7話目 うぬぼれるぐらい良いじゃないか
おんぶしているアテラに注意しながら、ツクヨがヒトミの左手を握った。銀髪の彼のいるほうを見て赤髪の彼女が首を傾げる。
「なに、こわいの?」
ツクヨの手が汗をかいていて冷たかったからなのかヒトミが茶化し、銀髪の彼に笑いかけた。
「ある意味でな。ナツを追いかけるのも大変だし」
「とか色々と言いわけを並べているだけで、本当はわたしと手をつなぎたかったんじゃないの」
「ばれたか」
「言ってくれれば手をつなぐことぐらい、いつでもやってあげるのに」
「今みたいな誤解をされそうな言葉を軽々しく口にするなよ。隙だらけなところもあるんだからさ」
横目でヒトミがツクヨの顔を見上げる。銀髪の彼におんぶされたアテラが眠っているのをあらためて確認した。
「風間くんには?」
「そもそも緊張をするから言えないだろう」
「もしも言うことができたらどうなるかな」
ちらちらとヒトミがツクヨの反応を確かめるように両目を動かしている。
「状況にもよるけど。風間だったら……常夏さんにそんなことを言われたら勘違いしそうになる、とかナツをほめつつ注意するんじゃないか」
どことなく、ぶっきらぼうにツクヨが言う。
「ツクヨとほとんど同じってことね」
「おれはナツをほめてないと思うが」
「言いかたの違いだけで、ツクヨもわたしが可愛い女の子だって認識してくれているんでしょう?」
「幼馴染さんはポジティブなことで」
あきれたような顔つきをしているがツクヨの声は震えていた。
「わたしを可愛いとか魅力的だと思ってないと手をつなごうと思わないんじゃない」
「はいはい。大正解だよ、おめでとうさん」
むっとしてかヒトミが頬をふくらませたが、すぐに元に戻る。
ぎゅっと手を握る力を強めるツクヨをからかおうとしてかヒトミが表情をゆるめかけるも、近づいてくる足音に気づいたからか赤髪の彼女も。
「ごめんごめん。そんなこわい顔でにらまないで、カップルの邪魔をするのもどうかと思ったんだけどややこしい状況だからさ」
近くの階段から下りてきた赤と白のチェック柄のリボンを巻きつけた制服姿の茶髪のウェーブの女子生徒がヒトミとツクヨを交互に見る。
ツクヨがおんぶしているアテラを発見してか。
「眠り姫もいたのか」
と茶髪のウェーブの女子生徒が口にした。
「ツクヨくんにナツちゃんってお互いに呼んでいたよね。わたしの名前は鳴上ニア……二年生。二人は一年生かな」
ニアがヒトミの巻きつけている緑と白のチェック柄のリボンを指差す。
ツクヨが肯定するとニアが笑みを浮かべた。
「鳴上さんは」
「ニアで良いよ。わたしも常夏ヒトミちゃんのことをナツちゃんとこれからも呼ばせてもらうし」
「知り合いだったのか」
ツクヨにそう聞かれてヒトミが首を横に振る。
「わたしが一方的に知っているだけだよ。こちらのナツちゃん、有名人だったりするから。恋人がいるのはさすがに知らなかったけど」
ツクヨとヒトミが手をつないでいるのを、ニアがまじまじと見た。
「ツクヨはただの幼馴染ですよ」
「言われてみれば、ほかの女の子をおんぶした状態で恋人と手をつないだりしないか。かなり有能そうな男の子なのにもったいないな」
そうかな? とでも言いたそうにヒトミがツクヨの顔を見上げる。
「ほめてもらうのは嬉しいんですが……ニア先輩もおれらと同じで迷子になっているんですよね?」
平然とした様子のニアが首を縦に振った。茶髪の彼女の表情を見たからか、ツクヨがイタズラが好きなんですねとでも言いたそうな顔をする。
「実はここから脱出する方法を知っているとか」
「さっぱりだ。なんというか、変なことに巻きこまれていることだけは確かだろうね」
すごろくのふりだしに戻されたみたいな顔をしないでほしいなー、とニアが唇をとがらせる。
「ところでカップルじゃないとしたら、ツクヨくんとナツちゃんはどうして手をつないでいるんだい」
「ナツが動き回らないようにしているんです。どこに危険があるか分かりませんから」
「という建前で、ツクヨくんは意中の女の子の手を握っているのか。なかなかの策士だね」
「ナツも言ってましたが、ただの幼馴染ですって」
幼馴染くんはポーカーフェイスが得意なんだね、とヒトミに同意を求めるようにニアが言う。
「ナツちゃんもツクヨくんの考えが正しいと思っているから、じっとしているのかい?」
ニアの言い回しを不思議に思っているのかツクヨはどことなく納得をしていない様子。
「わたしが動き回っている間に、ツクヨやおんぶをされているアテラに危険があったら大変ですから」
「アテラちゃんか」とニアがツクヨの背中で眠っている白髪の彼女を見つめた。
ニアがヒトミの耳元に唇を近づける。茶髪の彼女が自分の頬にキスをするつもりなのかとでも考えたようで赤髪の彼女が目を泳がせる。
「ナツちゃんならツクヨくんに見えないスピードでモルテプレディオンを全力で振り回せば……あっという間に脱出できると思うんだけど」
ヒトミの目つきが鋭く、冷たくなっていく。
「ツクヨはともかく……彼の背中で眠っている才藤アテラさんが気になっています。わたしの気のせいだったら良いのですが」
ニアにだけ聞こえるほどの音量でヒトミが報告をする。
「ナツちゃんも意外と色々と考えているようだね」
ヒトミから離れ、眠っているアテラの白髪をニアがなでつけるように触れた。
「どちらさまでしょうか」
アテラのやわらかな頬を人差し指でつついていたニアが驚き、声を上げる。
「アテラちゃんだっけ? 起きていたんだね。遠慮なく言ってくれれば良かったのに」
「髪や顔を触られまくれば誰でも目を覚ますと思いますが」
「ごめんごめん。女の子が好きそうな人形みたいにアテラちゃんが可愛かったから、ついつい」
うっすら目を開けたアテラが顔を左右に動かす。
「校舎の外ではなさそうですね。おやすみなさい」
自分にも落ち度があると思っているからかニアは気にした様子もなく寝息を立てるアテラからツクヨのほうに。
「マイペースな彼女さんでうらやましいよ」
「おんぶしてますけど、才藤さんも彼女ではありませんよ」
「都合の良い男というやつか、ツクヨくんも色々と大変そうだね」
ところで、ナツちゃんと手をつなぎっぱなしだとトイレにいけないんじゃない。とほがらかな表情でニアが口にする。
なにかに気づいてか慌てた様子でツクヨがヒトミのほうを見下ろし、手を握るのをやめた。
「悪い。そこまでは考えてなかった」
「今のところは……あっと。とつぜんトイレにいきたくなったからここで少しの間ニアと一緒に待っていてくれると助かる」
三人分のスクールバッグをおいていったヒトミの姿が見えなくなるとニアがツクヨの隣に並ぶように移動をした。
「せめてものお詫びとしてナツちゃんの代理をしてあげましょうか?」
ニアがツクヨのほうに左手を差し出している。
「ニア先輩は手をつながなくても平気かと。冷静に色んなことを考えられそうですし」
「ほほう。自分はナツちゃんのストッパーだという自信があるわけだね、ツクヨくんは」
「自信なんてありませんよ」
「だとしたら下心かな。アドバイスじゃないがナツちゃんはツクヨくんが考えているほど精神的に幼い女の子でもないと個人的には思うよ」
おんぶをしているアテラがずり落ちそうになったからかツクヨができるだけ静かに元に戻す。
「ナツを子供あつかいしてないつもりですが」
「言いかたを変えようか……ツクヨくん的にはナツちゃんのサポートをするだけのつもりなのかい」
ニアの言葉をいまいち理解できてないのかツクヨの表情が変わらない。
「サポートがどこまでのことを言うのかはわかりませんが、幼馴染としておれができるのであればやるつもりではありますよ」
「欲がないというか、殊勝というか。ナツちゃんを自分でコントロールしたいとは思わないの?」
「ナツに限らず、他人を完璧にコントロールしようなんておこがましいのでは」
「ナツちゃんが特別な力を持っていることは知っているんでしょう? ほしくないのかな」
「なんの話ですか」
やっぱりポーカーフェイスは厄介だなー。本当に知らないのか、嘘をついているのかわかりづらいとニアが言う。