ばかりである。


 シシリアに熱いお湯をかけられて火傷し、さらにシシリアから火傷痕を嘲笑され社交場に恐怖を抱いた令嬢。

 婚約者にあることないこと吹き込まれて不名誉な婚約破棄をされた令嬢。

 シシリアにアレルギーになるものを無理に食べさせられて命を落とした令嬢。ナッツ菓子事件の後にも同じことを起こしていたなんて呆れてしまう。


 こういった内容が5件である。


 結局、聖女偽造事件の責任から逃れても、貴族令嬢の名誉を、命を奪い傷つけた罪で修道院入りは免れないだろう。

 賠償金を払られば修道院入りは免れるかもしれないが、ルフェル子爵家はもう存在しない。

 ヴィヴィア自身がシシリアにそこまでする義理はない。


「これはあなた自身で何とかしてちょうだい」


 シシリアは顔を真っ赤にして叫んだ。


 ゴト


 扉が閉まる音でない。何かが落ちた音にヴィヴィアは顔を上げた。


 ヴィクター卿がシシリアの足元で倒れていた。


「ヴィクター卿?」


 ヴィクター卿は必死に声を出す。

 起き上がれずうまく声を発せられなくてもヴィヴィアに必死に伝えた。


 逃げて。


 立ち尽くすシシリアが手に持っていたなのは小さなナイフだった。

 ナイフには血が付着していて、それが何を刺したかを知ったヴィヴィアは悲鳴をあげた。


 シシリアがヴィクター卿を刺したのだ。


 ヴィクター卿程の騎士がナイフで刺された程度で崩れるはずがない。


 即効性の毒が盛られているのだろう。


 早く助けなければ。


 ヴィクター卿に近づこうとしたが、シシリアが冷たい表情でヴィヴィアを睨んだ。


「どうしてよ」


 口から出る恨み言。


「本当なら私が公爵夫人になるべきなのに……何でよ。何であんたが……」


 ぶつぶつと呟きヴィヴィアに近づく。


 ヴィヴィアは思わず後ずさった。

 逃げようとしても入り口はシシリアがいて、何とか距離を置いて撒くことを考えたが後ろから押さえつける力がありヴィヴィアは驚いた。


 いつのまにか窓が開いていた。侵入してきた黒ずくめの男がいて、ヴィヴィアが逃げられないように押さえ込んだ。

 じりじりと近づくシシリアにヴィヴィアは恐怖を覚えた。


「許さない、あんたが公爵夫人で跡取りまで産むなんて。許さない!」


 シシリアはナイフをかざし、ヴィヴィアに狙いを定める。正確にはヴィヴィアの腹を。


 まさか、やめて。


 ヴィヴィアが口を開く前にシシリアはナイフを持つ手を動かした。


 やめて!


 腹の子には手を出さないで。


 バチッ


 体の中で電気が走るような音がした。


 その瞬間、あたりが白く光った。強い電撃音と共に、強い衝撃がシシリアと黒づくめの男を襲った。


 2人ともその場に崩れ落ちて、動く気配が見当たらない。周りに危害を加える者がいないのを確認してヴィヴィアはへたりと膝を崩した。


 少しお腹の刺激を感じた。

 お腹の中にいる胎児が活発に動き始めたのだ。


 ヴィヴィアは優しくお腹を撫でた。


「大丈夫よ、大丈夫」


 何度もそういうとお腹の刺激は少しずつ減っていった。

 まだお腹はそんなに大きくなってないはずなのに元気な子だ。


 

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