19話目 隠してあった事実
クラスメイトの大半が帰ってしまった教室。
昼休みから机のフックにひっかけたままのアテラのスクールバッグをイオリとヒトミが見つめる。
「優等生なのに戻ってこなかったね、才藤さん」
「色々とあるんだと思うよ。大人っぽくてもアテラも女の子なんだし」
「なんか知っているの?」
スクールバッグをかついだイオリが普段とは違う顔つきのヒトミにそんな質問をした。
「ううん、ぜんぜん。でも仲の良さそうなツクヨがなんとかするんじゃない」
首を横に振るヒトミに、なにか聞きたかったのか唇を動かしかけたがイオリはやめてしまう。
「今日は一緒に帰れそうだけど」
「リキトくんは?」
「ガールフレンドができたとかで、しばらくはお姉ちゃんと遊んであげられないだってさ」
生意気で可愛いじゃん、とヒトミが言う。
「イオリお姉ちゃんとしてはジェラシーとか」
「すくすくとそだってくれているようで安心をしたわ。シスターコンプレックスっぽかったし」
心配しているのはガールフレンドがわたしみたいに性格が良いかどうかぐらいだよ、とイオリが肩を回すような動作をした。
教室を出て……ヒトミとイオリは横並びで廊下を歩いていく。
「朝から聞きたかったんだけどさ、その新しいヘアゴム。風間からプレゼントでもされたの?」
これまでに見たことないであろう種類のヘアゴムでポニーテールにしているヒトミのほうにイオリが顔を向けた。
「この前の埋め合わせデートの時にね」
「さすが風間だね。良いセンスをしているわ」
「イオリだけだよー。こういう細かいところに気づいてくれるのさ」
「多分だけど木下も気づいていたと思うよ。あいつも一応は男子だから女子の変化を指摘しても良いか迷っただけで」
「言ってくれないと伝わらないかと」
その通りなんだけど、とでも言いたそうなどこかはがゆそうな表情をイオリがする。
「ヒトミって、木下のことはどう思っているの」
「ただの幼馴染だけど」
下駄箱からスニーカーを取り出しながらヒトミは質問に答えている。
「だとしたら、木下にほめてもらおうと考えるのは強欲じゃない。恋人でもないんだから」
「ツクヨにほめてほしいんじゃなく、自分の変化に気づいているか知りたいだけのような」
「同じことだよ。わたしからすれば木下にかまってほしいと甘えているようにしか聞こえなかったし」
怒っているような口調のイオリに驚いてかヒトミが困惑している様子。
「イオリは誰かにほめてもらいたいとかは考えたりしない? わたし的には、ごく普通のことだと思うんだけど」
「なにか裏があるんじゃないかと考えるだろうね。他人にほめられることなんて珍しいしさ」
ヒトミの隣を歩いているイオリが見つけた小石を蹴りとばす。
「性格の問題か。わたしは素直に嬉しいんだけど」
「だとしても木下に強要するのは違うでしょう」
強制はしてないじゃん、と言いたそうにヒトミが唇をとがらせた。
「ツクヨは弟みたいなものだから心配しているだけだって……顔はかっこいいのにもったいないというか。宝の持ち腐れみたいな感じであって」
「もしも木下に恋人ができたとしたら?」
足をすべらせたヒトミが転びそうになり、コンクリートの上にスクールバッグが落ちる。
気をつけなよ、と言いながらイオリが赤髪の彼女のスクールバッグを持ち上げていた。
「おめでとう。とかなんとか祝福すると思うよ」
「本当に? まったく想像すらしてなかったみたいに見えたんだけど」
イオリからスクールバッグを受け取り、ヒトミがさっきまでと同じように左肩にかつぐ。
「ツクヨがデートをする姿とか考えたことなかったのは確かだけど。とつぜんでびっくりしただけで」
「木下と才藤ちゃんの仲が気になっている?」
イオリの勘違いだよと否定をするようにヒトミが首を横に動かす。
「アテラは転校生なんだから仕方ないよ。ツクヨも男の子だから、女の子に優しくするのは普通だし」
「風間が好きなんでしょう。だったら木下のことは諦めてあげないと」
ヒトミがうなり声を上げる。
「ツクヨはただの幼馴染なだけだって……わたしが好きなのはあくまでも風間くんだし」
「わかっているのなら良いよ。木下だって我慢したんだからヒトミも受け入れてあげてほしいだけ」
ごめん、と口にしたあとイオリはヒトミと別れて自宅のほうへ走っていった。
「さすがにアーティスちゃんほどではないか」
うなだれて、動かないままでいるヒトミの背後にいつの間にか立っていたニアが……赤髪の彼女の胸を制服越しに両手で触れる。
「ニアさん、なにを?」
顔全体を赤くしたヒトミが声をふるわせていた。
「発育チェックさ。モルテプレディオンをあつかうとしてふさわしいか確かめるためにね」
「結果のほうは」
「年相応ということで及第点。胸はないけど尻と太腿が魅力的だから」
「合格なのであれば詳細は教えてくれなくても良いです」
仕事でもあるんですか? と言いながらヒトミがそそくさとニアから距離をとる。
「んーん、とくになし。アーティスちゃんとトーリちゃんをつかまえる必要がなくなったのはもう教えたっけ」
ヒトミがうなずいた。
「世界全体の空気清浄の自動化に関してナツちゃんはどう思っているのか、参考ていどに聞かせてよ」
「どうもなにも良いことなのでは、効率的ですし。アーティスちゃんも別の目的を見つけられたみたいなので一件落着かと」
優等生みたいな返事だね、とニアが笑う。
「でもツクヨくんと仲良くしているのはナツちゃん的には面白くないんじゃない?」
「わたしが好きな相手は風間くんです」
「そのわりには満足してなさそうに見えるけどな」
ところでナツちゃんは、才藤アテラちゃんがアーティスちゃんだといつ気づいたの? とニアが質問をする。
「ニアさんがアーティスちゃんからイロハニの球と白銀の一切を回収したあとですが」
「だったら別に良いんだけどさ……仮説を思いついちゃったから聞いてもらえるかな」
「わたしと関係があるんですか」
ニアは返事をせず、仮説を述べていく。
「最初に違和感を覚えたのは、トーリちゃんのイタズラで迷子にさせられた。ツクヨくんがアーティスちゃんをおんぶしていた時のほうがナツちゃんにはわかりやすいね」
自宅へ帰ろうとしているのであろうヒトミを追いかけつつニアが唇を動かす。
「変なことなんてありましたっけ」
「ナツちゃんがアーティスちゃんを泳がせるような行動を選んだのが個人的には気になった」
「慎重になるのは普通かと……アーティスちゃんの正体に気づいていたとしても一般人のツクヨもいたので危ないですし」
「理屈としては正しいが。ナツちゃんならしらべる方法もあったんじゃないかと思ったんだよね」
例えばツクヨくんには見えないスピードでモルテプレディオンによる攻撃をアーティスちゃんにしかけてみるとか……ニアがヒトミの表情を確認した。
「リスクが高いですよ。ニアさんもできるだけモルテプレディオンの存在などを知られてしまうような行動は避けるはず」
「ツクヨくんは幼馴染だ。秘密をべらべらしゃべるような男の子かどうかはナツちゃんのほうが詳しいんじゃない」
水掛け論だからかヒトミがだまってしまう。ニアも確たる証拠がないようで追及しない。
「とりあえずナツちゃんはツクヨくんの安全を優先したということにして、本当に才藤アテラちゃんがアーティスちゃんじゃないと思っていたの?」
「ニアさんに信じてもらえるかはわかりませんが、確信はありませんでしたね」
「ナツちゃんって感知能力が低かったっけ」
「なんの話ですか」
「これが見える?」
と、ニアが手のひらをヒトミに見せている。茶髪の彼女がなにも持ってないと思っているからか赤髪の彼女は目を細めた。
「なにもないのでは」
「正解」
ニアの意味不明な行動に対してか、ヒトミが首を傾げる。
とつぜん音がした……鋭い目つきで赤髪の彼女が視線を茶髪の彼女の頭の上へと動かす。