9話目 解決できない問題は相談しないで
「おれが心変わりをするとかは考えたり」
「こちらとしてはどちらでもかまわないのさ。悪用をするようなら、ナツちゃんがつかまえようとしているアーティスちゃんやトーリちゃんと同じように指名手配犯としてあつかうだけのこと」
シンプルでわかりやすいでしょう、とニアがにこやかな表情をつくっている。
「そいつらをつかまえれば、ナツはモルテプレディオンの呪縛から解放されるんですか」
「呪縛って。指名手配犯をつかまえても解放はされないだろう……ナツちゃんほどの逸材はいないし、本人もやめるつもりはなさそうだし」
「どうすれば」
「選んだのはモルテプレディオンだからナツちゃん以上の後継者がいればツクヨくんの求めている解放とやらはできるんじゃない」
ナツちゃんのようにまっすぐな異常者はかなりのレアだから見つけるのは大変だと思うけどとニアが続けていた。
「まっすぐな異常者?」
「すぐにわかるよ。色々と話したけどツクヨくんはナツちゃんを口説いてくれると考えて良いのかな」
「あくまでもサポートとしてですよ。ナツの望みは風間と付き合うことなので、おれが横槍を入れるのは筋が違うかと」
風間に振られるようなことでもあればナツの失恋のダメージを癒やすために口説くかもしれませんがとツクヨが宣言する。
「どこまでもナツちゃんのためのナイトでありたいのか、健気なことで」
利害が一致したことの証明かツクヨとニアが握手をした。
「組織というか、わたし個人の考えだがカザマくんよりもツクヨくんのほうがナツちゃんのパートナーにふさわしいとは思っているよ」
ニアのリップサービスであろう言葉に、ツクヨが苦笑いを浮かべる。
「そりゃどうも」
本音なんだけどね。ツクヨくんがただの臆病者だったらあれほどの力を持つナツちゃんのサポートをしたいとすら、ニアの左右の耳がびくびく動く。
「しゃがんだほうが良いかもしれないね」とニアの言葉にしたがってツクヨが腰を落とす。
強烈な風とともに、なにかが切れたような音が。
ツクヨが音のした方向を見上げている。真一文字の赤黒い亀裂があった。
「この亀裂は、もしかするとナツがモルテプレディオンで切りさいたとか」
「大正解。ツクヨくんにも見えるレベルで切ったということはかなり厄介なまじないだったようだね」
「例の指名手配犯のどちらかが原因だったとか」
しゃがんだままツクヨが立ち上がろうとせずに、ニアに聞いている。
「おそらくはトーリちゃんのほうかな。やりかたが陰湿な感じだったし、アーティスちゃんの考えかたなら直接的にナツちゃんを倒そうとするはず」
ニアが、ツクヨにおんぶされたままで眠っているアテラをちらりと見る。銀髪の彼の体調を心配しているのか茶髪の彼女が覗きこんだ。
顔色が悪いけど大丈夫かい? ニアの言葉は聞こえているようでツクヨが首を縦に動かす。
「しゃがんでおいて良かったね。そうじゃなければツクヨくんの首から上も一緒に消えていたかもしれない」
「ナツ以外には、その指名手配犯をつかまえられるレベルの人材は」
「いないね。どちらかというとナツちゃんが歴代を遥かに上回る逸材だからこそワンマンプレーにならざるをえないが正しいか。今回もわたしがサポートするまでもなく解決してしまったしさ」
どちらかというと指名手配犯の二人のほうがかわいそうな気もする、と言いつつ視線を合わせるためにかしゃがみこんだニアがショックを受けてそうなツクヨの顔を横目で見た。
「サポートできると思っていた愛しいナツちゃんが自分の想像を遥かにこえていて残念だったのかい」
ニアがにやついている。男の子だったら誰でも、自分の愛するお姫さまの前では王子さまやヒーローになれるものだと思うものだ、恥ずかしいわけじゃないよ……とでも茶髪の彼女は言いたそうだった。
「ナツが無事だったら、おれのプライドとかはどうでも良いんですよ。ただ」
ツクヨの顔を覗きこむのをニアがやめる。
「今日はここまでにしよう。悩みごとを聞かされたところでわたしには解決できないし、そろそろナツちゃんも戻ってくる」
ぱっくりと校舎の壁や窓、なにもかもを切りさくように生じていた赤黒い亀裂が消えていく。
近づいてくる足音が大きくなってきたからか……ゆっくりと立ち上がったツクヨがいつも通りの表情をつくろうとしていた。
「ごめんごめん、迷路みたいになっていてトイレを見つけるのに苦労を。ニアさんとなんかあった?」
戻ってきたヒトミが、いつもと変わらないはずのツクヨの顔を見ながら首を傾げる。
「どこかの幼馴染が戻ってくるのが遅かったから、おんぶをするのに疲れてきただけだ」
「デリカシーのかけらもない。間違ってもアテラが起きている時にそんなことを言わないであげてよ」
ニアさんも異性に重いからおんぶしたくない言われたら傷つきますよね? とヒトミに聞かれて茶髪の彼女が困ったように笑う。
「今のはどちらかというと、ナツちゃんのトイレが長いことに文句を言ったんじゃないかな」
「覚悟しとけよ。次にツクヨがトイレにいった時に長くても短くても文句を言ってやるから」
「それはもう、ただの仲の良いやつだよ」
ヒトミに軽くつっこみ、ツクヨが廊下を歩く。
なんの問題もなく下駄箱が見えてきてか、ほっとしたようにツクヨが息をはき出す。
「おっと、わたしは別の用事があるからこのへんで失礼させてもらうよ」
階段を上っていくニアに対して、ツクヨとヒトミが別れのあいさつをする。
「手伝おうか」
とヒトミがアテラの上靴を脱がせて、スニーカーを履かせていた。
「ようやく出られたようですね」
校舎を出られたのとほとんど同時に……ツクヨにおんぶをされているアテラがまぶたを開けた。
「まったく重くはないのですが、そろそろ」
「もしよろしければ、わたしがヒトミをモルテプレディオンから解放をするためのお手伝いをしてあげましょうか」
アテラのそんなささやきに、ツクヨが固まる。
「どうかしたの?」
「斉藤さんが疲れたからこのまま家まで送ってくれないかと頼まれただけだ」
「わたしも付き合えるけど」
「色々とあって疲れただろうし……ナツはまっすぐ家に帰ったほうが良いんじゃないか」
二人についていくための理由が思いつかなかったからかヒトミがなにかを言いたそうにしながらも、校門でアテラをおんぶしたままのツクヨと別れた。
アテラを家まで送り届けようとしているツクヨの後ろ姿を見てかヒトミが自分の心臓の音を確かめるように胸に手を当てていた。
「派手にやられたようね。大丈夫?」
さっきよりも揺れが大きくなったツクヨの背中の上で目を閉じているアテラが唇を動かさずにノコミに声をかけた。
「お姉さまとおしゃべりをするぐらいは平気ですがしばらくは動けなさそうですね。人形のほうだけはなんとか指二本ぐらいなら」
「だったらお見舞いをする必要はなさそうね」
アテラが声を出さずにくすくすと笑う。
「もしかしたらお姉さまが買ってきてくれたメロンを食べられればすぐに回復できるかもしれません」
「だったら、デートのあとにでも買ってくるわ」
「デート……誰とですか。彼氏ができたんですか」
かなり興味があるのかノコミがまくしたてるようにアテラに聞いている。
「お友達になったばかりの木下ツクヨくんと。今も彼の背中で眠らせてもらっていたり」
「キノシタツクヨ、デスサイズちゃんの幼馴染の」
「イケメンさんよ。年齢のわりに身体もしっかりとしていますし」
「なんか楽しんでません?」
「これからデートですからね。たっぷり楽しませてもらわないと」