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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第二部

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18 黒の貴婦人

 公爵家での仕事にも慣れてきたベザリーはいつも通りの時間に学園へと出発した。


「馬車の準備は大丈夫です。今日は歩いて行きたい気分なの」


 事前にメイドに伝えて、屋敷を出た。

 貴族の館が並ぶ通りには馬車は少ない。

 貴族は馬車移動の為、まだ朝の身支度をしている最中かまだまだ夢の中なのだろう。


 暑い夏が終わりを告げたように朝方はひんやりとした空気を感じられた。

 まだコートは不用だが、夏服から長袖に衣替えをしている頃合いだ。


 ベザリーの目の前に馬車が止まる。

 一見辻馬車のように見えるが、御者の表情がない。痩せた老人の蒼い目がぎょろとベザリーを見つめいた。


 ベザリーは目を細め、その馬車に乗った。


「公爵家のメイドたちは手懐けてあるのにまだクリス・ゴーヴァンには手が出せていないの?」


 馬車の中、椅子に腰をかける前にすでに座っていた女性が声をかけた。

 ベザリーへの呆れが聞き取れた。


 既にいくつもの社交界を渡り歩いた貴婦人といった雰囲気を醸し出している。

 着ているドレスも色合いは薄暗く地味なものを選んでいるが高級品であるのがすぐにわかる。


 彼女は顔を見せるのも拒否するかのように扇で顔を隠していた。扇がなくともベールで見えない。


「申し訳ありません。夫人の妊娠で過敏になっているのか隙をみせてくれません」


 ベザリーは頭を下げて謝った。


「学園での計画も思うようにいかないし」


 仕方ないではないか。


 口にださないが、ベザリーは内心腹立たしく感じた。学園内の活動を控えるように指示したのはこの女だ。


 女もわかっているように別の存在に怒りを向けた。


「これも何もかもメドラウトが来たせいだわ」


 女は忌々しげに賢者の名を出す。


「何で俗世をたっていたあの男が出てきたのよ。今頃はあなたを導く神学者を手配してあなたは数々の功績を残すシナリオだったのに」

「いっそ、メドラウト様をとりいるのはどうでしょう」


 女はベザリーの意見に首を横に振った。


「無理よ。あの男は仮にも賢者。私たちの小細工などすぐに見破るわ」


 おかげでベザリーが使う手口は限られた。

 学園内ではメドラウトにばれないように洗脳するには限界があった。

 何とか軽い噂を流して自分に有利な方へ進めていこうとしたがこれもなかなかうまくいかない。


 できればシャルコット公爵家令嬢も洗脳できればよかった。

 しかし、予想外に彼女はベザリーに厳しかった。

 ヴィヴィアの話題を餌に馬車に連れ込もうとしても彼女は警戒していた。


 ――何であんな大した能力もない令嬢に私がこけにされなければならないの。


 洗脳さえ、能力さえうまく使えたらこんな苛立ちをせずにすんだのに。


 何故クリスは治癒魔術が優れた私ではなく、無能力者のヴィヴィアに目を向けるの。

 どうしてシャルコット公爵令嬢は優れた後輩の私ではなく、ヴィヴィアを友達として大事にしようとするの。


 ――私の方がすごいのに!


 内心苛立つベザリーをみながら女は再度自分に注意を向けるために咳払いした。


「モリス秘書官、メイドたちを自由にできてもクリスに接触できなければ意味がない」


 モリス秘書官の補助事務の話がきてベザリーはすぐに飛びついたというのにいまだに成果があげられない。

 ベザリーも貴婦人も苛立っていた。


「もうすぐ狩猟祭です」


 貴婦人はつぶやいた。

 同時に今年の開催場所も。


 ――エデンの森。


 クリスが昔毒矢にあてられて命を落としかけた場所である。


「そこであなたは彼を救った少女と名乗りなさい」


 似たシチュエーションでクリスを治癒して距離を近づく計画である。


「必要な道具、薬は全て準備しておきなさい」


 予算に躊躇せずに。


「あの時の少女がどこの誰かわかれば一番よかったのだけど」


 はじめはシシリア・ルフェルがクリスを救った少女だと目をつけていたが、クリスは彼女に全く興味を示さなかった。

 負傷した騎士の見舞いにきたときにシシリアと出会うセッティングをしたが全く反応しなかった。

 何も知らないシシリアはクリス・ゴーヴァンにお近づきになろうと必死に着飾ってアピールしていたが、クリスは嫌悪感すら感じていたように思える。


 その時のことを思い出してベザリーはくすりと笑った。その負傷した騎士が収容された治療施設には彼女も奉仕活動で従事していたのだ。

 クリスに相手にされないシシリアはとてもこっけいだった。


「大丈夫よ。あなたの能力さえあれば何とでもなるはずよ」


 ベザリーはクリスを救った治癒魔術の少女は偽装することができる。

 ベザリーの能力は治癒魔術以外に呪いがある。呪いは誘惑や認知障害を引き起こすことができた。

 薬とうまく配合できればさらに効率が良かった。

 この能力に気づいた貴婦人はベザリーに近づき、あらゆる暗躍に彼女を利用した。


「いいこと。あなたの目的はゴーヴァン公爵家を牛耳り、ゴーヴァン公爵家の竜杯を手に入れること……」

「わかっております。必ずや」


 ベザリーは改めて頭を下げた。


 気づけば馬車は学園の近くまで到着していた。

 賢者メドラウトへの警戒の為に馬車は中には入らない。

 ここでベザリーを下ろすとのことだった。


「いいこと。竜杯を手に入れることができ、うまくクリスを儀式に誘導し竜杯の力を発動できれば私たちの願いは叶えられる。あなたの願いもね」


 ベザリーはこくりと頷いた。


 ◆◆◆


 それから1週間が経過した。

 狩猟祭当日早朝。

 武装したクリスは騎士団を配列して祭への参加に意気込んでいた。


 ヴィヴィアは大事をとり館でお留守番となる。お腹が大きくなっていくのを感じられるし、安全地帯で待機するといっても狩猟場には獰猛な獣、魔物が潜んでいる。


 その為、お守りを渡す機会は今だけだ。


「ご武運を」


 ヴィヴィアは完成させたブレスレットの編み物をクリスの腕につけた。


 クリスは嬉しそうにそれに口づけをする。


「あなたの為に勝利を持ち帰ります」


 クリスは誓いの言葉を掲げた。馬に乗り、騎士団と共に狩猟祭の会場へと走った。その後ろをヴィヴィアはただ見つめた。


「さぁ、奥様。早朝はお体に触ります」


 部屋で温かいものを飲みましょうとケイトはほほ笑んだ。

 館の出入り口、石段を上がる際にヴィクター卿が手を差し伸べる。

 ヴィヴィアの護衛の為に彼が残ってくれていたのだ。


「あなたも参加すればよかったのに」


 ヴィヴィアがそういえばヴィクター卿はにかっと笑った。


「狩猟祭よりも奥様が大事ですからね」


 思わず笑いそうになる。そうだとヴィヴィアは思い出して、懐からもうひとつのブレスレットを取り出した。


「これはあなた用……狩猟祭に参加するかもと思って作っていました。役には立たないかもしれませんが」

「とんでもない。無事お勤めを果たし、閣下のお叱りを受けずにすむための大事なお守りです」


 冗談ぼかしに言う彼にヴィヴィアはふふっと笑った。


「私よりクリスのことが心配だわ」

「大丈夫ですよ。王室が手配した狩猟場の森程度閣下の敵ではありません」

「彼女も行ったのよね」


 馬車利用の予約について把握してある。

 ベザリーもメイドを伴い狩猟祭へ出かけたそうだ。

 表向きは狩猟祭に参加している学友がいるから。

 おそらくは狙いはクリスであろう。


 確か小説内でベザリーはクリスの怪我を治癒して、昔救った少女であると強調していた。クリスの疑問は確信に変わる。きっとそのイベントを利用してクリスとの距離を近づけようとするだろう。


「閣下はあの女からの贈り物は決して口にしませんし、身に着けたりなどしません」


 それでもなお心配そうなヴィヴィアにヴィクター卿はブレスレットをみせた。


「閣下にはお守りがあります」


 大丈夫。


 ヴィヴィアは頷いて祈った。

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