17 ヴィーとエリー
「あのモカ令嬢はどうなのかしら」
客人からの質問にヴィヴィアは手をとめた。
「どう、……とは」
編み物の本を読みながら、作品を作るメガネの令嬢はエレノア・シャルコット。午前の授業を終わらせて、そのままヴィヴィアの元へやってきた。
目的は狩猟祭に向けて制作中のお守りである。
ヴィヴィアも制作していると聞きつけエレノアも一緒に作りたいと言ったのがはじまりだ。
エレノアはうーんと悩みつつ口にした。
「何というか、公爵家に雇われている身で妙に厚かましいというか」
――ここに来る前にエレノアはベザリーに呼び止められた。
「エレノア様でしょうか?」
エレノアが振り向くとベザリーは笑顔で挨拶した。
「私はベザリー・モカと言います。ゴーヴァン公爵家の奨学生で午後は事務員の仕事をしています」
「そうなの。それで私に何かご用?」
「本日エレノア様がゴーヴァン公爵家へ来られると伺い私が案内しようと思います」
わざわざ馬車を借りてきたから是非にと言ってくる。
「悪いけど、馬車は用意してあるの」
「それが……私、エレノア様に相談したいことがあります。夫人のことで」
ベザリーはヒソッと耳打ちした。
「夫人がここ最近情緒不安定のようで、一部のメイドに厳しく、私にも冷たいの。どう接したらいいか悩んでいます」
「ふぅん、それはあなたの事務の仕事に支障があるの?」
突然の問いにベザリーは焦った。
「あ、はい」
「それなら私にではなく上司に相談しなさい。後、あなた」
メガネをかけていてもエレノアの眼光は厳しいものだった。
「雇われている身で他家に女主人のマイナスになりかねない情報を伝えるものじゃないわ。あなた自身の品性に関わるからやめなさい」
思ったより早めに線を敷かれてベザリーはたじろぐ。すぐに視線を逸らして言った。
「私、夫人のことが心配で……」
悲しげに俯いたベザリーにエレノアは呆れたようにため息をついた。
今この場面を見た学生がいれば、エレノアがベザリーを厳しく詰めているように見えるだろう。
それを狙っているかもしれないが、どうでもいい。
「あなたの仕事は夫人の世話ではなく事務仕事でしょう? 多分モリス秘書官の補助。まずは仕事を優先しなさい。夫人のことで心配ならモリス秘書官に言いなさい」
エレノアはそう言い放ち、ベザリーから離れた。――
内容を聞いてヴィヴィアは困惑した。
おそらくエレノアにヴィヴィアの悪い情報を流し、あわよくば洗脳しようとしたのだろう。
学園だと賢者メドラウトが気づくかもしれない。
何とか馬車に押し入れて、自分の意のままにしようとしたのかもしれない。
「エリー……もし、ベザリー嬢に何かもらったなら」
「え? もらうわけないでしょう」
もらったとしても、初対面であのようにぐいぐいくる無礼者は送り返すとまで言った。
「もしかしたらあんな調子で学生にあなたのこと話しているかもしれないわ」
エレノアの予想にヴィヴィアは確かにと頷いた。
「噂を流す連中を見かけたら釘をさしておくわ」
「ありがとうございます」
すっかりエレノアは頼れるお姉さんのような存在だ。
「それで、ここがわからないんだけど」
エレノアは本を見せてヴィヴィアに質問した。
ヴィヴィアは傍にあるもう一つの編み物に手をかけて説明した。
「あー、なるほどね。できるのかな」
「何度か練習しましょう」
細かい作業が苦手なエレノアはヴィヴィアに頼りながら編み物を続けていく。
ヴィヴィアに作らせることはせずに自分で完成させたいというのだ。
編み物はヴィヴィアと同じく狩猟祭のお守り。
相手はリチャード王太子だろう。
「私が手伝ってもよかったの?」
「何でそんな事をいうの? 私が頼れるのはヴィーだけよ」
ヴィーというのはエレノアが考えたヴィヴィアの愛称だ。代わりにエレノアのことはエリーと呼ぶことになった。
妊娠が判明してから色々と気遣う手紙が続いて何度か交流するうちにくだけた関係になった。
「いえ、ただエリーが作っているのは殿下の為でしょう? 夫と殿下は不仲で」
「あ、あれは嘘よ」
……嘘?
ヴィヴィアはすぐには理解できなかった。
「正確には、クリスに警戒しているのは王妃で殿下はそれに巻き込まれた形。確かに仲悪かった時期はあるわ。でも、いつだったか……お互い衝突しているうちに和解しているの。不仲な話は王妃のことがあるし、そうした方が何かと不穏分子の貴族を見つけやすくて便利だからそういうことにしていたのよ」
それは今まで知らない情報だった。
今後の活動にも関わりがあるから一度王家については話し合わなければ。
それにしても。
エレノアは婚約者のリチャード王太子と関係が良好なのは本当のようだ。
一番気をつけなければならないのはリチャード王太子ではなく王妃だった。
「でもエリーが私と親しくしたら王妃は何か言うのでは?」
「王妃は私のこと嫌っているから大丈夫よ」
そんなことをあっさり言われてヴィヴィアは反応に困った。
「王妃は美しく、慎ましく、殿下を支える妃を望んでいたの。私のメガネはここまで改良するまでは瓶の底みたいに分厚かったの」
エレノアは自分のメガネを示した。
確かにこの世界の技術にしては日本のものに近いような気がする。
「王妃から直接言われたわ。こんな視力が低い、野暮ったいメガネが必要な令嬢を妃にするなんて嫌だと。私は王太子候補から辞退しようとした」
でも、それを必死にとめたのはリチャード王太子だった。
「私以外と結婚する気はない。私が辞退するなら王位は弟に譲るとまで言ったの」
だいぶ編み方がわかってきたのかエレノアは王太子にあげる分に手を移した。
「王妃から守るから、殿下の側にいて欲しいとまで言ってくれて……それなら誰がみても文句を言われない妃になってやるとお妃教育に本腰をいれたわ。たまに息抜きに殿下が色んな場所へ連れて行ってくれてね」
海に浮かぶ赤い夕日が美しかったのをエレノアは思い出した。その時の美しさは光の反射ではと考えて研究所に通わせてもらった。
研究所に行った時にエレノアは光学の分野を知り、自分の瞳にもそれが応用できないかと考えた。
「私の能力は光軸、私がレンズと認識したものを変化させることができた。私は自分の目の中にレンズがあると認識して、一時的に視力をあげることができるの」
ただしデメリットは存在する。
「無機質なら問題ないけど、生体だと目の周辺の筋肉や骨が耐えきれなくなるから長時間は無理なの。必要な行事中に字を読むときだけにとどめて後は裸眼で何とかできるわ」
どうせ王妃が気にしているのは社交界、公的行事の時の姿だ。
「メガネを改良することに成功して、王太后の老眼メガネも作って、それが王太后と国王陛下に認められてカリバー王立学園への推薦がとれたの」
国王とその生母に認められたことでさすがの王妃も軽はずみにエレノアを非難することはできなくなった。
「今は王妃から避けられているけど、距離感さえ保てれば私は別にどうとも」
「すごいですね」
自力で能力を活かして自分の地位を築いたエレノアにヴィヴィアは尊敬の念を抱いた。
「私は運が良かっただけ。殿下が私の能力を開花してくれたからここまでこれたの」
エレノアとリチャード王太子の仲は誰が何と言おうと壊すことは難しいだろう。
リチャード王太子は後編の悪役だったけど今思うと洗脳されたクリスに声をかけつづけ、原因のベザリーを警戒していたように思える。
リチャード王太子が亡くなった知らせを聞いたエレノアが自害する話も思い出すと切なくなる。
だから、阻止しなければならない。
ベザリーと黒幕を。




