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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第二部

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16 こぐま騎士

 ベザリーが学園へ行っている間にヴィヴィアは出かけた。馬車の揺れにもだいぶ耐えられるようになり安心した。


「忙しいのに一緒に出かけて大丈夫でしたか?」


 馬車にはクリスが同乗していた。

 このままクレイドル社へヴィヴィアを送った後に、クリスは辻馬車を拾い王城へ向かうという。辻馬車だと王城の入り口付近までしか行けないから、このまま馬車で言っても良いのに。

 ヴィヴィアが言ってもクリスは首を横に振った。


「私のことは気にせず。あなたが一番大事なのですから」


 そうしているうちにクレイドル社へ辿り着いた。

 クリスも馬車を降りて、ヴィヴィアを支える。


「ようこそおいでくださいました。ゴーヴァン公爵閣下、公爵夫人」


 クレイドル社の社長が歓迎した。

 初老の紳士で優しそうな物腰であった。


「よろしく頼む」


 彼と握手を交わした後にクリスはヴィヴィアに声をかけた。


「では、ヴィヴィア。契約で何か困ったことがあればすぐに呼んでください」

「大丈夫です。どうかお勤めに専念してください」


 過保護で困った。

 ヴィヴィアは思うが、彼のおかげで緊張を忘れられて助かった。


 クリスはヴィクター卿に目配せした。


「では、あとは任せた」


 勿論とヴィクター卿は会釈する。


 社内の応接室に案内され、社長は一緒にいた女性社員を前に出した。

 まさにビジネスウーマンといった感じのクールな雰囲気にヴィヴィアは緊張した。


「はじめまして、ゴーヴァン公爵夫人。私はクレイドル社の編集のクララ・ブラウンといいます。僭越ながら夫人の担当を仰せつかっております」


 ヴィヴィアが挨拶し返すと、クララはふるふると震えていた。


「私、感激しております。まさか夫人の編集になれるなんて! 夫人の作品のファンです」


 クララは頬を紅潮して語り出した。

 あまりの興奮した様子に、社長がこほんと咳払いするとハッとはじめのクールな様子に戻った。


「あの、もしよろしければ感想を手紙に添えました」


 クララから渡された手紙は思いの外ずっしりとしている。一体何枚の便箋が、封筒に詰められているのだろう。


「ありがとうございます。私の作品を本にしてくださいますか?」

「勿論です! 夫人のご希望通りチャリティー企画にも力をいれる所存です」


 クララが見せてくれた企画書、契約書はヴィヴィアの希望以上の内容だった。

 売り上げの一部は孤児院などの福祉施設への寄付とする。


 事前にクリスや契約に詳しい事務に確認するように言われた点も問題なかった。


「それでタイトルですが」


 タイトルは「ジジ卿とルカ姫の冒険」で出してみたが、クララはいう。


「もう少しシンプルな方がいいと思います。それは副題にして」


 クララは案を示した。


「こぐま騎士」


 最近聞いたタイトルにヴィヴィアは目を見開いた。


「こぐま騎士というのはいかがでしょう」

「え? ですが、騎士は出ていませんよ」


 ちょっとお転婆なルカ姫が引きこもりの小熊・ジジを連れ出して悪竜退治をするという内容である。


「ルカ姫がジジの為に色んな道具をかき集めます。打撃から身を守るお鍋を頭に、火炎から身を守る鋼線で編んだカーディガンを体に、硬い鱗をたつ包丁を手に! このイラストを見て小熊のジジが騎士みたいじゃないですか」


 騎士のつもりで描いてはいない。

 もし騎士にするならきちんとした兜、鎧、剣にしていただろう。


「そこがいいのですよ。臆病なジジは身を挺してルカ姫を守る姿なんて騎士のよう」

「あ、でもこぐま騎士のタイトルはすでに刊行されているのではないですか?」


 その言葉にクララは首を傾げた。


「いいえ。我が社にそのタイトルはありません。他社にも」


 そんなはずはない。


 こぐま騎士シリーズはこの会社で刊行されていたとクリスが言っていた。


「ですが、そうですね。似た作品があると後々夫人も大変でしょうから、他国の書籍にないか調べておきましょう。ちなみに国内の児童文学は全て網羅しています」


 自信満々なクララの発言に、どうやら本当のようだ。


 もしかしてクリスの回帰前に存在したこぐま騎士シリーズの作者はヴィヴィアなの?


 作者が行方不明になり新刊が途絶えた、再版することが困難になった。


 ヴィヴィアが処刑された後のことだ。


 きっとこぐま騎士シリーズはヴィヴィアが子の為に残そうとしたのね。


 ベザリーに公爵家を乗っ取られて、自分が子に残せるものがなく執筆したもの。


 それがこぐま騎士シリーズだった。


 そして編集はクララだったのかもしれない。

 回帰前のクララはヴィヴィアのことをどれだけ知っていたのだろうか。


 ぽとと涙がこぼれ落ちた。


「夫人、ご不快でしたか?」


 クララはあたふたとした。社長の視線が鋭く光る。

 ヴィヴィアは急いで首を横に振った。


「いいえ、こぐま騎士シリーズでいきたいです。類似タイトルがないならそれでお願いします」


 契約は完成して、出版はチャリティーイベントに合わせて行われる。初披露はそこだ。


「公爵閣下によろしくお伝えください」


 去り際にクララは言う。


「実は担当編集の指名に私を推してくださったのです。まだ、入社して1年も経過していなかった私を」


 先程の想像は確信に変わる。


「きっと妊娠中の夫人には若い女性が良いという希望だったのかもしれません。ですが、精一杯やらせていただきます」


 気を引き締めてクララは誓いをたてた。


 その夜、ヴィヴィアはクレイドル社での出来事をクリスに報告した。


「ああ、ヴィヴィアの絵本原稿をみてすぐに理解したよ」


 こぐま騎士シリーズの作者がヴィヴィアだということに。


「回帰前の彼女はヴィヴィアを知っていたのでしょうか?」

「おそらくは」


 クリスは苦々しくも回帰前の記憶を話した。


 ベザリーの要望で再版するように命じたが、クララは著者の権利を出して拒否した。

 相手はゴーヴァン公爵だというのに決して揺らぐことはなかった。

 作者を処刑に追い込んだクリス・ベザリー夫妻への抵抗だった。少しでも敬愛する作者に一矢報いたかったのかもしれない。


「再版には著者の同意が必要という契約書があってね。契約書はしっかりしたもので、裁判は難航しました。強引に進めれば周囲からの批判がでかねない。実際ゴシップ誌に批判記事をかかれてしまいベザリーを宥めて諦めさせることにしました」


 ようやくクリスの今までの言動に納得した。

 妙に出版を後押しするなと。


「今回は何故そこまで私を後押ししてくれたの?」

「ヴィヴィアの才能は回帰前にすでに確認していた。それと」


 クリスはヴィヴィアの腹を触れても良いか尋ねてきた。

 どうぞというとクリスの右手はぎこちない所作で撫でた。


「私はこの子に色々してやりたい。回帰前にはやらなかった私に資格はないけど」


 ヴィヴィアは左手でそっとクリスの右手に触れた。

 今度こそ父になりたいという気持ちがあるようだった。


「では、この子が生まれたら抱きしめてください」


 そう言うとクリスは瞳を揺らし、ヴィヴィアの肩に顔を埋めた。


「ありがとう」


 彼から素直な感謝の言葉をはじめて聞いたように思う。今まで堅苦しさがあり謝罪ばかりだったのを思い出す。


 彼自身長い間苦しんでいたのだろう。


 ヴィヴィアは左手を彼の背中にまわし抱きしめた。

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