3 悪役転生
クリスとの結婚から3ヶ月が経過した。
ヴィヴィアは結婚前にクリスに引き取られて、彼の領地都市モーガンで式を挙げた。
それからはモーガンの屋敷で過ごしている。
クリスが言う通りヴィヴィアに求められたことは妻として存在すること。
それ以外は自由にしてよいとのことでほぼニート生活である。
今はクリスが不在で1人悠々とお茶を飲み、読書をしていた。
そんな中で突然思い出した前世。
ヴィヴィアの前世は日本の病院勤務のソーシャルワーカー。
担当は主に産婦人科と小児科の患者が多かった。
確か、仕事を終えて市の図書館で趣味の本漁りをしていた時までは覚えていたのだが、その後の記憶がない。
「頭が、痛い」
記憶をとりもどした影響か、これからの自分の未来への憂いか。
あの契約書に書く際に何度も確認したことだけは、過去のヴィヴィアを褒めてやりたい。
記憶がなくても直感で追記させられたのは幸いだとしか言えない。
クリスが別の女性を妻に望んだ時の条約を。
クリスはそんなことは起きないと言っていたが、起きるのだ。
とうの昔に奴はヒロインのベザリーに会っており、今は学費支援をしている。
今はまだ恋心が目覚めていないが、次第に惹かれていき絆を築く。ついには過去に出会っていたことを思い出していきそのままお互いの恋心を隠せなくなるのだ。
「これからどうしようかな」
小学生の頃に読んだからもう内容はうろ覚えだけど悪役ヴィヴィアのことは鮮明に覚えている。
彼女の言動がどうしても忘れられない。
最期が子供のことばかりしか言わなかったのが印象的だった。
文章を読んだだけで彼女の嗄れた声が想像できてしまう。
その子供はまだこの世に存在していないのだけどね。
お腹をさすってみる。
結婚してから何度かヴィヴィアはクリスと閨を共にした。
よく愛してもいない女性を抱けるものだ。
貴族のつとめというものだろうけど、少女小説のヒーローでそんな一面は知りたくなかった。
いや、あの契約のときヒーローらしからぬ男であったが。
結婚後の生活があまりに快適で、クリス自身もヴィヴィアに優しいし、夜の営みのこともあり、ついつい絆されるところだったが。
ヴィヴィアは首を横に振る。
あれは、あの契約結婚は脅迫だ。
そうとしか選択できない女を縛り付けて利用する。
小説の後半の悪役、リチャード王太子にいい印象はなかったがどっちもどっちだ。
身分の低いヴィヴィアを自由にできるという傲慢さを感じた。
ヒロインに会ってから変わっていくのだろうか。
よくある傲慢な男が恋をして優しくなるパターン。ただしヒロインに限る。
「と、クリスのことは置いておいて。今は今後の身の振り方ね」
改めて小説の内容を思い出す。
ヴィヴィアの最期、ヴィヴィアのした罪は。
ヒロインを陥れ、最後に毒殺しようとした。
公爵家の財産を散財した。帳簿を隠蔽して多額の金銭を使い果たした。
愛人との子供を公爵の子と偽って養育させた。
これらをしなければ、多少は生き残れるかもしれない。
まずはヒロインを陥れる。毒殺する。
ない。
脅迫男を引き取ってくれるならどうぞ。
あなたが現れたら私は潔く荷物をまとめて去る準備でもしておくからクリスと愛を育んでおくれ。
次に公爵家の財産を欲しいままにしていた。
これは今のところない。
今、ヴィヴィアは財産管理はしていなかった。使用人の管理も。
クリスと執事長が行っており、ヴィヴィアに求められる仕事ではなかった。
ヴィヴィアの生活用品、社交用のドレスや化粧品、もろもろのお金はクリスが定期的に渡してくるお小遣いで十分足りた。十分すぎるほど。
これだけもらいながら、帳簿を改ざんして得ようとしたなど。
小説のヴィヴィアはどれだけ散財したのやら。
とにかく財産を欲しいままにしていたわけではない、と思う。今のところ。
最後に愛人との子を公爵の子と偽った不義。
子供がまだできてもないし、これはないね。
「やっぱり最終的には離婚してこの家を出ること」
円満離婚にできれば、クリスから当面の生活費はもらえる。
とにかく今はクリスと良好な関係を築くべきだろう。
なんだかんだよくしてもらっているし、何か恩を返した方がいいわよね。
働かなくても衣食住が満たされる贅沢な日を送れているのはクリスのおかげである。
あのままヴィヴィアが結婚相手を見つけられなければ、ガストロ男爵の後妻になっていた。
ヴィヴィアはゾッとした。
ガストロ男爵は女の扱いが酷く、妻を虐待死させた男だった。
ヴィヴィアに興味を持っていたのか、ルフェル子爵家を訪れた時ヴィヴィアは彼の接待をさせられていた。
手を握られ、腰や臀部に触れられた感触は恐ろしい。
嫌だと言いたくても父から強く脅されてそれができない。体を触られては父母も兄も笑いながら歓談していた。
夜の相手をさせられそうになり、それだけはとヴィヴィアは土下座をして辞退した。
バカにされながらも結婚相手を探しに社交界に出ていた。彼の後妻にならないために。
後々わかったことはヴィヴィアが必死になる様を家族全員が笑い酒の肴にしていたようだ。
クリスとの結婚前に嫉妬にかられた妹がぶちまけてきた。
家族と離れて、公爵家で過ごすうちに自分が置かれていた状況がいかにおかしかったか気付かされた。
メイドに勧められて趣味も始めてみたり、編み物と絵を描くことにはまった。
今思い返せば前世で一時期ハマっていた趣味である。
他には興味ある分野を本で調べること。
ヴィヴィアは自分の時間を満喫できるようになった。
「あれ、やっぱりクリスに感謝すべき?」
なんだかんだヴィヴィアは実家にいるよりはまともな生活を送れている。
ここの使用人たちはヴィヴィアに最低限の礼儀を示している。一部そうでもない者もいるが、陰口をたたくことしかできない者らであり放置できる。
残飯しか用意してくれなかったルフェル子爵家よりまともな生活だった。
「でも、私は離婚されるのよね。捨てられるのよ」
原作の惨めな最期を思い出す。
「失礼いたします」
ノックとともに声をかけてくるのはヴィヴィアの世話役のメイド、ケイトだった。
そろそろお茶の時間である。
この時間になるといつも彼女がお茶の準備をしてくれる。
美味しい紅茶と美味しいケーキ。
ヴィヴィアの好みのふわふわのシフォンケーキに甘いホイップクリームがついている。いちごのシロップがかけられて、その味がじわりと口の中で広がりヴィヴィアは至福の時を味わっていた。
このような待遇を受けておきながら何もしないニート生活は悪くない。
どうせ捨てられるのだから満喫しても悪くないはず。
そう思うが、ちょっと罪悪感が出てしまう。
「よ、よし。離婚に向けて家を出る準備しながら、何か働こう」
少しでも恩は返して、つつがなくヒロインとヒーローの恋を応援して立ち去ろう。
離縁後に生きていく為に今すべきことを考える。
実家に戻りたくない。
なら、1人で生きていけるようにしなければ。
働くと言っても何をすれば良いのやら。
それはおいおい考えるとして、公爵夫人としての仕事も少しはしないと。
働かずに衣食住を満喫するのは少し気が引けてきた。
夫人の仕事は家の管理、とはいえその内容を突然しようとしても自信がない。
子爵家で親の手伝いをしていたが、いつも失敗ばかりで役立たずと罵られた。何もしなければ穀潰しと叩かれるし、罵倒されながらもヴィヴィアは父母の手伝いをし続けていた。
子爵家よりも公爵家の管理の量はすごいだろう。しなくていいと言われたことをやって迷惑をかけるのも気が引けた。
まずはそれほど負担にならないこと。
「そうだ、慈善活動」
貴族の義務で、慈善活動は必須である。
だいたいがバザーやオークションに参加して収集した金銭を寄付することが多い。
ゴーヴァン公爵家となると孤児や貧民への支援である。
特に学業支援に力を入れていた。
クリス自身がしているのは困窮した貴族子女たちを適した学校へ通わせる支援だ。
その他に孤児院や修道院などの施設への寄付、運営をしている。範囲が広く直接手が回らない部分は委託していた。
「委託している施設の視察をするのよ。必要なものがないかも確認して予算の見直しを掛け合って」
そこまでいかなくても子供達に会ってお話をするだけでもいいかも。
「い、一応執事長に相談しておきましょう」
大したことじゃなくても確認は必要だろう。




