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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第二部

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7 悪役になっていく

 妊娠が判明した翌日、つわりはまだ続いていたが倒れた時ほどではない。


 匂いがきつい料理や、体を締め付けるドレスを避ければ問題なく過ごせた。


 コルセットはしばらく着れないわね。


 そうなると社交界に顔を出しにくい。

 社交界の活動をしなくてもいいと言ったクリスの条件に今は救われた。


 少しはしないとと思ったらこの状況。


 ヴィヴィアははぁとため息をついた。


 気晴らしに庭園を散策している。

 今の庭園では匂いがきつい花が咲いていないと聞いて安心して外に出た。

 ケイトは心配そうに見ているが。


 夏の暑い時期、木陰が多い森と言っても良さそうな庭園は過ごしやすい。


「今日はここでランチをしようかしら」

「冷たい飲み物を用意してきます」


 ケイトがさっと建物の方へ入っていくとヴィヴィアはベンチに座った。


 そよそよと揺れる木陰の中、風が少し感じられる。


「やっぱり学園に行っていたんだって!」


 木々の向こうでメイドの声がした。

 3人ほどいそうだ。


「モリス秘書官と一緒にということはあの方に会ったのね」


 ――ベザリー・モカ令嬢に!


 その名を聞き、ヴィヴィアは胸のざわめきを感じた。


「学園にはモカ令嬢がいるのよね。昔、旦那様の命を救ったお嬢様が」

「そうそう。怪我をした旦那様を救い出した治癒魔術の令嬢、そんな彼女が奨学生として現れるなんて……まるで恋愛小説のよう」

「旦那様は彼女に会いに行ったのよ! そして2人はお互いの気持ちが隠せずに」


 きゃっきゃっと会話を楽しむメイドの声にヴィヴィアは血が引く感覚を覚えた。


 ――学園。

 会いに行った。


 誰に?


 その瞬間、頭に浮かんだベザリー・モカ。その目の前に優しく微笑むクリスの顔がいやでも出てくる。


「モカ令嬢は本当に華やかで綺麗な金髪で、旦那様と並べば映えるわ」

「早くその姿をみたいわ。あの毒々しい赤髪は見ていて旦那様が気の毒だもの」

「全く実家があのように落ちぶれたのにまだ居座るなんて図々しわ。早くモカ令嬢にお返しすべきよ」


 言い過ぎと笑いながらも悪気のないメイドの言葉にヴィヴィアは冷や汗が出た。


 あの悪夢を思い出してしまう。


「奥様」


 ケイトが声をかける。

 その瞬間、メイドたちのおしゃべりが止まった。


「このあたりは虫が多いようで、部屋で食事をとられた方がいいと思います」

「あ、そうなの」


 ヴィヴィアはすくっと立ち上がり、ケイトの支えで屋敷へと戻った。


 木々の隙間から見えるメイドの姿に、ケイトはちらっと一瞥してからヴィヴィアを案内した。


 ◆◆◆


 部屋に戻ったヴィヴィアは先程のことを思い出した。


 メイドたちの会話。


 まさかベザリーのことで館内で噂になっていると思わなかった。

 ベザリーがクリスの命の恩人という情報が出回っている。


 クリスはベザリーのことに気づいた?

 だから昨日、学園に行ったの?


 シナリオから随分変わっていたが、それでも強制力が働いているのかもしれない。


 まさか館での評判がここまで低いとは思わなかった。


 理想の令嬢ベザリーと自分を比較して彼女たちはヴィヴィアを烏滸がましいと見ている。


 神に愛されたヒロインだものね。


 妊娠中で、悪夢にも悩まされていたことからヴィヴィアは小説における自分の末路への恐怖に支配されていた。


 納得できなくても、ここでヴィヴィアが彼女たちを注意しても無駄だろう。

 ますます評判が落ちる。


 神様からはベザリーの物語にヴィヴィアという悪役が必要なのだ。


 私はいい。


 でもこの子は?


 今のクリスならノエルを育ててくれるかもしれない。


 でも、ベザリーが新たな夫人として迎えられたら彼女はクリスの子を妊娠するだろう。

 そうなればどうなる。


 小説のシナリオを思い出してゾッとした。


 ロズモンド孤児院へ預けられて病死したと描かれていたが、まともな扱いを受けていないまま命を落としたのが想像できる。

 実際の孤児院の悪質さを目の当たりにしてヴィヴィアは強く感じた。


 クリスの力で環境改善されたのは幸いだが、もしこの子が送られる先がロズモンド孤児院ではない別の施設の場合はどうなるのだろう。

 もっと酷い環境かもしれない。


「だめよ」


 ヴィヴィアはお腹を撫でた。


 神様の力で小説通りになるとしても、この子を奪われたくない。


 契約ではなるべくクリスから冷遇されないように条件を書いたが、自分がいなくなった後実際どうなるかわからない。


 ヴィヴィアは机の中のものを開いた。

 クリスが活動費用にと与えられた金銭の一部を小さな袋に詰めて貯めていた。


 とりあえず1ヶ月は過ごすことは可能だろう。


 カバンを取り出し、必要なものを詰めていく。


「奥様」


 ケイトに呼ばれてヴィヴィアははっと顔をあげた。


 相変わらず表情が読めないメイド。


「ここにいるのが辛いのですか?」


 その言葉にヴィヴィアは手に持っていたものを落とした。袋の中の金銭がじゃらと音を立てた。


「私がここにいたらダメなの」


 ようやくそれを口にした。


「先程のメイドたちはもういません」


 ヴィヴィアは頭を傾げた。


「公爵家の女主人を侮辱した罪は許されないと、旦那様が追放しました」


 その瞬間ヴィヴィアの表情は一気に曇った。

 結局クリスはヴィヴィアの為に動いてくれる。

 それが返って重荷に感じられた。


「彼にまた迷惑をかけたわ」

「迷惑だなんて。何故、そのようにおっしゃるのですか」


 ケイトがヴィヴィアの目の前に来て膝をついた。

 その時ヴィヴィアの瞳からこぼれ落ちる涙に気がつく。


「だってこの場所に一番相応しくないのは自分だもの。本当のクリスの運命の相手はベザリー」

「何故運命だと言うのですか?」

「ここは私が読んだ小説の世界なの!」


 ヴィヴィアは叫んだ。


 苦しい。

 めまいがする。

 動悸がして変な気持ち。

 手が、声が震える。


「小説ではクリスは私を捨ててベザリーを愛するようになる。私はベザリーを嫉妬で苦しめる悪役で、最期は毒殺した罪で処刑されるっ! この子も」


 ケイトはヴィヴィアを抱きしめた。

 突然強く抱きしめられてヴィヴィアは一瞬呼吸を忘れそうになった。


「ゆっくり呼吸をしてください。あまり吸いすぎずに、しっかり吐いて」


 ケイトに言われるままヴィヴィアは呼吸をしていくと動悸と震えがおさまった。


 しばらくしてケイトはヴィヴィアをソファに腰をかけさせた。


 部屋に置いていたお水を汲んで、ヴィヴィアに飲ませる。


「ありがとう」


 ヴィヴィアは水を飲み、先程の自分を反省した。

 いくら動揺していたからといっても、ケイトに小説のことを話すなど。


 変なことを口走ったと思われたかもしれない。


「それで教えてくださいますか? 先程の小説のことを」


 ケイトの目からはヴィヴィアを変に思う様子は感じられない。

 ただ心配してヴィヴィアの話を聞かなければという姿勢だった。


「信じてもらえるかわからないけど」


 ヴィヴィアは話した。


 自分には前世の記憶があることを。

 幼い頃に読んだ小説を。


 ――その小説は主人公ベザリーとクリスの恋物語。

 妻とは愛のない結婚をしていたクリスは、ベザリーに惹かれていく。ベザリーが過去にクリスを救った少女だと気づき、ますます恋焦がれていく。

 ベザリーに嫉妬したヴィヴィアはベザリーにあらゆる嫌がらせをしていき、クリスに愛想をつかれてしまう。

 追い込まれたヴィヴィアはベザリーを毒殺しようとして捕らえられて、裁判にかけられ最期は処刑される。――



 前の人生を終わらせた後、ヴィヴィアという新しい人生を迎えた。


「前世の記憶を思い出したのはつい最近で、はじめはベザリーが現れたらいつでもクリスと離縁できるように準備しようと考えたわ。で、その前に公爵夫人として働かないとと思って」

「あぁ、だから突然奥様が活動的になったのですね」


 ケイトは納得したように相槌を打った。


「恐れながら奥様は小説の悪役にはなれません」


 何故か。


「奥様ははったりや演技が下手です。小説のような嫌がらせや小細工はしないでしょう」

「でも、あなたを巻き込めば」

「私がその小説に感じたことは、その小説はベザリーに都合よく描かれているように思います。まるでルフェル子爵家にいた頃の噂のように。シシリア聖女劇を見ている気分に近いです」


 シシリア聖女劇は最近の新聞の見出しである。


 評判のよい令嬢だったシシリアは、実際は自作自演。才能を妬んだ姉ヴィヴィアにいじめられていたことも虚飾で、実際は父母兄と一緒にヴィヴィアを陥れて蔑んでいた。


「私から見たらベザリーは神様に愛されている訳ではなく、シシリアより範囲を広げてタチの悪い劇場を作り上げているように見えます。小説はその脚本」

「でも、一体……ベザリーは後ろ盾のない孤児で、彼女だけでそんなことができるのかしら」


 ケイトはすくっと立ち上がり、扉の方へ行く。


 ガチャ


 扉を開くとクリスの姿があった。


 彼は慌てた様子を一瞬見せて、すぐに咳払いして落ち着いた様子を見せた。


「ヴィヴィア、出て行こうとしたのかい」


 部屋の中で荷づくり途中のカバンをみてクリスが言った。

 ヴィヴィアは視線を逸らした。


「どこから聞いていましたか?」


 ヴィヴィアの問いにクリスは答えた。


「小説のあらすじからだいたい聞きました」


 それにヴィヴィアは笑った。


「私がおかしくなったと思いますよね」

「いや」


 クリスはケイトに声をかけた。

 お茶を淹れるようにと。


「ヴィヴィア、私と話をしてください」


 今は少し後ろめたくて、避けたかった。

 だが、クリスの表情がとても思い詰めたもので逆に心配してしまう。


 ここは腹を割って話すべきだろう。


 ヴィヴィアが頷くとクリスはヴィヴィアの向かいのソファに腰をかけた。

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