18話目 愛されるための理由づけ
ベッドに仰向けに寝ているアテラの目をまっすぐにノコミが見つめた。
「負けることがわかっていながらノコミはわたしに付き合ってくれていた?」
「勝てればラッキーていどです。負けるのが前提でお姉さまの手伝いなんてしません」
お姉さまがデスサイズちゃんやアンフェルジャンに破壊されるぐらいなら、わたしが引導を渡そうとは考えてましたが……とノコミがつぶやく。
「ごめんなさいね」
「新しい目的ができたんですから結果オーライだとわたしは思っていますよ。木下くんでしたっけ?」
「なんの話を」
「デスサイズちゃんにあげるつもりなんですか……モルテプレディオンを奪えなかったのに」
「残念ながらツクヨくんはヒトミ一筋よ。わたしが口説こうとしても揺らがないわ」
アテラが寝返りを打つ。
「闘争より勝ち目がありそうですがね。デスサイズちゃんもカザマくんと上手くいってますから、お姉さまが木下くんと付き合う選択をしたとしても問題がないのでは」
「だとしても、人間同士が一番でしょう。中途半端な存在なんかと付き合うよりも失恋を経験するほうがツクヨくんのためになるでしょう」
モニデカの本分としても、自分よりも人間の幸せを願うべきかと……とアテラが眠たそうにまぶたを動かしている。
「もしも木下くんがお姉さまを求めてきたら?」
「やぶさかではありませんね。ツクヨくんの幸せのために一肌脱ぎますよ」
「お姉さまは異性に愛されたいタイプなんですね」
もっと正直に生きても良いんじゃないですか……わたしたちモニデカは平和のためにつくられたとはいえ、自分の幸せを求めるのを禁止された存在でもないんですし。
「愛されたいわけないでしょう。わたしはこれからもモニデカとして生きていくんですから」
昨夜のノコミとの会話を思い出してか、言いわけのようにアテラがつぶやく。
身体が冷えてきたのかアテラが校舎の中に戻ろうとすると扉が開く……白髪の彼女を見つけたからかツクヨが表情をゆるめた。
「なにか、わたしに用事でもあるんですか」
「教室にいなかったのでさがしていただけですよ」
立ち去ろうとするツクヨの制服をアテラが親指と人差し指で挟み、ひっぱっている。銀髪の彼が動きをとめ……白髪の彼女のほうに顔を向けた。
「どうせだったら、話し相手になってくれません。わたしの彼氏役なんですから別にかまわ」
アテラが固まった。身長の高いツクヨを盾にするようにそばにいたヒトミと白髪の彼女の目が合う。
「彼氏役、なんのこと?」
ヒトミがツクヨの顔を見上げる。
「転校生の才藤さんが話しかけやすいようにおれを恋人と思ってくれても良いぜって冗談を真に受けてくれているんだよ」
「ツクヨにしては珍しく笑える冗談じゃない」
アテラも甘えちゃうぐらい面白かったようだし、とヒトミがにやつく。
「今日はたまたまです」
「恥ずかしがらなくて良いよ。別にツクヨはわたしのものでもないから、アテラが遠慮することもまったくないし」
わざとらしく笑顔をつくるヒトミが、アテラからツクヨのほうに視線を動かす。
「彼氏役だからってアテラに変なことするなよ」
返事をしつつ、ツクヨはヒトミがばたばたと階段を下りていく後ろ姿を見送った。
「ごめんなさい。どうにか埋め合わせをするから」
「おれだけがアーティスちゃんから指名されたのでナツはすねているだけですよ」
寒くなってきたから中に入るつもりだったんですよね、とツクヨに言われてアテラも校舎内に入る。
階段を下りようとしないツクヨを不思議に思ってか首を傾げながらアテラが銀髪の彼の顔を見た。
「話し相手になってほしかったのでは」
「疲れていて……らしくないことを言ってしまっただけです。ほっといてくれても大丈夫」
昼休みの終了を伝えるチャイムが鳴ったがアテラもツクヨも動こうとしない。
アテラのそばから離れるつもりはないのか、壁にもたれかかりツクヨは両足をのばして座りこんだ。
手すりに頬杖をついた白髪の彼女が上半身をひねらせながら銀髪の彼を見下ろす。
「ヒトミと風間くんが付き合っているかもしれないとか、心配じゃないんですか?」
「最終的にナツが幸せだったら相手はおれではなくても良いと割り切っているので」
「割り切れるものではないかと……ヤキモチも多少はあるはずでしょうし」
「欠落しているみたいで不思議とないんですよね」
楽しそうに笑っているツクヨを見てか、アテラが怒ったような表情をつくった。
「やせ我慢は良くないですよ。わたしが聞いてあげますから、ここで全てはき出しなさい」
「はき出すもなにも。多分ナツの本質みたいなものをおれが勘違いしていたんだと思います」
「ヒトミはあなたの好みの女の子ではなかった?」
「平たく言えばそうなります。好きの種類が違ったというか、もっと貪欲だった感じかと」
こう、ナツは自分の手のひらにおさまる範囲内の女の子だと思いこんでいたんですよ……とツクヨが続けている。
「大なり小なり誰でも他人に対して、ツクヨくんのようなことを考えますよ。特別でもなんでもありませんので安心してください」
「本当ですか? なぐさめとかではなく」
「強いて言うことがあるとすれば、ヒトミのことを恋愛の対象ではなくペットのような存在だと思っていたというところでしょうかね」
自分のイメージできる以上の表情や行動を見せてくれるヒトミを、自分は本当は好きではないものと戸惑っているという感じで伝わりますか? と冷ややかな目つきでアテラがツクヨを見る。
「逆に……わたしのことをツクヨくんは想像よりも小さな存在と認識しているのがむかつきますけど」
「すみません」
アテラがツクヨの顔をにらみつけた。
「わたしは否定してほしかったんですよ」
「他人になめられたくない?」
「等身大の自分を見てほしいだけのこと。過小評価をされているほうが都合が良いですし」
都合が良いのならむかつくこともないのでは……とでも言いたそうな顔をツクヨはしていた。
「アーティスちゃんはこれからどうするつもりなんですか? ナツとバトルする理由もなくなって」
「生きていく理由もありませんね。どこかにわたしを愛してくれるナイトがいれば良いのですが」
ぺろりとアテラが自分の唇をなめる。
「冗談ですよね」
「どうでしょう……相性は良さそうですし。本当の恋人同士になるのも悪くないと思ってますよ」
足をのばして座るツクヨに近づき、アテラがしゃがみこむ。
「ツクヨくんもある種の失恋で傷ついているようなものですから、舌で触れ合うのも悪くはないかと」
立ち上がり、逃げようとするツクヨをつかまえてアテラが銀髪の彼の首筋に軽くかみついた。
「やはり男の子ですね。筋肉の質がまるで違う」
ツクヨの首筋を唾液でぬらしつつ、アテラが腕や胸板もしらべるように触れる。
白髪の彼女と目が合い、銀髪の彼が顔をそらす。
「抵抗する必要がないのでは? もうヒトミと恋人になりたいと思ってないのであれば、ほかの異性とどんなことをしても問題ないはず」
「ここは学校ですし。アーティスちゃんは自暴自棄になっているだけでおれのことなんて別に」
「誰でも良いわけではありませんよ……ツクヨくんだから甘えています」
ツクヨくんには刺激的な甘えかたかもしれませんがね、とアテラが笑う。
「嫌なのであれば、はっきりと言ってくれればすぐにでもやめますよ」
「アーティスちゃんは本当に甘えたいんですか?」
「できることなら。これからなにをすれば良いのかさえ、まるでわかりませんので」
いつもと変わらないような表情だがアテラの声はどことなく弱々しかった。
「おれはなにをすれば」
「そのまま……なにもせずにじっとしていてくれるだけで良いんです。こちらで勝手に甘えますから」
「生殺しですね」
「我慢できなくなったら言ってください。胸ぐらいなら触らせてあげます」
「下心を正直に言えるのなら失恋してませんよ」
まだチャンスはあるでしょう、とつぶやきながらアテラはツクヨの胸板に左耳をくっつけていた。