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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第一部

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26/59

26 魔塔の賢者

 貴族たちの囁きあいの中、憮然とした表情で2人を見つめていた少女がいた。


 シシリア・ルフェル。


 彼女もデビュタントを迎えて参加した令嬢である。


 何よ。本当は私があそこにいたのに。


 仮にも疫病に苦しむ集落を救った聖女だ。

 今年のデビュタントの花は間違いなくシシリアになる予定だった。

 入学式でも、彼女が1番注目を集めていた。


 なのに、今は1番注目され賞賛されているのはベザリーだった。


 納得できないのは貴族の美徳とされる特徴、長くたなびくストレートな金髪、魅惑的な碧眼、白磁のように美しい柔肌。

 シシリアとベザリーは外見的特徴が被る。


 能力だって。


 2人とも治癒魔術の使い手であった。

 入学前はシシリアが優れた治癒魔術師であり、ベザリーの治癒魔術は微弱なものだった。

 突然彼女の能力が開花し、入学後の実技でベザリーに並ぶ才能と評されるようになった。


 治癒魔術さえ、以前のままならまだ自尊心は保てたのに。


 シシリアの心は穏やかなものではなかった。


 でも平常に振る舞わなければ。

 せっかく根付いた可憐な聖女のイメージは壊さないようにしなければならない。


「本当に素晴らしいわね。私も頑張らないと」


「シシリアも十分すごいよ」


 褒めてくれるパートナー、アドルフ・ガゼルを筆頭に集まる殿方に愛嬌よく振る舞っていた。


 あー、こんな時にお姉様がいれば良い比較になっていたのに。


 結婚してから姿を現さないヴィヴィアのことを思い出した。

 この半年、ヴィヴィアは社交界に姿を現すことはなくモーガンの屋敷に引き籠もっている。


 全く私の引き立て役にもならないなんて困ったお姉様だわ。


 ざわっ。


 入り口付近でざわめきが聞こえてくる。


 もしかしたら新学園長か、ゴーヴァン公爵が現れたのかもしれない。


 シシリアは騒ぎの方へ視線を向ける。


 奥にいた者たちも、そちらを見て一瞬声を失った。


 憧れの花婿候補だったクリス・ゴーヴァン公爵と、彼にエスコートされている麗しい夫人の登場である。


 一体あの女性は誰だ。


 赤い髪、苔を彷彿する緑の瞳は貴族の間で好まれない色。

 災害や毒を連想する赤い髪。彼女の緑の瞳は碧眼と同じグリーンであるが、紛い物、偽物の象徴のように扱われた。


 それなのになんて美しいのだろう。


 エスコートされている夫人が、かつての嘲笑われていた無能者のヴィヴィアだと認識してあまりの変わりように人々は呆気にとられた。


「仕事もろくにできず、拗ねて屋敷に引きこもって贅沢三昧とか」

「なぜあんな無能力者がゴーヴァン公爵の目にとまったのかしら」

「きっと、弱みを握ったのよ。無能なくせに妹に嫉妬で意地悪するあの人らしいわ」


 そんな噂が流れるたびにシシリアは健気な妹を演じてきた。


 能力はない。

 仕事もできない。


 性格が悪く妹に辛く当たり、ルフェル子爵夫妻も手を焼いていた。

 そのくせ、見栄っ張りで残念なドレスばかり着て目立つ。

 周りが呆れても気にせず社交界に顔を出す厚顔無恥ぶり。


 それが姉ヴィヴィアの世間からの評価だった。


 ◆◆◆


 周りの視線が痛くて仕方ない。


 それでも立っていられたのはそばにクリスがいてくれたからだろう。


 パートナーがいるというのはこんなに心強かったんだ。


 誰がなんと思っていようとクリスに言われた通り堂々としていられる。


 国王一家の登場でようやく視線はそちらへ移る。


「みな、よくぞ参じてくれた。まず言わなければならないことがある。我が国が誇るカリバー王立学園の事件、不祥事である。犠牲となった学生のことを思うと言葉が見つからない。慰めにならないというのは承知であるが、学生の実家にささやかな慰めを施したい」


 過去に亡くなった学生の遺族へは賠償金を支払うという意味だろう。


「そして学生諸君に安心して学問に励む環境を取り戻す為に力を尽くそう。その為に素晴らしい方が学園長の任を引き受けてくれることになった」


 小説の内容を思い出す。

 確か、ベザリーが尊敬する魔術師だったはず。

 ベザリーを何かと気にかけて特別指導をしてくれてベザリーは学生時代にいくつもの論文を発表して博士号を特別に授与された。

 他にも活躍した功績で爵位も得るんだったっけ。


 こつこつ。


 王に声をかけられて靴音と共に壇上にあがる。

 白をベースにしたローブ姿、銀色の長い髪を後ろにまとめ上げて結んでいる。その後ろ髪が白狼の尻尾を連想した。

 魔力が強い証となる赤に近い紫の瞳を持ち、伶俐さを秘めていた。

 極め付けは顔である。

 とびきりの美形である。クリスも美形であるが。

 クリスの顔の良さは例えるなら白馬に乗った王子、彼は森の奥に住む白狼の精霊のようだった。


「賢者メドラウト。若くしてエムリスの塔の賢者になった男だ。本来、エムリスの塔は表に出ないとされているが今回は特別に学園長に立候補してくれた」


 国王の紹介にヴィヴィアは唖然とした。


 だ、だれ?


 エムリスの塔なんて小説に出てもいないのに。


 確かにここで学園長になるのは別の高位貴族の家門に属した者だった。


 シナリオが変わっている?


 事件解明にクリスが関わったタイミングのずれがこうした形になったのか。


 頭が追いつかなかった。


「ヴィヴィア、大丈夫ですか?」

「あ、え? はい。随分若い賢者ですね。これからの学園の発展が目覚ましくなるかも」


 ヴィヴィアの言葉にクリスは困惑した表情を浮かべた。


「どうかな」


 なんだか、彼が彼女のことを知っているかのような口ぶりである。

 小説ではエムリスの塔の賢者が出てくることはない。

 ベザリーとクリスの話に賢者を呼び寄せようという話すらなかった。


「それでは、メドラウトよ。何かひとこと」


 王に促される前にとことこと彼は壇上から降りてしまった。


 まっすぐにこちらの方へ向かってくるような気がする。


「お前が、ヒ素の解毒をした女か」


 目の前に来てヴィヴィアに尋ねてくる。


「え、なんのことでしょうか」


 意味がわからない。

 毒という単語にヴィヴィアはびくりと反応した。

 あまり毒魔術のことは知られたくない。

 周りを見るが、周囲は遠慮して近づこうとしない。

 おかげでメドラウトが何と言ったのかわからないようだ。


 安心した。

 いや、安心していいのだろうか。


「ロズモンドの鼻垂れにヒ素を盛られた女がいただろう。お前の毒魔術の使い方に興味がある。後日授業が終わったら学園長室へ来るように」

「いえ、行けません。私は学生じゃないので」


 学園入学もできなかった無能力者だったし、編入できたとしても今は18歳。もうすぐ19歳になり、在学年齢を超える。


「何だと。クリスが奨学金を援助している女がいるというのは」

「それは別の方です」


 ベザリーの情報と混同しているようだ。


「相変わらず礼儀がなっていませんね、メドラウト先生」


 クリスの呆れた声が聞こえた。


「そもそもお前が紹介を渋るからいけないんだぞ。はぁ、学生じゃないなら学園長をやめるか」

「国が誇るカリバー王立学園、学園長の座はそんな軽いものではありません。最低でも1年勤め上げてください。あまり駄々をこねるならレイン様に言いますよ」

「っち」


 レインというのは雨の女神の名前で、女性の名前としても利用される。

 雨の女神のことを言っているのか、クリスですら尊称をつける高位の女性なのか。

 どちらだろう。


「お知り合いなのですか」

「昔、ゴーヴァン公爵家に属していた者です。この通り礼儀を知らず、反感を買うことも珍しくなく除籍されました。その後、エムリスの塔に入ったと聞きましたが……」


 説明すると長くなるから後日改めてとクリスは言った。


「絶対に学園で問題を起こさず1年間は最低限の仕事をしてくださいね」

「なら、その女に定期的に会わせろ」

「私の妻をぞんざいに呼ばないでください」


 だから嫌だったのだ。

 この男をヴィヴィアに会わせるのは。


「あなたのせいでパーティーが白けてきます。用がお済みなら帰ってください。私たちは国王陛下に挨拶がありますので」

「よし、俺も行こう」

「話がややこしくなるからいやです」


 クリスはしっしっと雑にメドラウトを追い払った。ここまで塩対応な彼を見るのははじめて見る。


 ヴィヴィアは彼の姿を背に、クリスと共に謁見のために並ぶ列へと向かった。


 照明が暗くなり、厳かな音楽が流れてくる。


 ダンスが始まったのだろう。


 リチャード王太子が婚約者とファーストダンスを踊っているのが見えた。

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