20 招かざる客
時計の針は狩猟祭が始まった時間を示していた。
身重の体で万が一を考えてパーティー参加も控えていたが、無理でも参加すべきだったかもしれない。
クリスが遠くで危険な場所へ行ってしまい不安であった。そもそも自分がお守りを作るなど言わなければよかった。
頭では自分だけの体ではなくなった為胎内の命を考えなければいけないとわかっている。
だが、どうしても近くで無事を祈れない身がもどかしかった。
「大丈夫ですよ」
安心させるようにヴィクター卿が声をかける。
「閣下は歴戦の将です。あの森の獣程度なんとでもなります」
「そうね。でも、政敵も堂々と武器を持てる場でしょう」
昔のことを思い出す。
クリスは12歳の幼さで参加して、暗殺者の毒矢で命を失いかけた。
「閣下はあの頃よりもうんと強くなっていますよ。何より奥様のお守りがあります」
ヴィクター卿の言葉にヴィヴィアはクスッと笑った。
「そういえば、ずっと忘れていたけどあの時クリスの側にいた少年はあなただったのよね?」
毒矢にあたり倒れた12歳のクリスを必死に守ろうとした少年、確かに面差しがある。
初対面で懐かしい感じがしたのは気のせいではなかった。
「そうですよ。忘れてしまうなど悲しくて仕方ありませんでした」
「どうして言ってくれなかったの?」
「やはり思い出すのは閣下をきっかけでなければと思いました」
だが、それでややこしい夫婦関係が続いてしまったとヴィクター卿は反省した。
「私を見つけ出したのはあなたと聞いたわ」
ヴィクター卿の能力について少しだけ興味が湧いた。
「ええ、俺の能力は雷獣ですから」
貴族や騎士の間で持つ能力は、魔術系統が多いがクリスのように抽象的な伝承を軸に名付けられたものも存在する。
クリスは太陽の手、太陽の恵みを大地や動植物に振り分けることができ、灼熱の炎を武器に移し攻撃をすることもできた。
ヴィクター卿の言う雷獣は伝説の妖精からきた能力と考えられる。
雷獣。雷雨の中現れる獣であり、雷に直撃した人間は発狂するか、その雷獣の能力を与えられる。
気まぐれな妖精、雨の女神の愛子。
「そうです。俺は2歳の頃、家族とピクニックしていたら雷が直撃してきました。幸い無傷で目立った発狂もせず、雷獣の能力を得てそのままゴーヴァン公爵家にスカウトされて閣下の学友の1人になりました」
ヴィクター卿は笑顔で身の上話をした。
「雷に直撃……」
あの伝承は本当だったのね。
「雷に打たれたせいで少し頭のネジが飛んでいると閣下と先生には言われて、おかげで多少大目に見てもらっていました」
そういえばたまに突拍子ない行動に出ることがあったような。
ヴィヴィアの確認をとらずにロズモンド孤児院の倉庫入り口を破壊したり、ローザ院長を攻撃したりしていたのを思い出した。
結果的に助かったからいいけど。
「私を探し出せたのは雷獣のおかげ?」
「ええ。ほんの少しですが、俺は魔力を匂いで感知できます。雷獣の感覚を得たみたいで、遠征に戻るたびに奥様の魔力の匂いを探していました」
毒魔術の鑑定を受けた後はヴィヴィアは外出を禁じられていた。
そして、クリスとヴィクター卿が遠征から戻っていた時はヴィヴィアは外出を控えている時期だった。その為、ヴィヴィアが助けた者たちだけを拾う日々になっていたようだ。
「奥様の居場所は把握できたのでどうにか接触をはかろうとしても急遽討伐の命令が出されて思うようにいかず、いっそ誘拐を考えているところで閣下が今までにない程の功績をあげました。しばらくは遠征の必要がなくなり奥様を準備を始めましたよ」
つらつらと語られる中、誘拐という単語が聞こえて反応に困った。
「奥様が公爵家に来てから、雰囲気が違って驚きました。私のことも忘れていましたし」
「それは」
「それだけご実家にいた時苦労されたということでしょう」
否定はできない。
使用人にすら見下されて、食べることにも苦労した日々を思い出す。
家族からの罵倒を受け、折檻を受けて、しまいには兄に暴行を受けた。
思えばあの日々の中で全てがプツッと切れたように忘れてしまっていた。クリスに出会った日のことも。
「だから嬉しかった。奥様がノートンに行くといい、子供のために動く姿は間違いなくあの時の少女だったと」
ヴィクター卿の笑顔が眩しかった。
「あんなに治癒魔術と豪語していたのに、実際違ってました」
「なんとなく理解していました。同じ魔術を持つ男には会ったことあるので、その類だろうと」
私と同じ魔術を、毒魔術を持つ人間。
「それは誰です?」
「奥様も会ったと伺っていますが」
誰?と言う前にヴィクター卿は表情をこわばらせた。
何か、あったのだろうか。
ヴィクター卿は静かにと人差し指を立てた。
ヴィヴィアとそばにいたケイト、シオンとノエルは緊張する。
コンコン
扉を開くと従僕が控えていた。
「何の用です?」
「奥様にお客様が来ています」
私に客?
今日は誰か来る予定はないはずだ。
エレノアも狩猟祭に行っている。
「お姉様!」
聞き覚えのある声。
金髪の長い髪と記憶していたが、肩まで短く切り揃えられて声を聞かなければ誰かすぐに気付かなかった。
お古の平民用のドレスを着て、それを必死に隠すように黒の外套を羽織っている。
痩せた頬、肌色はよくなかったがそれすら可憐にうつるのは彼女が天性の美貌を持っていたからだろう。
誰もが羨む理想の令嬢、シシリア・ルフェル。
ヴィヴィアの妹だ。
「あなた、何でここに」
確か、辺境の修道院へ移送されたはずだ。
「予約なしの訪問者をここまで通す従僕がいるなど」
ヴィクター卿は呆れて、今にも部屋に入りヴィヴィアに近づこうとしたシシリアを牽制した。
「無礼じゃないの! 私は公爵夫人の唯一の妹なのよ」
シシリアは顔を真っ赤にして言った。
「ええ、奥様を搾取子にしたルフェル子爵家の令嬢ですね。確か、聖女偽造事件を引き起こした」
「それは誤解よ! だって私は知らなかったの。お父様がそんな恐ろしいことをしていたなんて」
シシリアはわっと泣き出した。
それにヴィクター卿は白白しいと吐き捨てた。
「何をしている」
ヴィクター卿はシシリアの可憐さに目もくれず従僕に視線をやる。おおかたシシリアにほだされてここまで案内したのだろう。
「すぐに憲兵を呼んでこい」
シシリアがここにいるということは移送から逃げ出したということ。裁判で決められた罰から逃れるのは重罪だ。
「いや、お姉様。助けて!」
「待って」
ヴィヴィアはヴィクター卿を呼び止めた。
「どちらにせよ憲兵に引き渡すのよ。呼ぶのは彼女の話を聞いてからにしましょう」
仮にも妹である。
彼女の言い分は聞いてから判断しても遅くはないはずだ。
ここで彼女と別れたままならば今後何度かヴィヴィアは彼女のことを気にしてしまう可能性があった。
ようは自分のためである。
ヴィヴィアに言われてお茶の準備をするケイトは警戒の眼差しでシシリアを見ていた。
「あの怖い騎士を追い出してよ」
ヴィクター卿がいると落ち着かないようでシシリアは彼を追い出そうとしたが、ヴィヴィアは拒否した。
「彼は私の護衛騎士で、何があろうが私の側にいるように公爵閣下に命じられているの。あまり我儘を言うなら私はあなたの話を聞かずに憲兵へ引き渡すわ」
そこまで言われたらシシリアは引き下がった。不機嫌な表情は隠さないが。
これでもヴィヴィアは譲歩しているつもりだ。
お茶の配膳を終えたらケイトたちには退出してもらった。部屋にはヴィヴィア、ヴィクター卿、シシリアの3人だけになる。
「シシリア、ここに来た理由を聞かせてちょうだい」
「お姉様に助けて欲しくて来ました」
予想していた言葉にヴィヴィアはため息をついた。
「私に何ができるの。既に裁判で決まったことを覆せないわ」
「お姉様が私の無罪を主張すれば良いのよ。例えば、私もお姉様みたいに家族内で虐待されていたとか……そうしたら私も同情されるわ!」
その言葉を聞いてヴィヴィアは眉を顰めた。
一緒になりヴィヴィアの虐待に手を貸していたくせに。
シシリアに濡れ衣を着せられて鞭打ちを受けたのは数えたらきりがない。シシリアの言いつけで、メイドから汚物を口に入れられたこともある。
父母兄からは大事に育てられ、ドレスも装飾品も何もかも思いのまま買ってもらい、毎日蝶や花と褒められていたではないか。
ヴィヴィアのことをあしざまにいい、自分が褒められる位置にいようとして。
それなのに、自分も虐待を受けたということにしろと言うのはどういう神経だろう。
「あと、仕方なく聖女のふりをせざるを得なかったと供述してくれるといいわ」
何ごともないかのように語るシシリアの笑顔は無邪気なものだった。




