4話目 ハイリスク、ノーリターンな恋愛話
「屋上とかじゃないのね」
背後からアテラに声をかけられて……歩きながらヒトミが顔だけを振り向かせる。
「鍵がかかっていて屋上にいけないし」
「多感な年頃なのに、学校のルールを破っちゃおうとか考えないなんてヒトミはえらいわね」
「アテラも同じぐらいの年頃なのでは」
「精神年齢はヒトミよりも高いってうぬぼれよ」
人気のないところへと移動を続けていきヒトミとアテラは体育館に入った。赤髪の彼女が二階にある災害時のための大きな部屋のドアノブを回す。
「逢い引きしている男女がいたりして」
背後からのアテラの不意の一言にヒトミが身体をびくつかせた。白髪の彼女をうらめしそうに見て、赤髪の彼女はノックする。
反応がなく、部屋の中には誰もいないと判断してかヒトミは扉を開けた。
「ヒトミは風間くんのどこが好きなのかしら?」
後ろ手で扉を閉めるながらアテラが言う。
「男の子を好きになるのに理由なんていらない気がするんだけど」
「だとしたら、個人的にはそのていどの愛情としか思えないわね。好きも嫌いも分析をしてこそ自分の本当の気持ちがわかるものですし」
「もっともらしいことを言っているけど、アテラが他人の色恋を具体的に知りたいだけとか」
どこか不服そうな表情をするヒトミがアテラの顔をじろりとにらむ。白髪の彼女は臆することもなく赤髪の彼女と目を合わせた。
「否定はできないわね。だけど自分でも言語化できない感情を向けられて相手が困惑する可能性もあるんじゃない」
本当に自分は風間くんを大好きなのかの確認作業にもなると思いますし、アテラがそう続ける。
うぐぐ……とヒトミがうなり声を上げた。
「でも、ドライすぎないかな」
「恋は盲目という言葉もありますので、当人以外は冷静沈着になってあげるのも優しさでしょう」
「なんか、アテラって恋愛経験が豊富そうだね」
「買いかぶりよ。キスもしたことありませんわ」
アテラの言葉に納得してか、カケルを好きな理由でも考えているのか腕を組んだヒトミがゆっくりとまぶたを閉じた。
「寝不足?」
「違う。こうやって目を閉じたほうが、風間くんの姿とかを想像しやすいからやっているだけ」
「妄想の間違いじゃないかしら」
「そのへんはノーコメントでゆるしておいて」
声をうわずらせ、ヒトミが恥ずかしそうにする。
「だけど、確かに目に入ってくる情報をあえて遮断するのは良いかもしれないわね」
ヒトミがまぶたを開かないか注意しつつアテラが黄色の水晶玉を出現させる。赤髪の彼女には聞こえないほどの音量で呪文を唱えていた。
「我を主と認めしものよ、その姿を見せ思うがままに魔を振るいたまえ」
不穏な気配を感じ取ってかヒトミが瞬時にまぶたを開ける。
「どうかした?」
アテラがなにも持っていないことをヒトミがまじまじと確認していた。さっきの不穏な気配は自分の気のせいだったのかと考えているのか赤髪の彼女が顎を親指と人差し指でなでる。
「んーん、なんでもないよ。わたしの気のせいか」
と再びヒトミはまぶたを閉じてしまう。
「相性の問題もあるとはいえ……感知能力はかなり苦手なようね」
アテラの視線の先には、身体全体が透明で白い翼を背中から生やしたカニに似た生きものたちが床を埋めつくさんばかりに立っていた。
カスタネットのような音をさせながら、白い翼を生やしたカニたちが左右の大きなハサミを動かす。
「風間くんの好きな理由は思いついたかしら」
「思いつくって、こう好きな気持ちがあふれすぎて上手に言葉にできないだけだよ」
ヒトミが唇をとがらせる。赤髪の彼女にこちらが見えてないかをしらべるためかアテラが手を振っている。自分の姿が見えてないと判断したのであろう白髪の彼女が耳元で声をかけた。
思っていたよりも近くからアテラの声が聞こえてきて驚いたようでヒトミがびくつく。なぜか赤髪の彼女はまぶたを開けようとしない。
「びっくりさせないでよ」
「驚いたということは身の危険を感じたのね」
「アテラの言う通りだけど、今は風間くんの好きなところを考えるのに集中を」
「不安になってしまって、一瞬だけでも風間くんのことを考えなかった?」
アテラの指摘通りだからかヒトミがだまる。怒るほどでもないとはわかっていても、文句は言いたいのか赤髪の彼女がうなる。
「手伝いだったら、もっと優しくしてほしいかな」
「だったら、ちょっとした提案なんだけど。危険な目に遭ってみるとかどうかしら」
「危険な」
視認できない白い翼を生やしたカニたちが一斉にヒトミに襲いかかろうとする。赤髪の彼女のやわらかな肉を挟み……ちぎり取ろうと。
「目に」
うっすらとヒトミがまぶたを開きかける。
すぐそばにまで近づいてきているカニたちの姿がヒトミには見えていないと判断してかアテラが笑みを浮かべる。
「遭うって」
ヒトミの目には見えていないはずの白い翼を生やしたカニが全て真っ二つに切られていく。くるくるとブーメランのように回転する手のひらサイズの鎌が空中に浮いているのをアテラが冷静に見ていた。
「どういうこと?」
「そのままの意味よ。走馬灯が見えるようなことはやりすぎだとしても、多少のリスクを冒すのも悪くないんじゃないって話」
いまいちアテラの言いたいことがわからないからかヒトミが首を傾げる。周りにちらばっている白い翼を生やしたカニたちの残骸は見えてないのか赤髪の彼女はまったく気にしてない。
「風間くんに対しての好きな理由がまだわからないレベルのようだから意中の彼にアタックしてみたらどうでしょうかという提案」
というか本当にヒトミが風間くんのことを好きなのかどうかの確認作業ですけど……とアテラがつぶやいていたが赤髪の彼女には聞こえてない様子。
「ちなみに恋愛のアタックって告白とかプロポーズのことじゃないよね?」
「ヒトミと風間くんがどれくらい仲が良いのか知りませんが告白などははやいでしょうね。風間くんはまだヒトミをクラスメートの一人としか考えてなさそうですし。肉体的な接触をしてみるとかかしら」
「アテラの言葉の意味がわたしにはわからないな」
ヒトミが頬を赤くしたからか回転しながら空中に浮く手のひらサイズの鎌が左右にふらついていた。
「肉体的な接触以外に提案とかないの」
「では連絡先の交換とかどうでしょうか。転校生のわたしが同じクラスメートの風間くんと仲良くなりたいということを口にすれば教えてくれるかと」
「わたしとは一切関係がないような」
「恥ずかしがり屋の転校生の仲介人としてヒトミもその場に立ち会えば風間くんがグループLINNの登録を提案してくるはず」
昨日までは全く接点のなかった他人を助けようとしている女の子とは、お近づきになりたいと大抵の男の子は思うものでしょうから……とアテラが邪悪そうな笑みをつくる。
「ちょっとだけど、ずるくない?」
「ずるくても良い場合もあるの。仮に作戦がバレてしまったとしてもわたしが男の子だったらそこまでして自分と関係を築きたいと願う女の子をむげにはできないわ。それにヒトミみたいな可愛い生きものに特別な感情を」
「チャイムが鳴ったから恋愛の話はここまで」
「耳が良いのね」
アテラにはチャイムの音が聞こえなかったようだがヒトミをこれ以上いじめるつもりはなかったのか部屋を出た赤髪の彼女を追いかける。
煙のように消えていく視認できない白い翼を生やしたカニたちにアテラは興味がなくなってしまったようだった。