14 ヒロインとの初対面
絵本の創作についてはもう少し原稿を見直してから出版社に掛け合ってみよう。
クリスからもらったリストをテーブルに置いてヴィヴィアはクリスを見つめた。
「クリス。話は変わりますが、聞きたいことがあります」
「何でしょう」
ヴィヴィアは今聞く内容か気にしながらも口にしてみる。
「ベザリー嬢をどうしますか?」
その言葉にクリスの表情が固まった。
館内の毒薬に関してはだいぶ整理がついたことは数日前に聞いた。だが、毒をばら撒いたベザリーの処遇をどうするかはまだ聞いていなかった。
「ヴィヴィアはどうしたいのです?」
ヴィヴィアは俯きながら腹の方をみた。
小説、クリスの記憶を辿ると子供の最期は酷いものだった。
許せないが、まだこの世界のベザリーはこの子に何かをした訳ではない。
「裁判にかけるのは可能です。ですが……」
「黒幕がわからなくなりますね」
ヴィヴィアの言葉にクリスはこくりと頷いた。
今、クリスが集めたもので十分ベザリーを破滅に追いやれる。
だが、それではベザリーの背後についている存在がわからなくなってしまう。
ベザリーを主人公にした壮大な恋愛小説を作り出した黒幕。――目的が竜杯であれば、また別の手を使いゴーヴァン公爵家を手中におさめようともくろむはずだ。
「もう少しベザリーを泳がすことは可能ですか?」
しばらく観察して彼女の活動範囲、交流範囲を調べてみたい。
すでにクリスがしていることだと思うが。
「それはできなくはないと思います。モリス、ガエリエをそのままスパイとして配置してますし」
「え。モリス秘書官?」
思いもしない人物にヴィヴィアは驚いた。
「ベザリーの毒にやられてしばらく彼女に心酔していました。だから、あなたに失礼なことをしたと悔い改めているところです。あなたが嫌でなければ直接謝りたいと。無理なら顔を合わせないように手配をします」
「い、いえ。そこまでは結構です」
今思えばおかしいと思える。
ただ彼が言ったことは軽い嫌味とベザリーの魅力を目の前で語られた程度で、メイドたちに比べると苦痛ではなかった。実際、ヴィヴィアの行動でモリス秘書官が忙しくなったのは事実だ。
「わかりました。彼の謝罪の場を設けましょう」
さて、――話を戻してベザリーの処遇に関して。
「学園では彼女は」
「回帰前程の活躍は見当たらない。賢者に警戒して学園内の活動は控えていると思います」
確かに、小説内の学園長は賢者ではなく神官だった。彼の指導でベザリーは博士号をとるほどの論文を発表しつづけた。夏の終わりに学会発表をしているはずが、抄録に彼女の名はなかった。
賢者が相手だと粗を見つけられる可能性があるからか。
「今、彼女は学園外で慈善活動に力を入れています。そして当家で秘書官の仕事をしたいと希望を出してきました」
今は必要な資格をとるために勉強中だと、モリス秘書官が聞いたそうだ。
モリス秘書官、ガエリエ卿の演技のおかげでベザリーはまだクリスたちが自分の対策をしているとは知らない。
「いっそ、モリス秘書官の手伝いで館内に滞在させるのはどうでしょう」
ヴィヴィアからの提案にクリスは動揺した。
「一度考えたことですが……」
「確かにクリスが危険な目にあうかも」
「そうではなく、あなたが彼女と同じ屋根の下で過ごすことになります」
まさか、それで今の案は没にしたのだろうか。
「むしろ手中で監視した方がいいと思います」
そうは言うがクリスはなかなか判断を渋っていた。ヴィヴィアは彼の手を握りしめた。
「私のことは心配しないでください。回帰前と違い、ケイト、ヴィクター卿以外に心強い味方がいます」
「しかし、シエルもノエルもまだ子供で」
「あなたもいます」
ヴィヴィアはまっすぐ彼の瞳を見つめた。しばらくしてクリスは顔を赤くした。
「いや、そうだな。うん、私がいる」
こほんと咳払いして照れているのを隠そうとしている。その様子がとても可愛らしい。
「大丈夫です。私の能力は教えたでしょう? 危険なものを食べさせられることはありません。ヴィクター卿は常に私のそばにいてもらいます」
「わかった。彼女にその提案をしてみよう」
ベザリー・モカ。――ヴィヴィアを破滅に導く女性。クリスをも蝕んだ小説のヒロインとは思えない存在。
彼女と対峙することは避けてはならない。
ヴィヴィアはお腹をさすった。
大丈夫よ。今度こそ私が守るから。
ほんの少し、反応したかのように中のものが動くのを感じた。
◆◆◆
1ヶ月経過した頃に、モリス秘書官の元に非常勤の事務を雇うことになったという話がヴィヴィアの耳に入る。
カリバー王立学園生徒なので、平日午前は授業参加して午後は課外活動を認められる。
課外活動は追加講義を受けるのも、学園教師の研究の助手をするのも、騎士を目指して訓練に励むのも自由である。
それにより学生たちの進路を開拓していくことが目的である。
モリス秘書官の補助事務が課外活動として認められた。
ゴーヴァン公爵家が雇用する形になる為、衣食住は公爵家で用意されることとなった。
大きくなるお腹を支えながら、ヴィヴィアは庭園を歩いていた。
秋の兆しがみられる庭では、コスモスが植えられておりそれを鑑賞するのが最近の日課になっていた。
「ノエル、スケッチブックと鉛筆をちょうだい」
ヴィヴィアのそばに控えていた幼いメイド見習いは手に持っていたものをヴィヴィアに渡した。
スケッチブックを開くと、コスモスをはじめ秋の植物が描かれていた。
ヴィヴィアは庭園内のベンチに腰をかけて庭の風景を描き始めた。
ふらっと近づく存在に気づかずに。
「公爵夫人でしょうか?」
少女の声にヴィヴィアの手が止まる。
ヴィヴィアに声をかけたのは、金髪碧眼の美しい少女だった。
メイドの案内で庭園に入ってきたのだろう。
最近の若い女性に人気のコルセットなしのスタイルにジャケットを羽織るドレスだ。
公的機関に勤務する女官もこのスタイルらしい。
今彼女がきているのはカリバー王立学園の学生服で、少女たちの憧れであった。
「ええ、あなたはどなたかしら?」
ヴィヴィアの言葉に待っていましたと言わんばかりの笑顔がみられた。
「はじめまして。私はベザリー・モカといいます。本日から公爵様の執務を手伝うこととなりましたので是非夫人に挨拶をしなければと思いました」
カーテシーをとりながらの挨拶をみてヴィヴィアは納得した。
この子がベザリー・モカ。
小説『小公女ベザリー』のヒロイン。
この国で最も愛される金髪碧眼、それに相応しい容貌は愛らしくもあり美しかった。
透き通るような白磁の肌に、ほんのりと色づいた頬、艶やかな唇。
髪は長いが、仕事の為に館へ来たので後ろにまとめてシニョンを作っていた。
髪を下ろすと見事な金髪が波うち黄金に輝き美しいだろう。
通りかかれば誰もが振り向いてしまう魅力的な外見であった。
確かに先日聞いたメイドの噂のようにクリスと並べば理想の紳士淑女だろう。
「私、夫人に会えて嬉しいです。奥様は噂の貴婦人ですもの」
「噂というのは?」
「その髪の色で苦労された夫人が、ある日素敵な殿方に見初められる。ラブロマンス小説のようです」
うっとりとするベザリーを見てこれは本心なのか迷う。
彼女がどんな態度を取ろうと、クリスに麻薬成分が含まれたクッキーを食べさせようとしたのだ。油断をしてはならない。
「夫人に是非受け取って欲しいものがあります」
ベザリーは鞄から袋を取り出した。
「私がブレンドした薔薇の紅茶です。いいかおりでリラックスする効果があります」
ふわりと風と共に香る薔薇の香りは確かにいい香りなのだろう。
ヴィヴィアの能力さえなければ安易に受け取ることができただろう。
小説内のヴィヴィアが、彼女の贈り物を払い捨てる場面があった。メイドたちが「ひどい!」と非難して、ヴィヴィアの意地の悪さを強調した場面であった。
あの袋の中にはお茶と薔薇の花びらだけではない。妊娠中に使用を避けるべき薬剤が入っている。
具体的にわからずとも妊娠中の身、胎児によくないと直観したヴィヴィアは反射的に拒絶した。
ここで受け取らなければ、ベザリーを嫉妬して冷たくする悪役ヴィヴィアの片鱗の出来上がりだろう。
「ありがとう。でも、今は香りの強いものは避けているの。出産後に落ち着いたらいただくわね」
ヴィヴィアはちらりとケイトに目配せして彼女がベザリーから袋を受け取った。
「私は部屋で休みます。どうぞ、庭を堪能してください」
そう言い残し、ヴィヴィアはベザリーから立ち去った。
その後ろ姿をベザリーは拝礼して見送った。
頭を下げながらも、ぎょろと上目遣いでヴィヴィアを見つめていた。
案内役のメイドも後ろを向いたヴィヴィアも気付かなかったが、不気味なものだった。




