2話目 ポジティブ鈍感まっすぐ娘
「珍しいね、転校生とはいえツクヨが女の子に興味を持つなんて。もしかして、そろそろ彼女がほしくなったりとか」
「ナツの勘違いだ。そもそも恋愛とかに興味がなさそうなタイプだと思われているっぽいしな」
「知らないの? ツクヨって意外と女の子にモテているんだよ」
たまにだけど常夏さんは木下くんの彼女じゃないの? とか聞かれることもあるし、とヒトミが口を開けて笑う。
「その話が本当だったら、ナツのせいでおれはモテないんじゃないのか」
「わたしが可愛すぎちゃって、ごめんね」
「別に良いよ。今すぐに彼女がほしいわけじゃないからさ」
「そんなこと言っても……こうやって毎日わたしと一緒に学校にいってるんだし」
「おはよう。常夏さん」
と声の聞こえてきたほうにヒトミが顔を動かす。
意中の相手である風間カケルだとわかったからかヒトミが驚き、宇宙人がつかってそうな言葉を羅列させる。
わざわざ追いかけてきたのであろう息を切らした様子のカケルが首を傾げた。ヒトミの言動に違和感を覚えてないようで短い黒髪の彼の表情はにこやかなまま。
「おっ、おっはよおん。風間くん」
なんとかカケルに返事をしたヒトミが自分の胸の辺りを両手で触っていた。心臓の音が聞こえてないかと確認するように赤髪の彼女が横目で短い黒髪の彼の顔を見る。
カケルと目が合ったと思ったからかヒトミは隣を歩くツクヨのほうにすばやく顔をそらす。
「木下もおはよう」
「おう、珍しいな。サッカー部の朝練は?」
「まだ完全休養日。グラウンドの整備するから練習できないとか先生たちは言っているけど……実際のところは色々もめているっぽい」
「サッカー部の誰かしらがケガをしたとかって話もあったし、先生たちもほかの大人になじられているのかもしれないな」
風間と話さないのか? と伝えているかのような視線をツクヨがヒトミに投げかけた。赤髪の彼女はだまったままで隣を歩くカケルの横顔をちらりと。
見られていることに気づきカケルがヒトミと目を合わせようとしたが赤髪の彼女が再び顔をそらす。
カケルが困ったような表情をつくった。
「ナツとデートをしたとか聞いたんだが」
不意に声をかけられてカケルがびくつき、ツクヨと目を合わせる。
「なつ?」
ツクヨがヒトミを指差した。赤髪の彼女のニックネームなんだと理解したようでカケルがうなずく。
「ぼくとしては常夏さんとおしゃべりをできたからデートだったけど。大半がサッカー部のお手伝いをしてもらっただけのような」
「ううん、わたしも楽しかったからデートだよ」
ヒトミが慌てた様子でカケルに同意をする。
「気をつかってくれなくても良いのに。常夏さんの時間があいていたら……本当のデートに誘いたいと考えていたところだし」
もちろん、常夏さんが迷惑じゃなければだけどとカケルが気恥ずかしそうに笑う。
「迷惑なんてありえないから、わたしも風間くんともっとおしゃべりしたいと思っていたところ」
「良かった。それじゃあ、また誘わせてもらうね」
別の用事があるらしく、遠ざかっていくカケルの背中にヒトミが手を振った。
カケルの姿が完全に見えなくなったのと同時に、ヒトミが口から大量の空気をはき出していく。
「緊張した。いきなり声をかけてくるなんて寿命が縮んだよ」
「そんなささいなことより情報の捏造はあまり良くないような」
「うっさい! 風間くんもデートだって言ってくれたんだから事実なの。わたしも楽しかったし」
ポニーテールを振り乱し、ヒトミが仔犬のようにわめく。
「でも、わざわざ朝からナツに話しかけてきたってことは」
「言われなくてもわかっているから」
カケルが声をかけてきた理由も忘れ、自分に都合の良い想像でもしているのかヒトミの表情がやわらかくなる。
ツクヨがむっとしたような顔つきをした。
「なんで緊張するような相手を好きになるのやら」
「好きになったんだから仕方ないじゃん」
おれも似たようなもんだけどさ、とツクヨがつぶやくもヒトミには聞こえてなかったようでまったく反応がなかった。
スニーカーから上靴に履き替え、ヒトミとツクヨはそれぞれの教室へ向かった。
自分の席に座るカケルの後ろ姿を見てかヒトミの動きがとまる。なにかを書いているようでシャープペンシルを持った右手で短い黒髪の彼が頭をかく。
「手伝ってあげないの」
驚き、すばやく距離をとったヒトミが振り向くと眠たそうにしている黒のショートヘアの女子生徒が立っていた。
「なんだ……イオリか。びっくりさせないでよ」
「ごめんごめん。おはよ」
「おはよう。今日も眠そうだね」
「彼氏が眠らせてくれなくてさ」
男子生徒に見られていることも気にせずに、竹中イオリがだらしなく口を大きく開ける。
「リキトくんのことだよね、イオリの彼氏って」
「弟のこと以外に顔を赤くするような想像の余地はないと思うけど。風間と良いことでもあったの?」
ぶんぶんと手を振りながらヒトミが否定をする。
「ふーん」とイオリがつぶやく。
動揺した様子のヒトミには興味がないのかイオリはなにも言わずに自分の席に向かう。
スクールバッグを机のフックにひっかけ、イオリがヒトミのいるところに移動していく。
自分の机の中に教科書やノートを入れている最中のヒトミと向かい合わせになるようにイオリが腰を下ろした。
「風間とデートしたとか聞いたんだけど」
「誰に」
動きをとめて、ヒトミがイオリに顔を近づける。
「木下以外にヒトミに関する情報をわたしに提供をしてくれるやつは……どこへ行くつもり?」
とつぜん立ち上がったヒトミを見上げつつイオリが声をかけた。
「幼馴染の葬式があるから参列にいこうかと」
「実行犯が殺した相手の葬式に参加するのはかなり異常じゃないかな」
せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうよ……と言いつつイオリがヒトミの両肩をつかみスクールチェアに座りなおさせている。
「風間とのデートはどうだったの」
「ツクヨから結末を聞いているでしょう。そもそもデートかどうかもあやしい」
「本当は?」
「本当もなにも。風間くんもわたしが不快な気分になってないかをしらべるためにわざわざ朝から声をかけてくれたんでしょう」
理由はどうあれ、ちょっと嬉しかったけどね、とヒトミが続けた。
シャープペンシルを動かすカケルのいるほうに、顔を向けながらイオリが頬杖をつく。
「木下に気をつかったわけでもないのか」
「なんか言った?」
「こっちの話……風間がデートに誘ってくれたのは埋め合わせのためだとヒトミは思っていると」
ヒトミがうなずく。不安そうな顔をしたからか、イオリが赤髪の彼女の頭をなでる。
「さすがにまだ未確定でしょう。迷惑をかけたことを差し引いても、嫌いな相手とデートしたいなんて思わないんじゃない」
「実はわたしと本当のデートをしたかったとか」
イオリが苦笑いを浮かべる。
「風間の気持ちはわからないけどさ。すごく近くにヒトミにほれているやつがいるとは思う」
ヒトミがなにかを言いかけたのと同時にチャイムが鳴った。立ち上がり、自分の席に向かうイオリに赤髪の彼女が手を振っている。
ホームルームが始まり、担任の言葉に教室にいる生徒たちの半数が耳を傾けた。
残りの生徒たちは教室の外……黒板の近くにあるスライドドアの丸い小窓から転校生の姿が見えてかざわつく。
担任の言葉にしたがい、教室に入ってきた白髪の少女に対してかヒトミが目を見開く。
「はじめまして、才藤アテラと申します。そのうち地球を滅ぼすつもりなので、それまでは仲良くしてくれるとありがたいですね」
驚いた様子のヒトミと目を合わせ、アテラはにっこりとしていた。