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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第一部

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4 公爵家

「孤児院の視察に行きたい」


 突然のヴィヴィアの申し出に、執事長はすぐに手配をすると言ってくれた。


「いいの?」

「特に問題はありません。孤児院はどれも侯爵領内ですし、……ただロズモンド孤児院は遠いのでわざわざ行かなくてもよろしいのではないでしょうか。近場の分だけでも十分です」

「いいえ、ロズモンド孤児院は外せません」


 遠方の視察に難色を示す執事長にヴィヴィアは引き下がらなかった。


 興味があった。

 まだ生まれてもいないものの小説でヴィヴィアの子ノエルが最期を迎えた孤児院がどんな場所なのか。


 絶対に外したくない。


 ヴィヴィアの熱意に折れたのは執事長の方であった。


「護衛騎士の人数を確保しなければ。日帰りは無理なので宿泊の手配も」

「わかったわ」


 確かに領地のはしにあり遠い。日帰りは難しく宿泊する屋敷を準備するというのだ。


 それまではまずは近辺の孤児院から視察をすることにしよう。


 事前に持っていくものを準備する。

 子供向けの本に、おもちゃ。

 おむつの材料になる布、子供服。

 みんなに配るお菓子。


 どこの子もヴィヴィアの贈り物を喜んでくれた。

 一緒に遊んで、絵本を読んで、お話をして。


「公爵夫人に感謝します」


 施設を代表して感謝を述べる院長。

 子供たちの笑顔がヴィヴィアの心を和ませた。


 どこの施設も子供たちがのびのびと過ごせる環境のようで安堵した。

 管理している者たちは執事長の元部下だったり、古き仲の者が多い。

 公爵家へ来たばかりのヴィヴィアに挨拶して礼儀を示す者たちであった。


 彼らが管理しているなら安心できるのだろう。


 ヴィヴィアは視察記録をつけていった。

 自分が使った予算内容を記載する名目もある。


 意外にすることが色々あってびっくりした。

 同時に小説での末路を回避するために、いつ離縁されても良いように勉強の時間も確保しておきたい。


 私でも取れそうな資格はあるかしら?


「奥様、お茶をどうぞ」


 メイドのケイトが淹れてくれるお茶は美味しい。ヴィヴィアは一息ついた。


「ねぇ、執事長からロズモンド孤児院についての連絡はまだないのかしら」


 ケイトは首を横に振った。

 あれから3週間経つが一向に日取りが決まらない。


「あのあたりは田舎なので、奥様が宿泊する為の屋敷を作るのに時間がかかるようです」

「わざわざ屋敷を作る必要はないわ」

「ロズモンド男爵は奥様に粗末な場所でお泊めできないと返事を出したそうです」


 はじめは執事長の話を聞かなければと思ったが、このままだと日程が決まるのはいつになるやらわからない。


 一度は引き下がり、ヴィヴィアは考え事の為に資料を求めた。


「地図を持ってきてくれる?」


 ケイトが持ってきてくれた地図、ゴーヴァン公爵領。


 広大なサンベル地方全てがクリス・ゴーヴァン公爵の領地である。海にも面して交易盛ん、太陽の恵みをうけた大地には作物が育ち、美しい石を産出する鉱山も有している。


 代々ゴーヴァン公爵の手腕により、公爵家の経済は潤っていた。

 その公爵家を継いだクリス・ゴーヴァンはまさにこの国で一番の花婿候補といわれる。


 文武両道、容姿端麗、財力もあるとなればね。


 何もしなくても問題ないと言われたヴィヴィアのニート生活。

 好きにしていい。

 何かトラブルが起きれば迷わず執事長に伝えればすぐに解決してくれるとさえ言われた。


 つまり、ヴィヴィアが問題を起こしてもゴーヴァン公爵家の力でもみ消すということだ。


 そりゃ、小説内のヴィヴィアも我儘放題になっちゃうわ。


 ヴィヴィアはようやく領地端にあるノートンを見つけた。

 山道を抜けてたどり着いたそこに小さく書かれた地名、ノートン。


 そこにロズモンド孤児院があった。


 確かクリスの代理でその土地を管理していたのがロズモンド男爵だ。孤児院の名前は彼の名前に由来している。

 男爵が雇った男が孤児院長をしていた。


 月に一度、男爵が領地と施設の報告をしに公爵家を訪れることがあった。

 彼からも挨拶を受けたことがある。その時のお土産として見事な緑色に染められたドレスを贈られたことがある。

 あまり好みのドレスじゃなかった為まだ箱にしまいこんだままだ。


 メイドに任せて触れたことはない。


 さすがに視察の時に着たほうがいいかしら。


 ケイトに頼み例のドレスを出してもらう。

 それに触れた瞬間、ヴィヴィアはゾクリとした。


「奥様、大丈夫ですか?」


 心配するケイトにヴィヴィアは笑顔で答えた。


 確か、このドレスはノートンで力を入れている染め物業の商品よね。


 つまり、ノートンの領民が携わっていることになる。


 これは……まずいのでは。


 ヴィヴィアは再び執事長のもとへ訪れた。


「ロズモンド男爵が持ってきた報告書は見られないかしら」

「執事長に確認しましょうか?」


 ケイトはすぐに動いてくれた。


 確認したところ資料管理室から持ち出せるのはゴーヴァン公爵の許可がいるようである。

 ただし、資料管理室内であれば閲覧は可能だという。


「わからないことがあれば申してください」


 執事長は資料管理室の鍵を開けて、傍に控えてくれた。

 ヴィヴィアは開けられた座席に座り、用意してくれた報告書を読みあさった。


「他の土地に比べて麦の収穫量が少ないわね」

「ノートンの土地は痩せており、作物が育ちにくいのです。寒暖の差を利用して果実類を代わりに納めている状態です」


 山間の盆地の為か、穀倉地帯になりにくいのか。


「お茶とか栽培されていそうな土地なのに」


 過去数年の気候、気温、湿度を見ながらぽつりと呟く。


「?」


 執事長が首をかしげた。


「いえ、何でもないわ」


 ヴィヴィアは苦笑いした。

 別に農作物に詳しい訳ではない。

 ただ前世で似た地域のことを思い出した。ぶどうや桃の果実が有名で、家族旅行で贅沢なほど果実が載ったかき氷を思い出した。父があれこれと蘊蓄を語っていて、お茶の産地があると言っていた気がする。

 ほとんど聞き流していたので記憶も曖昧だ。


 この地域の売り物は衣類の染めもの。

 麦を十分納められない場合は、鉱山での労役、工芸品生産に参加させられる。


 見事な色合いの緑色の生地はひそかに人気があり、主な収入になりつつある。


 報告の数字に特に問題はない。

 収入は少ないながらもうまく立ち回れている。


「……」


 でもとても気持ち悪い。

 胸がざわざわとする。


 小説ではこの土地はほとんど登場しない。

 ただヴィヴィアの子が預けられた土地というだけで名前が上がっただけ。

 読者のほとんどが記憶していないだろう。


「明日、ここへ行くわ」

「は? ……え?」


 突然のヴィヴィアの言葉に執事長は困惑した。


「お待ちください。まだ準備ができておりません」

「準備というのは宿泊する場所のこと?」

「そうです。途中の休憩所もです。奥様が行くにはあまりにもきつい道のりですし」

「それはあなたの意見?」

「そうです」


 迷わず執事長はうなずいた。


「私以外にロズモンド男爵も言っております。来られるのなら色々整備するから待って欲しいと」

「なら、行くわ。道が酷いのならどのくらいの改善が必要か確認するのも大事でしょう」


 そこまでいうと執事長は黙り始めた。


「そんなに準備が嫌ならいいわ。勝手に行くから」

「いえ、明日まで手配いたします。どうか明日までお待ちください」


 ようやく出発の兆しが出て、ヴィヴィアはこくりとうなずいた。


 ◆◆◆


 ところは変わり、王都ギネヴェール。


 ヴィヴィアの夫、クリス・ゴーヴァンが滞在している。


 現王の姉の子であり、王の信頼が厚い。

 1年の半分以上は王都に滞在し王を支えて守るのが彼の役目であった。


 彼は朝の日課で剣の鍛錬をしていた。

 日が上がる前、騎士たちも眠っている時間に。


 日が昇る頃にモリス秘書官が修練場に現れて挨拶をする。


「今日は正午に奨学生とのランチパーティーがあります」


 奨学生はクリスが行っている慈善事業で学費、在学中の生活費の面倒をみている学生たちである。

 今は6名の面倒をみている。


 1年に2回、奨学生たちとの会食の場を設けていた。彼らの成績、進路の相談が主である。


「すまないが今日は出られそうにない。代わりに出てくれ」

「はい? 個別面談は?」

「それも任せた」


 何かあったのかとモリス秘書官は首を傾げた。主君は大事が起きなければ予定を崩すことのなかった。


 モーガンの公爵邸に雷が落ちたときも予定を崩さなかった。

 幸い、被害はほとんどなかったと報告があったからであるが、やはり心配なのだろうか。

 契約結婚とはいえ、モーガンにはクリスの妻が滞在している。


「モーガンへ戻られるのですか?」


 クリスは首を振った。


「ノートンへ行く」


 鍛錬後の朝食を終わらせた頃に馬車の準備が整い、クリスはそれに乗り込んだ。


 馬車に揺られながら胸元にしまっていた紙を取り出した。

 先日、モーガンから届いた手紙である。


 その中に最近のヴィヴィアの様子が報告されていた。


 外活動にほとんど興味を示さなかったというのに突然孤児院や病院の視察を開始していた。改善案や予算など必要な企画書を作るようになり、その内容は執事長が目を通して受理されていた。


 クリス自身も目を通したが、特に問題はなかった。むしろクリスが気付かなかった内容に驚きを隠せなかった。


 社交界の無能者と陰で嘲笑われ、妹の引き立て役にしかならなかった彼女。

 クリス自身、彼女に特別な期待はしていなかった。


 ヴィヴィアがいるだけでクリスは満足だった。


 煩わしい社交界など参加したくないならそれでもいい。


 慈善活動をしたいというなら自由にすればいい。


 そのヴィヴィアが無理を言ってノートンへと向かったという。


 何故よりによってノートンなんだ。


 妙な胸騒ぎがした。

 ノートンに何かあるのをヴィヴィアが気づいたのか。


 この目で確かめてみるしかない。


 クリスは一緒に行く騎士団の確認をして、すぐに馬車に乗った。

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