1 静かな時間
カーテンの隙間からさしこんでくる日の光、それが少しずつ部屋を照らしていく。
目を覚ますと目の前にはクリスが横たわっていた。
本当にしてしまった。
昨夜のことを思い出してヴィヴィアは改めて顔を赤くした。
お互いの感情を確認して眠気も吹っ飛んでしまい、その夜のベッドの中でそのまま夜の営みをした。
しばらくぶりである。
ノートンの出来事の後、疲れているからと営みはなく。その後に手にやけどをおったことでまたなく。
しばらく別々で過ごして、昨日もパーティーで疲れただろうと眠る予定だった。
一緒のベッドで横になり、お互いの顔をみていくうちに距離が近くなってそのまま。
「おはようございます」
いつの間にか目を覚ましたクリスが穏やかに挨拶をしてきた。
「お、おはようございます」
「今日はまだまだゆっくりしておきましょう。食事はここに持ってきてもらえばいい」
そういいながらクリスは呼び鈴を鳴らした。
ケイトが現れて、クリスの指示通り朝食を寝室に持ってきてくれた。
朝食のスコーンにジャムをつけ、さくっと音をたてて口の中に入っていく。
何て贅沢な朝なのかしら。
お昼には手紙が届けられた。
大量に。
ケイトが盆に載せた大量の手紙にヴィヴィアは頭を抱えた。
どれも、パーティーやお茶会の招待状だった。
モーガンにいた時は社交界に出る気など起きず、執事長が適当に返事の手配をしてくれていたのを思い出した。
「あら」
手紙の中にエレノアからのお茶会への招待状があった。
そういえば、お礼をしなきゃ。
あの時は助かった。
「お礼はどうすれば」
ヴィヴィアは考えた。
年ごろの令嬢が好きなものはよくわからない。
シシリアは派手な装飾品やドレスを好んでいたが、自分は絵を描いたり本を読むのが好きである。
前世で女の子が好きそうなものを考えてみるが。
手のひらサイズのぬいぐるみ、とか。
それを売っている店はあるだろうか。
手作りしようにも時間がない。
だからといって手ぶらで行く訳にもいかない。
ヴィヴィアとしては助けてくれたお礼をしたいのに。
「ああ、どうしよう」
悩んでいるヴィヴィアにクリスが声をかけた。
「若い女性に人気の小物店を知っています。あなたが好きそうなものがあるようだし。明日、呼び寄せますか」
「いえっ」
私の都合で明日呼ぶなどダメだ。
向こうにも予定があるだろう。
「せっかくだし直接見に行こうと思います」
「では、馬車の手配をしましょう。帰りにおすすめの喫茶店がありますのでそこでお茶をしましょう。楽しみですね」
「ん?」
ヴィヴィアは首を傾げた。
まるで一緒に行くような話ぶりである。
「私が提案したので私が案内いたします」
「そ、そんな。クリスは忙しいのでは」
ついつい聞いてしまう。
「それくらいの時間はありますよ」
ここで何と言えば良いのか。
まるでデートみたいだ。
思えば彼と一緒に買い物などしたことがなかった。
翌朝、ケイトにドレスを選んでもらいヴィヴィアは鏡の前で確認した。
鏡越しのケイトの表情をちらりとみやる。普段と変わらない様子であるが、いつもより違うようにみえる。
「ケイト、どうしたの?」
「あ、いえ。せっかくの旦那様とのお出かけで、1番着ていただきたいドレスがクリーニング中でした」
どうにも悔しそうにしてある。
こちらの館に置いてあるドレスにはそれほど袖を通した覚えはないのだが、きっと時間と共にほこりが被ってしまったのだろう。
「これも素敵だわ。ケイトの見立てはさすがだわ」
ヴィヴィアは特に気にしていないと、彼女の仕事ぶりに感謝した。
動きやすいドレスでヴィヴィアとしては助かる。
準備が整い、ヴィヴィアはクリスが待つ馬車へと向かった。
「お待たせしました」
「時間ちょうどです」
クリスは微笑み、ヴィヴィアをエスコートした。
向かった先は女性に人気の小物店で種類が豊富だ。
色んな柄のリボン、毛糸細工、木の宝石箱、人形と女子心をくすぶるものばかりでヴィヴィア自身心踊った。
「可愛い」
ひとつのぬいぐるみに手を出す。
小さなくまのぬいぐるみ。
ちょうどあるとは思わなかった。
前世で流行っていたな。この手のひらサイズのぬいぐるみ。
「ん?」
よくみてみると瞳の部分が妙にきらきらしている。こらしてみてみるとそんなまさかと口にしてしまいそうになる。
店のスタッフが商品の説明をする。
「それは今人気の品です。瞳を誕生宝石にしているので12種あり、全て揃えております」
なんと、くまのぬいぐるみの瞳は本物の宝石であった。ヴィヴィアが手に持っているのはアメジスト、2月の誕生宝石だ。
何て贅沢な。
子供向けのぬいぐるみと思いきや、淑女の間でも人気らしい。癒されるとか。
「ちょうど、シャルコット令嬢は2月生まれだな」
「すでに持っていたりして」
ヴィヴィアの不安に応えるように店員は新しい箱をみせた。
「それならばこれはいかがですか? 使用生地はなかなか手に入らず、世界に1つしか作れていません。その分お値段はかかりますが、それだけの価値があります」
箱から出たのはふわふわの生地で作られたぐのぬいぐるみ。今手にしたものと明らかに違うとわかる。
「いえ、そこまでは」
そう思いながらも、あいくるしいくまのフォルムにどきどきしてしまう。
瞳はまだ仮どめ程度で助かった。
宝石の瞳で見つめられると衝動買いしてしまう。
「……」
負けてしまった。
アメジストの宝石を眼にとりつけた後に包装してもらう。
「りぼんはこちらでよろしいでしょうか?」
店員が包装について確認してくる。
ヴィヴィアの1ヶ月の活動費で購入できた。
かなりの額であるが。
高価すぎると相手が重たく感じないかしら。
でも、相手は公爵家令嬢だし生半可なものよりは良いわよね。
ぬいぐるみは子供ぽいイメージを持たれると思ったが、店員から同じ年頃の淑女の間で人気の品だという。
お部屋に飾って勉強や仕事の励みにしたり、お出かけには使用人に持たせて一緒に楽しんだりとこの世界にもぬいぐるみブームがあるとは思いもよらなかった。
「贈り物も決まって良かったです」
「探し物は終わりましたの?」
少し探し物があるとそばを離れていたクリスが戻ってきた。宝石をとりつけて包装が終わるまでの時間であったが。
「いえ。ここにはないようです」
クリスは複雑な表情を浮かべた。
一体何を探していたのだろう。
顔を覗きけむヴィヴィアにクリスはにこりと微笑み、ヴィヴィアに手を差し出した。
「大丈夫です。今回の目的はあなたの探し物。私のはまた別の機会にまわします」
そして、クリスが提案していた喫茶店へ辿り着いた。
喫茶店 レディーアンジェ。
確か、すごく人気店で2階のスカイバルコニーの席は予約してもなかなかとれないとか。
まさか2階を貸切り状態にしているとは思わなかった。
「何を食べます? 私としてはチーズケーキがおすすめですが、季節限定の桃のタルトも捨て難いですよ」
「え、えーと」
メニューをみながら、確かにどちらも美味しそうだ。悩んでしまう。
ヴィヴィアが目を泳がせていると、クリスはそうだと思いついたようにいう。
「ここからここまで全部持ってきてください」
「えっ!?」
ヴィヴィアが慌てて顔をあげたが、既に注文を承った店員はささっと1階へ行ってしまった。
「何で勝手にそんな」
「どれも食べたそうにしていたので」
「こんなには食べれませんよ」
クリスはくすくすと笑った。
「ええ、食べたいだけ食べて残して構いません。私が食べますから」
「いけません。こんなに甘いものを一気に食べてはお互い太ってしまいます」
健康によくないと言おうとしたが、ヴィヴィアは顔を赤くして口を押さえた。
小説のヒーローが太る訳ないじゃない。
「そうですね。健康のために運動を考える必要がありますね。おすすめは乗馬ですが、ヴィヴィアは乗馬は」
「経験がありません」
嗜みで女性でも乗馬を習うことがあるが、ヴィヴィアの実家はそのような家ではない。
「後は歩くことですが、まだ星河祭の屋台が残り賑わっています。屋敷まで一緒に歩いてみます?」
確かに星河祭の街並みは気になる。
前世、お祭りがあるとつい立ち寄って意味もなくたこ焼きを買って帰ることもあった。
高いと思ってもつい買っちゃうのよね。
「いいですね。ちょうど歩きやすい服装にしていますし、ちょっとだけみて回りたいです」
「では、決まりです」
店員が持ってきたケーキスタンドには軽食からケーキがずらりと綺麗に並べられていて美しかった。
食べるのがもったいないくらいだ。
「こちら、メニューにないサービスでございます」
ついでにと一緒にテーブルに並べられたのはまんまるの桃の種をくり抜いてたっぷりクリームをいれたもの。
うわ、これ前世で好きだったな。
ヴィヴィアは目をきらきらとした。
「ゴーヴァン公爵夫人が食べに来られると聞いてパティシエが気合いをいれて作りました」
やはりゴーヴァン公爵家だからの待遇か。
クリスに感謝しつつも、さてどうやってこのケーキたちを堪能するか悩んだ。




