5 実家の衰退
大ニュースが王都中を騒がせていた。
ルフェル子爵家の聖女物語の自作自演。
シシリア・ルフェルが僻地集落で疫病に苦しむ民のために治癒魔術を施し、その功績でカリバー王立学園の推薦入学ができた。
先日、その疫病は自作自演と告発された。
実はルフェル子爵家の使用人の少年が毒物を井戸水に放り込み始まったものだ。
少年は物心つく頃からルフェル子爵家で養育され、子爵家の言うことを聞くように躾けられていた。
疑問を抱かずに毒を投下した後、少年は近くの河原で命を落としていた。
証拠を残さないように、子爵家の手で殺されてしまった。
毒により倒れる人々が現れて、命を落とす者も現れた頃、現れたのはルフェル子爵家のシシリア令嬢だった。
優れた治癒魔術で次々救い出す姿は聖女に見えたことだろう。
集落の民が領主に治癒魔術師を派遣してもらうように相談する前に現れたことで、一層神秘的に映った。
まさか、偽りだったなど誰が思っただろうか。
匿名者が役場にあてた証拠の数々に、さすがに大事だと理解した領主は国王に調査依頼を出した。
その調査には、カリバー王立学園、学園長に赴任したばかりの賢者メドラウトも参加することになった。
結果、シシリア聖女劇が偽りのものだと明るみになり、調査はさらにルフェル子爵家に及ぶ。
密輸、禁止劇物の所持、使用人たちへの洗脳虐待と様々な余罪が明るみになった。
ルフェル子爵家は爵位剥奪、領地と財産の没収となった。
子爵夫妻は投獄、嫡男は行方不明、次女は学園退学の上で修道院へ入ることになる。
建国以来続いた聖女ルフェルの名を持った子爵家は歴史から姿を消すことになる。
ここで長女ヴィヴィアは何もないのか、と人々が疑問視している。
それに答えるように新たな記事が載せられた。
ヴィヴィアは長らく搾取子であり、家政の事務仕事をさせられ眠る時間も与えられず、言われた通りにできなければ暴言暴行を受けることがあった。社交界デビューしてからは暴行の回数は減ったようだが、それでも人格否定をされ続けていた。
それを見かねたゴーヴァン公爵が、彼女を強引に嫁として連れ出したという。
貴婦人たちのサロンではもっぱらその話題で持ちきりだった。
「おかしいと思っていたわ。ゴーヴァン公爵夫人が社交界デビューするまで全く姿がみられなかったの。嫡男、次女は幼少期からあんなに姿をみせては子爵夫妻の自慢だったのに」
お茶会に子供を連れてくるルフェル子爵夫人が言っていたことを思い出す。
ヴィヴィアは礼儀作法がなっておらず連れて来れなかったと。
「無能者と鑑定が出るまでは子爵夫人も一応連れ回してましたわ。確か、秋の狩猟祭の頃にお見かけして赤髪を金髪に染めていたわ」
「あら、あれは次女じゃなかったの?」
「次女も連れていましたわ。だからすぐに片方が長女と思いましたの」
魔術、能力を持たない貴族子女が家内で煙たがられる存在なのは珍しくない。
ただし、ヴィヴィアが受けた待遇ほど酷いものはない。
「それにしてもいくら無能者でもこの扱いは酷いわね」
「ゴーヴァン公爵が見染めなければどうなっていたか。あの、ガストロ男爵に嫁がされる予定だったのでしょう?」
「ガストロ男爵ね。先日お亡くなりになられたのだけど、亡くなる前まで相変わらずのようで……メイドが酷い状態で亡くなられていたわ」
「今頃、ゴーヴァン公爵夫人が亡くなっていたかも」
「恐ろしいわ。ゴーヴァン公爵はヒーローだわ」
人々はヴィヴィアに対して強い同情心を持ち、クリスの慈愛に感謝した。
◆◆◆
「気が重たい」
ヴィヴィアは鏡の前で深くため息をついた。
髪の手入れをしているケイトは提案する。
「今日のお茶会はキャンセルしますか?」
「いえ、せっかくシャルコット令嬢が配慮してくださったので行きます」
エレノアが、わざわざ別の日に他の令嬢を呼ばない2人だけのお茶会をセッティングしてくれたのだ。
連日の報道に気分が悪くなり寝込んでキャンセルしてしまったこともある。
今日こそは行かなければ。
まだお礼ができていないし。
本日の新聞にもでかでかと実家の不祥事と、ヴィヴィアとクリスのラブロマンスで埋め尽くされていた。
父母が色々と悪事に手を染めていたことは意外であった。
そういえば、事業については一切触れたことはなかったな。
ヴィヴィアが触れたことは家政に関することばかりだった。
ヴィヴィアが受けた搾取子としての待遇はどれも記憶にある。
ヴィヴィア、かなり悲惨な少女時代ね。
自分自身受けていたことであるが、前世の記憶のおかげか他人事のように感じられた。
ここまでされてなんとか生きてきたのに、体調を崩すなんて思いもしなかった。
うーん、だいぶコルセットを緩めてもらったけどまだきついかも。
さすがにこれ以上はドレスが着られなくなるからやめたけど。
ケイトから何度かコルセットを使わないドレスを勧められたが、あまりゆったりした姿で行くのは避けたかった。
新聞を読みながらふと目に留まったのは元使用人の証言。
ヴィヴィアが搾取子としてのありようを語っていた。
「この元使用人は誰かしら」
随分とヴィヴィアを美化しているように見えるのは気のせいだろうか。
「気になりますか?」
「ええ、これじゃ私が悲劇のヒロインみたいで落ち着かないわ」
ヴィヴィアの言葉にケイトは笑った。
「別にいいではないですか。長らく悲劇のヒロインは妹君のものでした。今までの積み重ねと思いましょう」
実際、ヴィヴィアは嫁ぐ前までは妹に嫉妬する意地悪な姉と噂されていた。社交界では冷たくされることが多かった。
「さて、これはいかがでしょう」
支度が終わり、ヴィヴィアは全体をみる。
ドレスも髪もバッチリであった。
「ありがとう。さすが、ケイトね」
準備が整い、ヴィヴィアはシャルコット公爵家へと向かった。
「うぇ」
何日かぶりの馬車の揺れにヴィヴィアはすっかり酔ってしまった。
気持ち悪い。
でも、シャルコット令嬢が待っているから行かなければ。
馬車から降りるとエレノアが出迎えてくれた。
赤いフレームのメガネをかけてある。
「ようこそ、おいでくださいました」
彼女は嬉しそうに笑った。
「本日は招待してくださりありがとうございます。遅れてしまいましたが、星河祭でのお礼をお持ちしました」
「可愛い。てのひらクマね。ありがとうございます」
庭園にお茶会の準備が整えられ、ヴィヴィアはそこへ案内される。
エレノアはテーブルの中央に先程のくまの縫いぐるを置いた。
用意されたお茶のかおりはいいものなのに、今はのどを通す気になれない。
ケーキも今は重たく感じる。
「今日は私とあなただけのお茶会なので気軽に楽しんでください。ご実家のことで色々たいへんでしたでしょう」
「いえ、お気になさらず」
実際、面倒なことは全てクリスがやってくれた。
事情聴取も、館で行われてすぐに実家の悪事とは無関係と確認してもらえた。
「あの人に負担をかけてしまいました」
クリスは仕事が終われば毎日寝室を一緒に過ごして優しくしてくれる。
何も気にすることはないと笑いかけて。
顔には出さないが、今回の実家の出来事でクリスが一番苦労をしているだろう。
王城に行けば義実家のことであれこれと詮索されるだろうし、館で過ごしているヴィヴィアよりストレスを受けているはずだ。
「あの、夫人」
エレノアは心配そうにヴィヴィアの顔を覗きこんだ。
「大丈夫でしょうか。とても顔色が悪くて」
「あ、大丈夫です。馬車の揺れに酔ってしまってお見苦しいところ」
「まぁ、それなら休む部屋をすぐ用意しましょう」
エレノアはメイドに言った。休憩の為の客間を準備するように。
「いえ、大丈夫です。お茶を飲んですぐに落ちつぃ」
ぐらっと視界が歪んでいく。
強い吐き気が出て、思わず口を押さえた。
「夫人! たいへん。執事を呼んでちょうだい!!」
エレノアの叫びの中、ヴィヴィアは椅子から体勢を崩して倒れた。




