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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第二部

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10 聖杯の力

 幼い頃、クリスを治癒した少女ばヴィヴィアてあった。

 では何故小説内ではベザリーになっていたのか。



「ベザリーは私の思考能力を奪い、私を洗脳しました。私は彼女の言う通り信じ込まされていました。あなたがあの時の少女とわかっていたのにも関わらず」

「どうしてベザリーはそこまでのことをしたのかしら」

「おそらく竜杯を狙ってのことです」


 竜杯は建国時代の伝説の代物であり、その所持者はゴーヴァン公爵家になっている。

 ゴーヴァン公爵家直系の血を杯に満たせば、どんな願いも一度だけ叶えてくれる。

 国の有事以外では使用されないために厳重に管理されていた。


「ベザリーが何度か竜杯を見たいと言った。いくら洗脳されていても家宝は直系の子孫に受け継がれるもので、私の子をみごもるまでは見せなかった。そして約束通り、私は彼女に竜杯を見せることにした」


 ベザリーを伴って保管庫へ入り、竜杯の眩い光にあたりクリスは長年の毒と呪いが浄化されて正気を取り戻した。


「その瞬間、私は自分が今までしてきたことに耐えられずに発狂してしまった」


 口で言うのも憚れる。

 ヴィヴィアに言えなかったが、ベザリーの護衛騎士、メイドを手にかけてベザリー自身も殺害した。屋敷中の使用人、騎士たちも。


 ベザリーは特に命乞いすることなく笑った。

 美しい顔を歪めて、ヴィヴィア母子の死を嘲笑したベザリーの姿が忘れられない。


「私は馬に乗り無我夢中で走った」


 行き先はロズモンド孤児院、その近くの丘へ。


「私はノエルの墓まで辿り着き、私はそこに竜杯を埋めようとした」

「竜杯を、埋める?」

「私の代でゴーヴァン公爵家の直系は途絶えるんだ。あっても意味はないし、それならせめて正当な後継者のノエルに渡したかった。自己満足だけど」


 クリスは皮肉げに笑った。


「墓にはブレスレットがかけられていて、ノエルの唯一の持ち物だと知った。一緒に埋めようと私はそれを竜杯の中に入れると、竜杯が今までにない程輝きを放った。きっと、ブレスレットに染みついたノエルの血に反応したと思い、私は自分の血で杯に充した。ノエルの願いを叶えてくれと……そして、気づけば私は過去に戻っていました」


「どのあたりで、ですか?」


 ヴィヴィアはおそるおそる聞いてみた。


「おそらく、モーガンの屋敷に雷が落ちたと報告を受ける前です」


 丁度、ヴィヴィアが前世の記憶を取り戻した頃だ。


 あの時のクリスはヴィヴィアと同じく未来を知っていた。

 ヴィヴィアはベザリー主観の小説として、クリスは実体験した記憶として。


 ヴィヴィアは頭が混乱しそうで頭を抱えた。


「休みましょう。長く話し込みすぎました」

「いえ、まだ気になるところがありまして」


 ヴィヴィアはテーブルの上のクッキーをみた。


「結局、これは食べてないのですよね」

「ええ。一部、対策方法を考える為に協力者に渡しました」


 協力者?


「彼が昨日解毒茶を完成させました。呪いに対しても効果があるように調整されています」

「ずいぶんと優れた方ですね。そんな方をいつ公爵家に招いたのです?」


 クリスはうーんと目を泳がせた。


「公爵家ではなくて、王家が招いたというか」

「?」

「賢者メドラウトです」


 小説に登場しなかった新しい学園長。


「彼の能力は毒と呪いです」


 珍しい。自分以外に毒魔術を使える者がいるなんて。

 彼はヴィヴィアのような差別を受けただろうか。

 いや、彼ほどの魔術師なら他のあらゆる魔術も使えるようになり問題なかったかもしれない。

 

「彼ほどの協力者はいませんね」

「条件がありますが」


 クリスははーっとため息をついた。


 一体条件とはなんだろう。


「あなたに会うことです。できることならあなたに助手をさせたいと」

「何故? 賢者様が?」

「先程言ったように彼の能力は毒と呪い。あなたと被ります」


 ヴィヴィアは警戒した。


 そうか。クリスが小説の内容を経験したのなら、あの裁判も知っているはず。


 実家から毒魔術の鑑定書を提出され、ヴィヴィアがベザリーを毒殺しようとした証拠のひとつとされた。


 裁判官から、何故毒魔術を長いこと隠していたか質問されて疲れ果てたヴィヴィアは何も答えられなかった。

 悪事に利用しようとしたと世間から批判を受けて、稀代の悪女、毒女と呼ばれた。


「私の魔術、ご存知だったのですね」


 ヴィヴィアは苦く笑った。

 父母からおぞましい力だと言われた為長らく隠し続けていたもの。


 ――小説内では、ヴィヴィアが両親に隠し続けるように頼み込んだとされていた。


「まさかこんなことを引き落とすとは」


 ルフェル子爵が涙ながらに娘の愚かしさを嘆く姿が描かれていた。


 その時のクリスの冷たい表情を思い浮かべてヴィヴィアはぞくりと震えた。――


 小説の中の出来事でもヴィヴィアの前世で読んだ時は怖くて仕方なかった。


 今のクリスの顔をみるのが恐ろしい。


「ヴィヴィア」


 手が震えていたようでクリスが声をかけた。


「私はあなたの毒魔術で助けられました。何も恥じることはありません」

「でも……」

「確かに毒という単語で嫌なイメージを持たれるでしょうが、現実にあなたの能力で救われた者が多くいます。ケイトも、元ロズモンド男爵夫人も」

「ケイトも……?」


 その言葉にヴィヴィアは初耳だと思った。

 ロズモンド男爵夫人に毒魔術でヒ素を解毒したことは記憶にある。おそらくクリスはあの時にヴィヴィアが能力を使っていたことに気づいていたのだろう。


 でも、ケイトに魔術を使った覚えはない。


 ヴィヴィアはケイトの方へ視線を移す。


「ずっと伝えずに申し訳ありません」


 ケイトは頭を下げた。


「私は幼少時代の奥様に救われた者です……私自身恥ずべき過去ですが、私はルフェル子爵家に仕えるメイドでした」


 ヴィヴィアは目を見開いた。


「ルーク様が15歳か16歳になる頃に、シシリア様と同じように自作自演の毒を井戸に投げ込むように命令を受けました。毒ではなく、集落の為になる予防薬だと教えられて……ちょうど行きがけにまだ幼かった奥様から毒だと教えられました」


 ヴィヴィアは思い出した。

 そう言えば、メイドが小瓶を落として拾ったことがある。手に触れて怖い毒だと認識して危ないよと彼女に伝えた。

 まさか、あの子がケイト?


「私は躊躇してしまいました。命令を実行せずルーク様の怒りを買い、その毒を飲まされて貧民街へ捨てられるところを奥様が救ってくださいました。その毒は神経毒……過剰摂取すれば呼吸麻痺を引き起こし命を落とすものでした」


 ケイトの言葉にヴィヴィアはしばらく考え込んだ。


「あ……、まさかあの時の……でも、貧民街? 確か、お看取りで修道院へ運ばれると聞いたけど」


 下男に屋敷外へと運び出されるメイドを思い出した。彼女に触れてすぐに毒の存在を感知した。

 きっとさっきの小瓶の毒に触れてしまったのだろう。

 少しでも助かるようにと能力を使った。

 助けたかった。

 だってその子はろくに食事が与えられなかったヴィヴィアの為に厨房の鍵を開けてくれたから。


「はい。あの時のメイドが私です。修道院へ運ぶなど嘘で、私の死が浮浪者の死のように見せるために貧民街へ捨てられました」


 その言葉を聞き、ヴィヴィアは目を潤わせた。


「そんな……ひどい目に遭っていたなんて。気づかなくてごめんなさい」


 ただ小瓶は危ないものだと伝えたかっただけだった。まさか、それでルークから折檻を受けて毒を飲まされるなんて。


「危ないものを持っていたと思って、それを伝えたからあなたはあんなひどい目に遭ったのね。余計なことをしてしまって……」

「いえ、奥様があの時教えられなければ私は知らないまま罪なき集落の井戸に毒を投げ込んでいました。私が無差別殺人を犯さずに済んだのは奥様のおかげです。それに、ルーク様はあのまま私が実行に移した後に処分したはずです」


 シシリア聖女劇のように、辺境集落に毒を投げ込んだ少年が殺害されていたように、ケイトも殺害される予定であった。

 人知れない森の中、河原で一人孤独に命を落としたことだろう。


 神経毒の影響でルークから受けた暴行の後の痛みはなくなっていたが、呼吸ができずもがき苦しんだ。

 ヴィヴィアの影響で呼吸ができるようになり、神経毒が体から抜け落ちた後は耐えがたい痛みに苦しんだ。

 いっそ呼吸をせず息を引き取った方が楽だったかもしれない。

 それでも、死ぬのも恐ろしかった。


「苦しくても私は生きたかった。生きることができたのは奥様のおかげです」


 そういいケイトはヴィヴィアに深く頭を下げた。


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