4 ルフェル子爵令息
ゴーヴァン公爵家の館の敷地内には地下室につながる通路が存在していた。
そこには公爵家で罪を犯した者が入れられる牢獄である。
燭台を手にしたメイドの案内のもと、クリスは地下室の奥へと向かった。
扉を開くと、そこには既に準備が整っていた。
硬い鉄の椅子に縛り付けられているのは先ほどヴィクター卿が連れて行ったルーク・ルフェルであった。
クリスはヴィクター卿が手にかけた椅子に腰をかける。傍のテーブルに両肘を置いてルークの姿を眺めた。
「義弟君、あんまりではないか。この扱いは」
拘束されているルークは不服と訴えた。
「義兄上はご存じですか? ゴーヴァン公爵家の領域内で起きたことの罰則は私の判断にゆだねられるのですよ」
「ここはゴーヴァン公爵領じゃないだろう」
「あの路地裏、うちの私有地なのですよ。ついさっきそうなりました」
あまりに強引な言葉にルークは青ざめた。
ちなみに既に5名の子爵以上の家臣の同意を得ている。ノートンとは違い王都だからすぐに手に入った。
「兄上、あなたは契約違反だけではなく、私の妻を侮辱しました。侮辱の言葉を何度も浴びさせ、横領教唆までして」
ヴィクター卿の報告を何度も読み返してクリスは救いようがないと肩をすくった。
「恐れながら公爵閣下、あの女は……妹はどうしようもない女なのです。あの女は毒のような存在で、兄である私にすり寄り誘惑してきて」
「それで?」
クリスは首を傾げた。
あまりに冷たい瞳にルークは口を閉ざす。
続きを言いなさいと言われ、何とかこの場を脱しようとすらすらと口にした。
ヴィヴィアのあることないことを言い、とんでもない悪女であるという。
「そういえば、裁判で不義の子疑惑をかけた奴はお前だったな」
ぼそっとクリスは呟く。
不義の子とは何のことだろうか。
ルークは疑問に感じた。
「それで全部か?」
クリスは何のこともないようにルークのヴィヴィアへの告発を聞き終えた。
「横領教唆も全くのでたらめです。あの騎士が話を部分的に聞いて勝手に解釈したのですよ。あの女が公爵家の金を私にくれるからまた昔ように関係を結びたいとおぞましい交渉をしてきて」
「ヴィヴィアがお前に? 想像しただけで腹立たしい」
クリスの声にわずかながらいらだちを感じられた。
ルークは何とかねこなで声にいう。
「受け入れがたいことですが、事実です。あの女はとんでもない毒女で、私も父も手を焼いていたのですよ」
ヴィヴィアを悪者にしようとルークは言い続けて、クリスは自分が知る情報で黙らせた。
「お前は何度もヴィヴィアに暴行を加えていたな。テストの点がうまくいかなかったとき、思うような結果が得られない時はいつも腹いせのようにヴィヴィアを殴る蹴るを繰り返していた。時にはヴィヴィアを裸にして、馬小屋に閉じ込めたこともあったようだな。冬の寒い時期に、まだ十歳にも満たない少女に何という酷なことを」
何でそんなことをクリスが知っているのだ。
それはルフェル子爵家の中でだけの話で外に漏らした覚えはない。使用人たちもヴィヴィアへの行為に疑問を抱かずに虐待に手を貸す有様だった。
その分の十分な小遣いを弾んだから彼らが公爵に告発するとは思えない。
「あいつが言ったのか」
「ヴィヴィアにそんな酷な記憶を掘り起こすような真似を私がするか」
吐き捨てるようにいうクリスにルークは首を傾げた。ならどうして彼は知っている。
「ふふ」
女の笑い声がした。
ヴィヴィアの声ではない、若い女の声である。
「ケイトが笑うなど珍しいな」
クリスの注意が後方へ移る。
一緒に入ってきたメイドの声だったようだ。
「申し訳ありません。思わず滑稽で……つい笑いが」
すっとすぐに無表情になるメイドの視線は明らかに侮蔑のものが含まれている。
たかがメイド風情にこのように見下されるいわれはない。
「おい、何だよ。その女は」
ルークは怒りをあらわにしてメイドを詰った。
「お久しぶりです。若様」
ケイトはあえて皮肉をこめてルークをそう呼んだ。
確かにルークはルフェル子爵家の嫡男で若と呼ばれる立場であるものの、他家のメイドに呼ばれることに違和感がある。
「お忘れになるとは悲しい限りです。私はあなたのお叱りを受けて、毒を飲まされて死にかけたというのに」
残念そうな言葉にルークは自然と記憶をたぐりよせる。
メイドのたわ言などどうでもいいと思いながらも、わからないままだと薄気味悪くてたまらない。
ケイト。
その名を反芻してルークは目を見開いた。
「何でお前が生きているんだ?」
その言葉にケイトは変わらず無表情であった。それが不気味でルークはだらりと汗を流した。
「何故って、神経毒が抜けて無事生還できたからですよ」
「ありえない。お前はあの日、あの時に死んだはずだ。死んでいなきゃいけないはずだっ!」
「死んでいなければならない? ああ、そうですね。あなたが私に命じた例の毒のことを役場に言うからですね」
ケイトの言葉にルークは震えた。
「これは他に余罪があると思っていいか?」
クリスの質問にケイトは頷いた。
既にお互い知っている情報だが、ルークを追い詰める茶番としてケイトは語った。
「はい、私は昔ルフェル子爵家に仕えていました。ある日、旦那様とルーク様に小瓶を渡されて、郊外の村の井戸に中身を放り込むようにと命じられました。それが毒だと知らされ怖くなった私は何かの間違いだろうとルーク様たちに訴えました。そのまま役場に届ければよかったのに。命令違反したことで折檻を受けて、口封じの為に神経毒を飲まされ喋れない、呼吸もままならない状態で貧民街へ捨てられました」
すらすらと語るケイトの告発にルークは叫んだ。
「嘘だ。嘘! そのメイドは嘘をついている。俺をはめようとしているな!!」
動揺しつつも必死に弁明しようとしてようやく出たのはケイトをうそつき呼ばわりすること。
その言葉にケイトははぁとあきれてため息をついた。
「未だに忘れることはありません。治癒魔術師に何度も痕を消すことを勧められても忘れないために残した傷跡……あなたに切り刻まれた痕をここでお見せしましょうか」
冷たく言い放つケイトにルークは震えた。
「そもそも神経毒を飲んだんだろう。何で生きているんだよ」
ルークの声は今までにないほど震えていた。
「ご存じないのですか? あの神経毒は呼吸さえ維持できれば毒が抜け落ちるまで生きながらえることができるのですよ。私は幸運にも呼吸を維持できたため助かりました」
淡々と語るケイトにルークは首を横に振った。
嘘だ嘘だと何度も騒ぐ様は見苦しい。
「証拠の品は既に揃えてある。最近、ルフェル家が同じ手口を引き起こしたおかげでびっくりするほど揃えられた」
最近という言葉にルークはぞっとした。
一体いつからクリスはルフェル子爵家をマークしていたのだ。
「私としてもまさかこの手口を引き起こすとは思いませんでしたよ。口封じした哀れな子供は救えませんでしたが、遺体の回収保存できました」
「あ、……」
クリスがここまでのことをいうということは既に物的証拠はそろってしまっている。
これがこのまま役場へ届けだされた時、ルフェル子爵家は終わってしまう。
シシリアがカリバー王立学園へ入学でき、これからルフェル子爵家のかつての栄光が戻る時がくると期待されていたというのに。
「くそ、くそっ……これも全部あいつのせいだ。ヴィヴィアめ」
悪態つくルークの姿にクリスは冷めた目でみた。
「あまりにみるに堪えない」
「処分しないのですか?」
ケヴィン卿の質問に興が失せたとクリスは首を横に振った。
「ああ、色々苦しめて処分しようと考えていたが一気に冷めた。ケイト、好きにしていいぞ」
「どうせ裁判でルフェル子爵家ともどもおしまいですから私があえて手を下さずとも……それに奥様のお世話がありますので、手を汚したくありません」
「私だって今日はヴィヴィアと一緒に過ごしたいから変なにおいがつくのは嫌だな」
クリスとケイトはお互い見合わせた。しばらくして、同時にケヴィン卿の方をみた。
「はいはい、わかりました。俺が処分しますよ。お二人はどうぞお戻りください」
ケヴィン卿に任せて二人は地下から地上へと戻った。地下室に一人残されたケヴィン卿は無言でルークの方へ近づく。
カツカツ
ケヴィン卿は少しずつルークの方へ近づく。
ルークも彼への恐怖が計り知れない。
クリスが現れるまで彼の尋問をひたすら受け続けていたのだ。
「何だ、よせ……そうだ。裁判だ。私を断罪するのなら裁判で……っ」
冷や汗をかき続けるルークはなおもこの場を逃れようと必死だった。
途中でルークの言葉は途切れ、断末魔が響き渡る。それは硬く閉ざされた地下通路の扉から外へ漏れることはない。
その晩に、ルーク・ルフェル子爵令息の姿を見る者はいなくなった。
その言葉の通り彼は姿を消した。




