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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第二部

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11 後処理

「これからも奥様の為に働きたいと思っています。旦那様がどうあろうと奥様のことを優先してまいります」


 それはケイトの主人はクリスではなくヴィヴィアだと言っているようなものだった。

 補足するようにクリスは言う。


「ケイト程信用できるメイドはいない。前の世界でヴィヴィアが死んだ後もヴィヴィアの為に動いていたのは彼女だけだった」

「そう、なの?」


 ヴィヴィアはケイトを見つめた。


「恐れながら旦那様の言う未来と奥様の小説の先の記憶は私にはありません」


 だから、代わりにクリスが答えた。

 

「ケイトはヴィヴィアの悪行に加担したメイドとして炭鉱労働へ送られていました。それが、どういう訳か脱出をはかり、ヴィヴィアと私の子・ノエルを探し出した。ロズモンド孤児院の裏、ペニー谷に捨てられていたノエルを見つけて息を引き取る瞬間までずっとそばにいて、ノエルの墓を守り抜いていた。私がノエルの墓まで訪問できたのは彼女の案内のおかげです」

「そうだったの?」


 ヴィヴィアが処刑された後、巻き込まれていたメイドはケイトのことだったのだ。

 波乱万丈な余生を送ることになり、苦労をしていたはずだ。


「記憶にはありませんが、それくらいはする覚悟です」


 ヴィヴィアはぽろぽろと涙をこぼした。


「ありがとう。ケイト……ありがとう」


 ロズモンド孤児院の実態をみてからずっと苦しかった。

 ヴィヴィア亡き後、悪女の子として周りから邪見にされたノエルがどのような最期を迎えていたか想像するのが苦しかった。

 想像通りの最期だっただろう。暴力を受けて、まともな食事も与えられず、熱病に苦しんでも倉庫に置き去りにされて谷へと捨てられる。

 まだ命が絶えていなかったが、死んだものとみなされてペニー谷に捨てられたノエルをケイトは見つけ出してくれた。


 ノエルは人肌のぬくもりを少しでも感じられる最期を迎えられたのか。

 そう思うとヴィヴィアは感謝をケイトへと向けた。


 クリスはヴィヴィアを抱きしめて、背中を撫でた。


「すまなかった。ヴィヴィア」


 何度も心の中で繰り返した謝罪をクリスは口にした。

 その答えを望んではいけない。本来であれば彼女に触れることも許されないことだろう。

 拒絶されても文句は言えなかった。


 ヴィヴィアはぎゅっとクリスの胸に顔を埋めた。

 それが答えのように。


 ◆◆◆




 泣き疲れて眠りについたヴィヴィアを見守り、クリスはケイトに目配せして部屋を出た。


 ここ数日、忙しくヴィヴィアを不安にさせてしまった。

 それでも彼女の為に時間を作っていたが、彼女を思いやるのは足りなかった。


 昨日はメドラウトから薬を受け取る為に学園を訪れたが、ベザリーに毒されたメイドに不用な憶測を与えてしまった。


 モリス秘書官に使った薬の効果を確かめている間にあんな軽口をヴィヴィアに聞かせるなど。


 あのメイドの口を引き裂くところだった。


 廊下の窓にうつる自分をみて冷たい表情をしていたことに気づき、急いで顔を戻した。


「閣下」


 ヴィクター卿が声をかけてくる。


「どうだった?」

「モリス秘書官に教えられた通り、洗濯場や、庭師たちにも解毒茶を飲ませてきました」


 思ったよりも範囲は広かった。


 クリスは執務室に入り、ヴィクター卿の報告を読んだ。


 ヴィヴィアが妊娠したというのは数日前から気づいていた。

 前の世界でも、ヴィヴィアの妊娠の報せがあったのはこの夏の時期だ。


 予定日も、春の頃合いだろう。


 ノエル。


 冬に生まれる子によくつけられる名前だが、あの子は春生まれだった。

 ベザリーにすっかり翻弄され、ヴィヴィアを放置することがほとんどだった。

 名前について考えて欲しいとヴィヴィアから手紙があり、部屋に片付け忘れていたノエルの木――冬の聖人生誕祭の置物をみて書いた。


 本当ならもっと考えてつけるべきだったのに。


 ヴィヴィアが少しずつ、弱々しくなっていきながらそれでも生まれた子の為に背筋を伸ばしていたのがあまりに痛々しかった。


 ノエルが生まれた頃にはベザリーの毒はおそらくモーガンの屋敷にも広まっていただろう。

 彼女の世話をするのはケイトと護衛騎士のヴィクター卿とわずかな者だけだった。あとはベザリーを信奉し、ヴィヴィアを陥れる者ばかり。


 クリスはヴィヴィアの数少ない味方を罪人として、処分してきた。その中に最もヴィヴィアの安全を確保し続けられたヴィクター卿もいた。


 どれだけ心細かっただろう。


 今回のヴィヴィアの妊娠は大事をとらなければならない。



 クリスは先程ヴィヴィアから聞いた言葉を思い出した。





ーー「いえ、思い出したのではなく知っていたのです。私はヴィヴィアに生まれ変わった別人で、あなたが処刑にまで追い込んだヴィヴィアは別人です」




 ヴィヴィアは自分を回帰前のヴィヴィアとは別人格と言った。


 そんなことはない。

 私がヴィヴィアを見間違えることはない。


 間違いなく彼女はクリスと同じく回帰したヴィヴィア自身である。


 あまりに辛く苦しい最期を迎えたために解離を引き起こしたのだろう。


 解離――トラウマなどから心を守るために、記憶・感情・自我が切り離される状態と聞いたことがあった。


 自分が処刑された後の話も知っているのが気になるが、それは竜杯の力が働いておきたのかもしれない。もしくはしばらく魂の状態で過ごしていたのか。


 彼女が何と言おうが、あれはヴィヴィアなのだ。


 しかし、いくらクリスが言おうにも自分を突き離して捨てた男の言うことなど信用できない。無理に言えばヴィヴィアの心は耐えられなくなるだろう。


 今クリスがすべきことは、今度こそ守らなければならないということ。


 その為にクリスはメドラウトを急かして解毒茶を作らせた。


 資料を読みながらクリスは深くため息をついた。


 まさか、あの女。

 前の世界で私を薬物漬けしていたとは。


 ここ数週間で見つけられたあの女の洗脳手口を思い出した。

 まさか厄介な薬物を使用していたとは思わなかった。


 メイドたちが持っていたベザリーから貰ったもののリストをみる。


 ここまでわかりやすいものに翻弄されていたとは。


 自分の愚かさに辟易した。


 ベザリーを泳がせるだけ泳がせて彼女の粗をつくつもりだった。

 あの女が配り歩いた薔薇のクッキー、紅茶やジャム、香水や化粧品はだいぶ回収できた。

 今はメドラウトに毒物と呪いの報告書を作成して、それを裁判に提出できればいつでも彼女を排除できる。


 だが、まだ足りない。


 ベザリーの背後にいる黒幕が、いまだに見えてこない。


 あの女1人で、ゴーヴァン公爵家を牛耳り、王家にまで悪影響を与えたとは考えづらい。


 彼女の実家、モカ伯爵家は没落して領地も爵位も王家に返還され名前すら残らない有様だ。

 

 ベザリーが育った修道院も怪しんだが、怪しいものはついぞ見つからなかった。


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